第51話 貴族の資質
レスト家の者たちは、驚きと恐怖で身体が硬直し、視線だけを突っ伏したままの当主に向けていた。しかしそんな中、チェリーだけは父ダーミーの言葉に憤慨していた。
(皆様の前でも、リアのことをアレと言うなんて……なんて失礼なのかしら……それにしても、これは……ここにいらっしゃるどなたかの魔法? トアさんなのかしら? 先ほどの治癒魔法も驚きすぎて……お礼も言えていないわ……)
チェリーは次々に起こる常人離れした魔法に、まるで夢でも見ているのではないかと疑うほどだった。
しばらくダーミーは突っ伏したままだったが、やっとベージェルがトアに声を掛けた。
「トア、気持ちはよく分かるが、話を聞かせるためにそろそろ離すのが良いじゃろう」
「うん、分かった」
トアがそう言った途端、ダーミーの顔がテーブルから離れずるずると床に落ちて行った。それを見て初めて、レスト家の面々はその現象がトアによって引き起こされたものであると認識したのだった。
(な、何よあれは!? アレの妹があんな力があるなんて聞いてないわ!!)
ミシェルは、トアの圧倒的な力を見て足が震え始める。そして、それは部屋の隅に控えていた使用人たちも同じであった。トアがリアの妹で、孤児であるにもかかわらず賢者と同等の力と影響力を持っていると理解するにつれ、これまでの自分たちのリアに対する行いを嫌でも思い出し、畏怖はそのまま絶望的な恐怖へと変わっていった。皆、薄々気付き始めていたのだ……この場が「断罪の場」であることに。
しかし、それでもミシェルは頭をフル回転させて足掻いていた。
(いえ、まだなんとかなるはずよ。だって、私はアレの妹には会ったことがないもの。だから、チェリーが私もアレの友達だと言ってくれれば、どうにかなるわ……それにしても、孤児のくせに殿下とも親し気にして!!)
ミシェルの視線の先では、王太子マルスミアがトアの肩を優しく叩き、それに対してトアが不満気に頬を膨らませてマルスミアをジロっと睨むという親し気なやり取りが繰り広げられていた。それらを見る使用人の表情は一層暗くなる。さして地位もなくプライドも貴族ほど高くはない者たちだからこそ、既に頭の中では全面降伏しており、せめて少しでも悪い待遇にならないことを祈っていたのだが——。
「今日はお前たちに告げることがあって来たのだ」
「つ、告げること……」
鼻血を出しながらもなんとかソファーで座位を保てるようになったダーミーが、何も考えられない頭でそう呟く。
「そうだ。今回、儂も様々な経験をした……反省することもあった。その中で、王族や貴族の資質について考えることも多かった。王族や貴族は権力を持っておる。しかし、実際には持たせてもらっておるのだ。民の営みがあり、民からの信頼に支えられて貴族の生活があり国が動いているのだ。その信頼に値しない者は、権力を持つ貴族としての資質に欠けるのだと儂は思う。これから貴族にはその責任を自覚してもらおうと思っておるのだ。そこで、これまで法の整備はされていたが、形骸化しておったものをきちんと機能させることにした」
「形骸化していたもの……??」
「内容は簡単だ。貴族の資質を大幅に損なう行為をした者は徐爵するというものだ。今回、レスト子爵家では、養子への長期に渡る虐待が確認された。また、王族の婚約者への誹謗中傷という不敬罪も適用される。リア嬢のここでの生活に関する報告書は、読むに堪えないものであった……。よって、爵位剥奪が決まった」
「…………え? それはどういう……」
ダーミーの目が点になり、全く理解が及んでいない横で、突然ダーミーの妻メゾットが倒れた。すぐに使用人が駆け寄るのには目もくれず、ダンデリアムが変わらぬ口調で言う。
「妻の方が理解が早かったようだな」
ダンデリアムの言葉を聞いていたチェリーは、自分がほっとしていることに気付き、内心驚いていた。
(貴族でなくなると言われているのに、私全然悲しくないわ……あ、もしかしたらリアが平民出身だからかしら? そもそもこの家に生まれて良かったと思えるようなことは無かったことも原因かもしれないわね)
チェリーがそんなことを考えている傍らで、姉のミシェルは、到底受け入れられない決定に心臓はバクバク動き、こめかみは怒りで血管が浮き上がっていた。
(国王は何と言ったの? 孤児にふさわしい教育をした我が家がなぜ罰せられるの?! 平民?? 冗談じゃないわ!)
そう思ったミシェルは隣に座っているチェリーの方を向くと、脇腹を小突いた。
「痛っ!」
「いい? 貴女も平民なんかになりたくはないでしょう? 友達なのだから、助けるように言いなさい。いい? アレの妹になんとかしてもらうのよ!」
ミシェルから小声で早口にそう言われたチェリーは、理解が追いつかず硬直していた。そこへ、リアが微笑みながら話しかけて来る。
「チェリー、良かったら、チェリーには私と一緒に来てもらいたいのだけど……」
それを聞いたチェリーの顔がパァっと明るくなる。「どこへ」などと聞く必要はなかった。平民になることを前向きに捉えていたチェリーは、「リアと一緒に暮らせるなら、どこだっていいわ」と即座に思う。
「うん、一緒に行きたいわ!」
「ああ、良かった! じゃあ……」
「わ、私も連れて行きなさ……行って下さるかしら?」
リアの言葉を遮って、突然ミシェルがそう言った。
しかし、リアはミシェルをチラッと一瞥すると首を横に振る。
「連れて行きません」
「な、なぜ!?」
「貴女と同じ空間に居るのも苦痛だからです」
「はぁ? 一体、何様の……うぐっ?!!」
途端にミシェルの表情が苦しそうに歪められた。
「ごめん、リア。何かすごく煩くなりそうだったから、ちょっと水を詰めておいた」
「ありがとう、トア。うん、皆様にも失礼になりそうだったから良かった」
それを聞いていたベージェルやダンデリアム、それにマルスミアまでもがうんうんと頷いている。
その一連の流れを見ていた使用人は、自分たちの今後が増々悪くなるような振る舞いをするレスト子爵家に対し、今では手のひらを返したかのように怒りの視線を送っていた。
その後、放心状態のダーミーと暴れるミシェル、それに未だ気絶したままのメゾットは、兵士たちによって退室させられた。既に処分は決まっており、覆ることはないため、予定では一か月ほどで屋敷から立ち退きとなることとなっている。使用人たちは、ダーミーから紹介状をもらって次の職を見つける他ないのだが、ダーミーにその気力があるかは分からない状態だった。それに、このような醜聞は貴族社会に一気に広まるはずなので、果たしてレスト子爵家からの紹介状で職が見つかるかは甚だ疑問であった。




