第35話 覚悟
何か良くないことが起こりそうだと思ったトアは、敢えて状況を確認する時間を取らずに、とにかく囚人の保護を優先することにした。ルーラルは今回、全体を遠視で確認してベージェルへ状況を伝える役目を担っており、牢への兵の集約をいち早く見つけると、透明化した上でトアの所へ転移してきた。
「トア、大丈夫?」
「あ、ルーラル、ありがとう。あの兵の足止めをして時間稼ぎができればいいんだけど……」
「分かった。ベージェルに聞いてみる」
「うん、お願い!」
状況を聞いたベージェルは、ルルド王国側の国境で待機しているドリアムたち合同軍へと伝達を飛ばした。
「バール帝国兵が動いた! 予定より少し早いが準備は万端だ。半数はここで待機。半数は儂について来い! コアトール殿、魔法部隊を頼む」
「承知しました」
こうして、ドリアム率いるススリード王国及びルルド王国の合同軍はバール帝国へと移動を開始した。移動には、ここにも転移装置が設置されておりバール帝国の城から近い森へ転移が可能となっていた。複数回に分けて転移した合同軍が町中を行軍し始めると、帝国民は、初めこそ驚きの表情となったものの、ドリアムを先頭とした全員が隊列を組み、笑顔を振りまくと、民は「久々に他国を招いての行事が城で行われるのだろう」と勝手に都合よく解釈し、手を振って見送り始めた。
しかし、城が近づくとさすがに反応は異なって来る。衛兵が動き城に確認を取ったことで、一気に戦闘の雰囲気が高まる。
「合図、黄!」
ドリアムがそう叫ぶと、魔法部隊から黄色い信号弾が発射された。これも呪機から着想を得てカミドたちのチームによって作製された魔道具で、色別にスイッチを押すと風魔法が発動してその色の信号弾が上空に打ち上がるようになっている。機械仕掛けのものより軽く、持ち運びやすいという利点がある。因みに「黄」は待機や止まれを意味していた。前方に集まって来たバール帝国の兵士たちをみてドリアムが呟く。
「儂らはここで敵の兵力を足止めすることが目的……トアの『袋詰め』が終わるまでな……」
ドリアムは愉快そうにニヤリと笑う。
トアは女性用の牢から、囚人となっている貴族たちを収納袋に収めて回っていた。根回しは既に終わっているため、袋を見て驚きはするものの皆すんなりと入ってくれている。しかし、一つ一つの牢を回って、手枷を解除してから収納袋に入ってもらっているため、予想はしていたが時間はかかる。敵になるべく悟られないように最下層から実行していたトアは、ようやく地上に一番近い階層まで上がって来た。しかし、外では争いの怒号が飛び交っており、すでに交戦していることが分かった。
**
一方、バール帝国の城では大混乱が起きていた。全ての指揮を委ねられた筆頭魔導士のラーラル・ダハンは、作戦本部を設置した会議室でイライラとこめかみを指で叩いていた。
「敵はどこから現れたんだ? 急に現れたという報告があるばかりで、一向に分からん! 全員が転移などできるわけないだろう! 全く、平和ボケした連中はまともに報告もできないのか!?」
——コンコン——
「失礼します! デイン大陸の者たちを連れて参りました!」
「ああ、ご苦労……」
会議室に入ってきたケイリュウたちデイン大陸の者九名は、外の物々しい雰囲気で大規模な軍事作戦が行われていることは気付いており、暗い顔をしていた。
「お前たち、役に立ってもらう時が来たぞ。これで役に立てれば子供たちは本国に返そう。役に立たなければ、お前たちもろとも海の底へ帰ることになる。やることは簡単だ。敵の部隊の指揮官の首を一人一つ取って来い。簡単だろう? 俺は優しいんだ……ククククク」
ケイリュウたちはそれを聞いても眉一つ動かさなかった。しかし、そこには諦めでもない自暴自棄でもない信念と希望を忘れない眼差しがあった。
「ちっ、大陸の奴らは不気味で面白味がない……お前たちの子供の運命は決まったようなものだ! まったく不憫で仕方がないな!」
そう吐き捨てるように言うと、ラーラルはケイリュウたちに呪機を持たせ部屋から追い出したのだった。
「ケイリュウ……」
部屋から出ると、ジキが不安そうにケイリュウを見る。
「ああ、これはトアたちが戦ってくれている音だ。我々は勿論邪魔はしない。しかし、子供たちはどうにかして守らねば……」
足取り重く城の外へ出たケイリュウたちは、ドリアム率いる合同軍と睨み合う形で城下町の大通りに展開しているバール帝国兵の脇を通り、先頭へと出た。そして更に一歩、ケイリュウが前に出る。
「我が名はケイリュウ。そちらはこの部隊の長とお見受けする。どうか、一騎討を受けてもらえないだろうか!」
それを聞いたドリアムは、「おっ」と興味をそそられたが——。
「ドリー、ダメだよ」
「トアと約束したからね」
すかさず両隣りから双子のガカランとランゾウが注意する。
「わ、分かっているぞ! 首に黒き模様があるからな。うむ、もちろんだ!」
そう小声で言うと、ドリアムはわざわざ馬を下り、ケイリュウに向かって今度は声を張り上げた。
「うむ、その心意気やよし! しかし、儂は自分で言うのもなんだが強い。そちら九名一緒にかかって来るが良かろう!」
「貴殿の配慮には感謝するが、それには及ばぬ……我一人で参る!」
そう言うと、ケイリュウは一人飛び出した。走り出しながら懐から出したのは、渡された呪機ではなく短刀だった。
(まさか、短刀とは……ケイリュウといったか、潔い男だ……)
近づいて来るケイリュウの姿を見て、ドリアムは「強い」と感じ取り、剣を抜いた。




