第49話 嵐の前の……
リアがいなくなってからのレスト子爵家で、リアの心配をする者はチェリーだけであった。王立セントラル学院では、リアの婚約者であった第三皇子ダストンについて、王太子暗殺未遂にて投獄と説明されたのみで、王家や高位貴族が狙われたことや帝国の協力を得ていた事などの情報は伏せられていた。それにも拘らず、様々な憶測が飛び、そもそもダストンがそのようなことをしでかしたのは、「リアとの婚約がストレスだったからだ」などと言う者も一定数いた。
チェリーはリアのことを知りもしない者たちが好き勝手に面白おかしく噂話をすることが嫌で、最近は学院で一人行動を取り、授業が終わると早々に寮へ帰るようになっていた。
リアがいなくなって少しした頃に、チェリーは心配で孤児院まで行ったことがある。その時は、外で警備をしていた魔法連合の職員から「リア様は事情があってまだ戻られませんが、大丈夫ですのでご安心ください」と丁寧に言われ帰って来たのだった。
(魔法連合の人の口調には、リアに対する敬意があったわ。だから安心して帰って来たのだけど……もうしばらく経つから、また心配になってきたわ。それに何より、リアに会いたい……)
明日から学院が休暇に入るため、家に戻らなくてはいけないことを思い、チェリーの心は憂鬱だった。家に帰れば、自分のことを何かにつけ貶め、時に暴力を振るってくる姉のミシェルがいる。ミシェルは、リアがいなくなった時は大喜びしていたが、次第にリアがなかなか戻ってこないことに腹を立てるようになっていた。
(お姉さまは、リアを虐めて自分の引き立て役にしていたから、それが出来なくなって怒っているのだわ……)
チェリーはねじ曲がった心の姉を思い浮かべ溜息を吐く。
しかし、重い足取りで帰ったチェリーを待ち受けていたのは、かつてないほどの慌ただしい雰囲気の屋敷であった。
いつものことながら、両親はチェリーにさして興味が無く、そのことが使用人たちにも伝わっているため、チェリーが自分で玄関のドアを開けて帰って来ても、特に出迎える者もいなかった。廊下ですれ違った際に「お帰りになられたんですね」などと、呟く者がいる程度だが、チェリーにとってはいつものことなので、最早、それに傷付くようなこともない。むしろ、姉に見つかると実害があるので、早く自室へ辿り着きたいと考えていた。
(それにしても、この皆の慌てぶり……調度品を磨いたり、いつもより豪華な花が飾られているから、お客様が見えるのは確実でしょうけど……一体、どなたが来られるのかしら? まぁ、でも私に情報は来ていないし、何も言われていないのだから、このまま部屋に籠っていることにしましょう)
そして、そんなチェリーとは裏腹に、この屋敷で父ダーミーの次に幅を利かせているといっても過言ではない姉のミシェルは、一足先に学校から戻っており、すぐに今日の来客の情報を使用人たちから得ると、嬉々として豪奢な装いの準備を始めていた。その手伝いをしながら、侍女はミシェルの気分を更に盛り上げていく。
「王太子殿下もいらっしゃるなんて、やはりそういうお話なのではないですか?」
「うふふ、これまでほとんど殿下とはお話したことはないのだけれど……」
「ミシェルお嬢様はお綺麗なのですから、そういう噂は殿方も敏感で、口伝えに広まるものなのでしょう」
「うふふふふ、でも、若い妹を差し置いて私が目に留まるなんて、何か悪いわね」
「こんなこと、私の口から申し上げるのは憚られますが、やはりご令嬢にはミシェル様のように華がないと、殿方の目には留まりませんでしょう」
「そうなのよね。いつもあの子はグズで……あらっ、ごめんなさい!」
「いえいえ、お部屋ですから正直に話していただいて大丈夫ですよ。使用人たちも皆、同じ気持ちですから」
「本当に愚鈍な妹で、貴女たちにも苦労をかけるわね……まぁ、でもアレよりはましかもしれないけれど……」
「まぁ、私などもう存在も忘れていましたわ」
「私たちも色々教育しようと試みたけれど……結局、無理だったわ」
「レスト家の皆様は寛容なお心で居場所を提供されていましたのに……」
「まさか、ダストン殿下までアレの被害を受けてしまわれるなんて……」
「お可哀そうなことです。しかし、王太子殿下がご無事で良かったですね。ようやく安心してご婚約者選びもできるとうことなのでしょう」
「うふふ、もう、気が早いのだから!」
まんざらでもない顔をして念入りに身支度を整えたミシェルは、両親とともに早々と玄関で待機するのだった。
**
現在、ススリード王国、ルルド王国、そして再興されたアラキス帝国では、連日のように今回の大規模な軍事作戦について、様々なストーリーが町の情報誌に掲載され、平民から貴族に至るまで皆の関心の全てを搔っ攫っていた。中でも、古の賢者ルーラル・アラキスの復活や、それを可能にし、全体の活躍の常に中心にいたとされるトアという少女について、人々は朝から晩まで毎日、熱狂的に語り合っていた。情報誌ではトアの生い立ちについてや、賢者同様に人間離れした魔法能力を持っていることについて概要は書かれていたが、周りに迷惑をかけないようにとの配慮から、実際の孤児院の場所などはまだ伏せられていた。
しかし、トアの周囲の人間は勿論、それが自分たちの知っているトアのことであると気付いていた。ここススリード王国の騎士団でも、もうクシャクシャになってしまった情報誌を再び読み返すアンドールの姿があった。そして、その肩に手を置いたピオットが、うんうんと頷きながら声をかける。
「アンドール、もう終わったことだ」
「……」
「結果的に、トアはピンピンしているし、帝国も……世界もお陰で平和が保たれている。これはな、深く考えては負けなんだ……」
「……負け……」
「ああ、トアのことについては、浅~く考えるようにしろ。俺も負けた口だ……枷フンフンの時とかな……」
「……そうだな。でも、ピオット、トアはもう雲の上の存在みたいになったんじゃないか?」
「お前、トアに会う時を想像してみろ。頭の中のトアは何か変わっているか?」
「いんや、変わってねーな」
「ああ、お前が思うそれがトアなんだろう?」
「ははは、違いない。俺の中ではいつまでもあのトアのままだ」
どこか自分の手を離れて遠くへ行ってしまったように感じ、驚きを通り越して寂しい気持ちになっていたアンドールだったが、脳内に浮かんだ「ニシシ」と笑う顔は、アンドールの手が届くいつものトアなのだと伝えてくれていた。




