第39話 自滅への序曲
女性の牢から全員を収納袋に入れ終わったトアは、男性の牢へと移動していた。最下層にいるウィズダブラやトーマスから収納袋に入ってもらい、続々と収容していく。ルオの牢まで来た時にはルオから「待ってたよ、トア」と笑顔を向けられ、緊迫しているにもかかわらず、照れ笑いが漏れる。そのまま順調に皆を保護していくトアだったが、あと二階層というところで、地上の喧噪が一層大きく聞こえて来て、トアは眉を潜めた。
(戦いが激しくなっているみたい……大丈夫かな、皆……)
一瞬、考えたトアだったが「皆の力を信じる」と決めると前を向き、また次の牢へと向かって行った。
一番上の階層まで辿り着くと、そこは既に戦場となっていた。牢の鍵はミラスに埋めて隠してもらったので、敵の兵士たちは中には入れていないが、通路まで入って来て囚人の牢に薬品を巻いて火をつけようとしたり、小型の刃物を投げ入れようとする敵の兵士たちがいて、合同軍の兵士が阻止すべく戦っていた。トアも敵兵を無力化しようと動き出したが、入り口の方から大勢の絶叫が聞こえてきて、そちらが気になる。透明化したまま、転移で入り口まで飛んだトアが目にしたのは、呪機を打ちまくるダーガ家の者達と、高威力の土魔法で合同軍の兵士の足に土の槍を打ち込みつつ、呪機を放つカーラの姿であった。凄惨な状況に顔を歪めたトアだったが、カーラの顔を見てはっと驚く。
(何、あの顔……血の気がない。それにすごい痩せてる……一日二日であんなに痩せるなんて、あり得ない……)
カーラの顔は目も頬も落ち窪み、血の気もなく、まるで骸骨が服を着て歩いているようだった。しかも、その異様さを際立たせているのは、カーラの表情で、口紅が付いたのか、まるで出血しているように見えるほど赤く染まった歯が、口角を上げた口元から覗いており、目は爛々と輝き、恍惚とした表情を浮かべている。
あまりの不気味さに、なるべく近寄らないようにしつつ、トアは負傷している合同軍の兵士たちに治癒魔法を掛けて回る。
兵士が回復することにいち早く気づいたダーガ家当主のナドンは、驚きつつも回復する兵士たちを観察していた。
(あの端の辺りから回復している……まるで見えない敵がいるようだ……魔道具を使って姿を隠しているのか??)
見えない敵であるトアの位置を大体予想したナドンは、その方向に向かって呪機を放った。しかし、何の反応も得られず「ちっ」と舌を鳴らすと、今度は懐から別の魔道具を取り出す。それは高出力の空気砲を出すもので、圧縮された空気がシュンッという音と共に発射された。しかし、その攻撃は予想外にナドン自身に跳ね返ってきた。
「ぐばっ!」
喉の辺りに空気砲が当たり、後ろに飛ばされたナドンは、心配して駆け寄ってきた妻のペドラを跳ねのけると、憎々し気に前方の誰もいない場所を見つめる。
(やはり何かいる……この攻撃を跳ね返してきた何者かが……そういえば、ガゴウ様が最下層の牢には何かからくりがあると気にしておられた。我々を牢に閉じ込めた存在も気になる……この得体の知れない何かと関係があるのか……)
ナドンは自分たちが追い詰める側であるにもかかわらず、何か目に見えないものに包囲されているような息苦しさを感じるのだった。
一方、トアはというと先ほどから「めんどくさいなー」とぼやいていた。
(あの異界人のおじさん、見えてはいないようだけど気づいてはいるんだよね。上手く跳ね返したからいいけど、他の人に当たったらどうするの! もーっ!! あ、そうだ! もうあっちの世界の王様たちに託そう!)
そう考えたトアは、ナドンの元へ近づいた。
「ねえ、おじさん。私、怒ってるんだけど」
「!!」
いきなり近くで声がしたことで、ナドンは尻餅をついたままの姿勢で後ずさる。
「あなた、一体、どうしたの?!」
ペドラがそう聞いて来るが、ナドンはきょろきょろと当たりを見回し、腕をブンブン振り回し始めた。
「ど、どこにいる!?」
「もう、危ないなぁ。これ付けよう……」
「う、な、なにをする……!!」
ナドンは抵抗しようとしたが、見えない圧力に押され手の動きを封じられてしまった。気が付くと、手には枷が嵌められ、地面に着いている下半身からどんどん土に覆われて行く。
「う、うわぁあ、誰か! これを止めろぉおお!!」
近くにいるペドラは、土を取り除こうと手で掘り始めるが、土は固く全然掘ることが出来ずに焦る。そして、そうしているうちに、今度はペドラの身体にも土が覆い始めた。そうして、あれよあれよと言う間に、二人は大きな土の塊から首だけを出す人形のようになってしまった。そこで、ペドラが大声で叫ぶ。
「カーラ様! カーラ!!」
離れた場所で、まるで舞うように呪機を打っていたカーラは、痩せてギョロリと異様に輝く目を向けた。
「まあまあ! なんということでしょう! 今、いきますわぁ~」
恍惚とした表情のままやってきたカーラは、土に手を触れ詠唱を始めた。
しかし、土魔法の使い手であるカーラが魔力を流そうとしても弾かれてしまいびくともしない。
「おかしいですわね……ううううううう……はぁ、はぁ……ふぅうううう!!」
「カ、カーラ様、大丈夫ですか??」
「え、ええ、だいじょう……ぶ……あら、何かおかしいわ……私の手……」
「きゃあ! カーラ様!!」
透明化したまま近くで見ていたトアもカーラの異変に気付いていた。
(手が……石みたい……いや、あれってもしかして骨??!)




