第36話 涙の先に
(これが普通の手合わせであったら、どんなに心躍ったことか……ふむ、しかしこれほどの静かで洗練された気を当てられると、短剣ではあるが受けたくなってしまうな……ガカランとランゾウには後で叱られるとしよう……)
そう考えると、ドリアムは心の中でニヤリと笑い、結界の魔道具を放り投げた。実は、ドリアムは出発前にトアが皆に結界を張った際、魔道具で結界を張る方法に変更してもらっていたのだ。魔道具をキャッチしたガカランが、ランゾウとともに後ろで半目になる。
間近に来たケイリュウがそのままの勢いで瞬時に半身になり突き出した短剣を、ドリアムは敢えて間合いに誘い込みスレスレで躱しつつ、剣の根元部分で受けはじき返した。
(ははは、踏み込みの寸前で一段階速さを増すとは……それに、短剣で敵の懐に飛び込むことに迷いがない。儂とて、短剣を持たされたらこのように動けるかは分からぬ。見事だ!)
そしてまた、ケイリュウもドリアムの剣捌きに驚嘆していた。
(まさか、これほどの使い手がいるとは……ミレイのためにも生きて帰るつもりだったが……)
その後、ケイリュウはドリアムの剣の間合いでその攻撃を躱しながら、通常であれば体制を崩して倒れるような角度から、反撃を繰り出していた。ドリアムがいよいよ面白がって、白熱した剣戟を繰り出し始めると、後方からガカランとランゾウの咳払いが聞こえてくる。
「おお……仕方がない、ここまでか……」
そう残念そうに呟いたドリアムは、突然静止したかと思うと、ほんの一瞬身体を震わせた。
その瞬間、ドリアムに攻撃を打ち込んだケイリュウの身体から血しぶきが飛び、大柄なケイリュウの身体は地面に倒れ込んだ。
「ケ、ケイリュウ!! ああ……そんな……」
遠くからジキの悲痛な声が響き、コクドやメイハクなどデイン大陸の者全員が震えながら地面に膝を突く。しかし、一方でジキたちの後ろに立ち並ぶバール帝国の兵士たちの表情は何も変わらない。それを見たドリアムが不愉快だといわんばかりに「フン」と鼻を鳴らした。
「この戦士、ケイリュウは誠に見事であった。誇り高き戦士の亡骸は、後でデインの者へ渡そう」
そう言うと、ガカランとランゾウがケイリュウの亡骸をその場から後方へと運び出していった。
元々心優しき民であるデイン大陸の者にとって、目の前でケイリュウを失ったことは、とても耐えられるものではなく、ジキたちは後方へ下がり路地裏へ入ると嗚咽を漏らし地面を叩いて悲しみと悔しさを吐き出すのだった。
(どうして、ケイリュウが……一体、何をしたっていうんだ!! なぜ? なぜ……一体、ミレイや家族に何と言えばいいんだ!! 何で一人で逝ってしまったんだ……ケイリュウ……ケイリュウ!!)
「お兄ちゃん?」
ジキたちは、突然子供の声がして慌てて涙を拭いながら、声の聞こえた路地の入口を見る。そこには、幼い少女がいた。
「どうしたんだい? 迷子かい? 今、ここは危ないよ……」
「これ、渡してって……」
「え?」
少女がジキに紙を渡した所で、後ろから女性の鋭い声が聞こえてきた。
「テミル! 家から出ちゃダメって言ったでしょう! 何をしてるの! こっちに来なさい!!」
ジキたちの姿をみた女性は一層警戒心を露わにすると、少女を連れて消えて行った。残されたジキが紙を見ると、そこにはこう書かれていた。
『トアです。誰も死んでないから安心して。後で説明するから。無事でいてね』
それを読んだジキの顔が驚きの表情になり、再び涙が溢れてくる。
「み、皆! これを!!」
路地裏でその紙を読むデイン大陸の者たちの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったが、その顔は今や上を向き、瞳はウルウルと輝くのだった。
テミルという少女が紙をジキに渡すのを近くの屋根の上から確認していたルーラルは、「ふぅ」と胸を撫で下ろした。
(トアが事前に用意していてくれたメモが役に立ったな……)
役目を終えたルーラルは、各方面への遠視を展開しつつ、今度はミスラギたちの元へと転移した。
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目を覚ましたケイリュウは、一体何が起こったのかと、戸惑いながら周りをキョロキョロと見回していた。
(確か、一騎討を申し出て戦い……切られはしなかったように思ったが……敗れたのか……しかし、ここは?)
敗れたにしては、身体が軽いと不思議に思ったケイリュウは自身の身体を確認するが、やはりどこにも傷跡は見られなかった。白基調の家具が最低限置かれた個室にケイリュウは寝かされていた。特に拘束もされておらず、増々混乱するケイリュウの耳にドアをノックする音が聞こえ、思わず応答する。
「はい……」
入って来たのは、見慣れない服装をした集団だった。白い足首まである緩やかな服の上から、緑色に金色の刺繍のある布を両肩か纏い、その布は腰の辺りで交差されて後ろへ回っていた。
「起きていましたね。お加減はいかがですか?」
少し抑揚が無いようにも聞こえる話し方で、その男性ガイルはケイリュウへと尋ねた。
「大丈夫だと思う。一体、ここは……」
「ここは、魔法連合です。私はガイルと言います」
「!!……仲間たちは……?!」
「皆さんにも、状況はお伝えしているので安心してください。あなた方を助けるよう、トアからお願いされています」
「トア! そうか、トアが……」
途端にケイリュウの瞳から涙が溢れ出るのを見て、ガイルは「トアが言っていた通り、仲間思いの心根の真っすぐな人だ」と思う。
「ところでケイリュウ殿、確認ですが、あなた方デイン大陸から連れて来られた大人は全員で九名で、人質となっている子供たちはルオ殿を含めて十名で間違いないですか?」
「……それには、答えられない……すまない」
「ああ、首に入れられた文様でしたら無効化したので、もう制約は発動しないと思いますよ」
「なん……と……」
「この鏡で見てみてください。文様を消し、効果も無効化されています」
「…………本当だ……あの呪縛が無い……一体、どうやって……」
「実は、私はゴウミと同じ世界から来た人間なのです——」
ガイルの言葉を、ケイリュウは信じられない思いで聞くのだった。




