第41話 消滅
ミスラギたちがルーラルと共にブラザリア皇国へ転移した後、トアは地面に小さい黒いカビのようなものがあることに気付き、近づいて目を凝らした。そこはちょうど、ナドンたちが捕らえられて立っていた辺りであった。じっと近くで目を細めて見ていたトアは驚きの声を上げる。
「わっ、これ蝋燭の火みたいにユラユラしてる……黒い靄だ!! もしかして……」
トアはその位置が、先ほどの広範囲の浄化魔法の範囲内だったことを思い出し、ある考えに行きつく。
「多分、ダーガ家の影に二体の黒い靄が潜んでたんだ……それで浄化魔法を浴びたんだね……もう力はなさそうだけど、残しててまた大きくなるといけないから消しておこう。えいっ!」
トアが至近距離で浄化魔法を発動すると、二つの靄はシュッと消滅した。
そして、これが何百年という間ダーガ家当主に仕えたアガトとグドルのあっけない幕引きであった。ダーガ家に気づかれることもなく、カーラのおまけ程度に消されたアガトとグドルが最後に何を思ったのか——そんなことに思いを馳せる人間は後にも先にも現れることはなかった。
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バール帝国の城では、今回の作戦の指揮を任された筆頭魔導士のラーラル・ダハンが、兵士からの報告を受け、怒りを露わにしていた。
「なにぃ?! 牢に敵が攻めてきた挙句、戦闘中に気が付けば牢がもぬけの殻になっていただと??!」
「は、はい、恐れながら……しかし、下の方の階層は確認していませんので……」
そこへ時間差で確認に向かわせていた別の兵士からも報告が入る。
「ラーラル様! ろ、牢は全てもぬけの殻でした!」
「…………貴様ら、ふざけているのか!! 囚人が全員いきなり消えるわけはないだろう! 何か痕跡やこのバカげた事態のトリックは分からないのか??!」
二人の兵士は沈黙し、それに余計腹を立てたラーラルは、自分で見に行くと言い部下を連れて部屋を出て行く。
しかし、牢についたラーラルが見たものは、囚人はおろか所長や看守に至るまで誰もいない、ガランとした牢獄だった。
「一体、何が起こったんだ!!?」
焦ったラーラルは、男性牢の最下層の最奥まで小走りに駆けて行く。途中の牢には誰もおらず、焦りが頂点に達したラーラルは、最悪の予想通りそこにトーマスやウィズダブラの姿が無いことを確認すると、ズルズルと鉄格子を掴んだまま地面に膝を突いた。そのままゴツンと鉄格子に己の額を打ち付けたラーラルは、ブツブツと呟き始めた。
「まずい、まずい……これがダルーガ様に知られたら……しかし、隠すのもまずい……」
ラーラルは一瞬「このままどこかへ逃亡するか……」と考えたが、それこそ帝国から追われることになると思い踏みとどまる。
(かなりまずいが、即殺されることは恐らくないだろう……それに、この牢の鍵は閉まっている。それも妙な点だ……わざわざ鍵を開けて囚人を出したのなら、いちいち閉める手間をかけはしないだろう……それに、ダルーガ様自身が指示を出して牢へ向かわせたカーラ様や、デイン大陸から来たという五名もいない)
少し冷静になったラーラルは、ダルーガへの言い訳を考えながら、城へと戻った。
城へ戻ったラーラルは、ダルーガがまだ自室にいると聞き、不思議に思いながらも部屋を訪ねた。
部屋のすぐ外にいた侍従に様子を聞いてみたが、物音はしないので眠っているようだという。事が事だけに早く報告したいラーラルは、躊躇いながらもダルーガの部屋をノックした。
(おかしい、これだけノックをしても反応すらないなんて……)
無礼を承知で思い切ってラーラルはダルーガの部屋のドアを開けた。ダルーガはやはり眠っているようだった。恐る恐るベッドに近づいたラーラルは、そこで異変に気付く。
「へ、陛下!? 一体、どうされました??!」
いつも日に焼けて張りのある健康的だったダルーガの顔は、生気が抜けたように皺だらけになっていた。あまりのことに、既に亡くなっているのではと危惧したラーラルは、侍従に医師を呼ぶように言うと、ダルーガの肩を揺する。
「陛下! 陛下! ダルーガ様!!」
「…………う……あ……ラ、ラルか?」
「はい、そうでございます! 陛下、どうかお気を確かに。今、医師を呼んでおります」
「ああ……一体……儂は……」
ラーラルは最早、牢の報告どころではなくなりほっとしつつも、帝国が揺らぎかねない事態に底知れない不安もまた感じるのだった。
その後、医師による診察の結果、ダルーガの身体に特定の病などは発見されず「極度の衰弱」と診断された。ダルーガは臥せる前後の記憶も曖昧で、起き上がることも困難という状況であった。現状、城中が戦いにより混乱しているということもあり、いずれは戦いをこのまま進めるかどうかの議論も行われる予定だが、とりあえず今はこのままラーラルが指揮を担うこととなった。
「新たな作戦というのは、今は立てられないが、とりあえず囚人たちの行先を調べるためにもそれぞれの家族たちの動向を密かに探らせよう……城下町にまだいる敵兵たちにも気が抜けない。いざとなったら、デイン大陸からもっと連れて来る必要があるか……チッ、ドルクの力を借りるなど忌々しいが……」
デイン大陸との橋渡しをしているドルクの顔を思い浮かべ、ラーラルは不機嫌な顔つきになる。
しかしその頃、ドルクは密かにデイン大陸のゴウミの元を訪れていた。魔法連合の牢から脱出し、ダーガ家からゴウミが臥せったとの情報を得たドルクは、すぐに駆け付けたのだった。




