第43話 帰郷
ラーラルは気が付けば後ろに倒れていた。その反動で、毒薬は自らの顔に全てぶちまけられている。ラーラルは、一瞬、自分の眉間から何かが伸びているのを目にした。しかし、それが何なのか分かる前に、全身の激しい激痛でのたうち回り、わずか十秒ほど経った後には動かなくなったのだった。そのわずか十秒はラーラルには長い時間であったが、激痛で思考は回らず、最期に頭を駆け巡ったのは「なぜ……」という、いきなり終わりを迎えることになった人生への疑問であった。
ラーラルの眉間に刺さっているものは、ドリアムが素手で投げた細めの鉄棒で、ドリアムがトアの「フンッ」を真似たものの、同じ様には出来ず、筋力で引きちぎった手枷の残骸だった。
「また姑息にも毒を使うとは……十年前から何も変わっておらぬな。それにしても、枷も武器になるとはな! 物は使いようだな!」
「ドリーと……トアくらいだよ、枷を玩具みたいに扱うのは……」
「ドリーの馬鹿力……」
皇帝ダルーガは臥せっており、ラーラルという指揮官も倒れた今、城はいとも簡単に制圧された。正妃カッシーナは、実はラーラルが気付くよりも早く、ダルーガの寝室を訪れその変貌ぶりに気付いており、牢の戦いの劣勢状況を知るやいなや、少数の護衛を連れ息子デミニンと共に市井に紛れて逃げていた。しかし、それもその後、トアの血縁者を探す魔道具により、あっけなく居場所が分かり拘束されるのだった。
バール帝国の城の制圧は完了したものの、逃げた者の捕獲や国民への説明などで、しばらくは混乱が続くことが予想された。牢から救助した貴族たちは身体の傷はトアや魔道具によって治ったものの、精神を病んでいる者もおり、ススリードやルルドにてしばらく静養することとなった。ウィズダブラ始め、トーマスやフロイスはアラキス帝国再興に向けて既に動き出しており、動ける貴族たちもそれに続き精力的に活動を始めている。これまで十年もの間、暗い牢に閉じ込められていた人間とは思えないほど、貴族たちの瞳はキラキラと輝き、かつてのアラキス帝国の復活も、そう遠くないうちに実現するだろうと思えた。
トアは、皆を無事に救出したことで一安心し、リアとも話し合って一度、孤児院へと戻ることにした。そして、そのことをフローリアに話すと「絶対に一緒に行くわ!」と言い、共に行くことになったのだった。
「トーマスやお父様も行きたがっていたけれど、今は無理だものね」
「うん、またいつでも行けるから大丈夫だよ」
「トアのその転移魔法は、本当に便利よね」
「あーあ、私もトアと同じ能力欲しかったな」
「でも、そしたらリアの婚約者は王子になってたかも?!」
「えっ、それは勘弁!」
「あっ、そうよ、お母さんはその元婚約者とかレスト子爵家のチェリーさん以外の方に怒っているのよ! あ、でも元婚約者はもう処罰が済んでいるのよね。じゃあレスト子爵には、今度ご挨拶しなくちゃいけないわね」
「お母さん、大丈夫だよ。行っても嫌な思いさせるだけだから……」
「リア、そんなに優しいこと言って! 大丈夫よ、お母さんに任せておきなさい!」
「うん、私も行くよ、リアを酷い目に遭わせたんだから!」
「うふふ、二人とも有難う。二人と一緒なら、何も怖くないなぁ」
リアはそう言って幸せそうに笑うのだった。
トアが二人を連れて孤児院の前に転移すると、外で洗濯物を干していたシスターマリーが気付き、嬉しそうに駆け寄って来た。
「トア、リア、お帰りなさい! あら、そちらの方は……えっ!」
シスターマリーはトアたち三人が並んだ姿を見ると驚いた顔をする。
「もしかして……」
「二人の母のフローリアです」
「やっぱり……あっ、もしかして貴族様でいらっしゃいますか?」
「うふふ、この国の者でもないので、どうか普通に接してください」
驚いたマリーは三人を応接室に案内すると、いそいでナイル神父を呼びに行った。
部屋に現れたナイル神父は、三人が仲良く座る姿を見ると、「これはこれは……」と顔を綻ばせる。
フローリアは部屋のドアが閉まりナイル神父が挨拶をすると、立ち上がって二人に深々と頭を下げた。その所作は美しく、ナイルが慌てて止める。
「どうか、顔を上げてください」
「いいえ、どうかお礼を伝えさせてください。これまでずっと他国の皆様の慈悲に甘えてしまって……何の情報もない状態で二人を預けてしまったのにもかかわらず、こんなに良い子たちに育ててくださいました。言葉では言い尽くせないほどの恩があります。本当に、本当に有難うございます……」
心の奥深くから繰り出される感謝の言葉に、ナイル神父もシスターマリーも目を瞑り静かにその思いを受け取った。
「こちらこそ、訪ねてくださりありがとうございます。この子たちがここへ来たのは、寒い冬の日の朝でした……」
そうしてナイル神父とシスターマリーが話し始めると、フローリアは自分が経験できなかった時間を埋めるかのように、真剣にその話を聞くのだった。
双子なのに姉のリアと妹のトアの性格は小さい頃から違っていたと、楽しそうに話すナイル神父たちにつられてフローリアも所々出る涙を拭いながらもくすくす笑う。
フローリアも自身のことを話し始めたが、初めて帝国の詳しい状況や、トアとリアの活躍を聞いたナイル神父たちは驚いていた。
「まさか、帝国がそのような状態にあったとは……」
「ええ、自国の民ですら情報を制限されていましたので……」
「それに、まさかトアとリアがそのような渦中に……」
ナイル神父は信じられない様子で二人の顔を見ている。
「神父様、シスターマリー、言わなくてごめんなさい。言ったら心配させちゃうかなって思ったんだ」
トアがそう言うと、ナイル神父は「ふっ」と笑って隣のマリーを見る。
「あんなに小さかったトアが、いつの間にか世界で活躍していたなんて、本当に驚きですね、シスターマリー」
「ええ、本当に……もう、一丁前に私たちの心配なんかして。まだまだ子供でいいのよ、トアもリアも」
そうして、その後もトアとリアの思い出話などが尽きることはなく、穏やかに時間が流れていたのだが、突然、複数の子供の叫び声が聞こえて来て、部屋にいた全員が椅子から立ち上がった。トアは即座に遠視を発動して敷地内を確認し始めた——。




