第33話 命令
その日、バール帝国の筆頭魔導士ラーラル・ダハンは、朝から突然言い渡された命令に混乱しながらも、爛々と輝いた目つきをして足早に廊下を歩いていた。
「最近、自室に籠っていることが多くなった陛下が、突然あのような命令を……これが実行されれば帝国史に残る出来事となるだろう。きっと陛下は熟慮されていたのだ……まさかここにきて、前皇帝派の貴族たちを一族に至るまで全員殲滅せよとは……実に思い切った命令を下された。しかも、作戦の指揮をこの私に一任されるとは……やはり陛下は私を一番買っておられる。ははははは! これであの死にぞこないたちも皆、処分できる……」
自然とトーマスの顔を思い浮かべたラーラルは、兵の配置を考えながら高揚感に酔いしれるのだった。
昨夜、ダーガ家から不気味な子供や老婆についての報告を受けたガゴウは、やはり地下牢をこのまま残しておくことは危険と感じ、即座に大規模な殲滅作戦を決めたのだった。そして、一通り命令を発すると、全ての指揮をラーラルに任せると言い、自らは自室に籠り近づくなと厳命した。
(帝国の兵士たちを投入するのだ、今度こそうまくいくだろう……それよりもあの小娘だ……予定外のことが発生して戻らざるを得なかったが、今度こそ……)
ガゴウ自身気付いてはいなかったが、今やトアに向ける執念は、かつてルーラルに向けていたものと同質の粘着質なものとなりつつあった。
再びダルーガの身体から抜け出したガゴウが向かう先は、ススリード王国の孤児院だった。
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トアがこの日、朝一で魔法学校のフロイスの部屋へ飛ぶと、もうフローリアと侍女のトマリは支度を終えており、フロイスとハシルも集まっていた。実は、一昨日の晩、様々な話をした後、ウィズダブラとトーマスは二人とも牢に戻ると言ったのだった。皆、戻したくないという気持ちは大きかったが、二人の意志は強固で「牢の仲間と一緒に救助を待つ」という思いに渋々承知したのだ。計画としても、ここでウィズダブラたちが脱走したと分かると大事になるということは皆分かっていたため、その決定に従ったのだった。トアとリアについては、その他の全員が反対したため牢には戻らず収納袋の中で寝泊まりをしていた。
「お早うございます! 今日は異世界から皆さんが来る日だから、早速、魔法連合に移動します。昨日、こっそり牢屋番のミラスに確認したら、私たちがいないことはバレてるみたい。今の所、所長たちが捜索している以外、動きはないみたいだけど、牢の人たちの救出は急ぐつもり。それじゃあ、魔法連合に行くね!」
トアがそう言うと、皆頷きトアの収納袋に入った。
トアがベージェルの部屋へ飛ぶと、予想外にバタバタと慌ただしい気配がしていて驚く。ベージェルの元に何人もの魔法連合の職員が入れ代わり立ち代わり報告をしており、トアに気付くと、さっと職員が脇によけた。
「おおっ、トアか! よく来たのぅ。実は昨日、大変なことが起こったのじゃ」
「どうしたの?!」
「捕えておったドルクやダーガ家、それにカーラが消えたんじゃ」
「えっ!?」
「調べておるが、ルーラルによると、バール帝国の城にいると言っておる。儂もすぐに行くので、先に下の会議室へ行ってくれるか?」
「うん、分かった!」
驚いたドアは会議室へ行き、そこにいたルーラルから話を聞くと、自分でも遠視で確認をしてみた。
「……本当だ、ほぼ全員いる……」
「結界から出ていて、しかも魔法連合の職員に見つからずに……となると、多分転移したんじゃないかと思うんだ」
「でも、連れて来られた時は魔道具も持ってなかったよね……」
「うん……」
そこでベージェルが部屋に入って来た。
「どうやら、食事係の者の記憶に不審な点があるようじゃ。少しの間、記憶の無い部分があると言っておる。気づいたら空き部屋で倒れておったらしい」
「その人の意志じゃないってこと? もしかして、またあのガゴウが憑りついたとか……」
トアが驚きながらそう言うと、ベージェルとルーラルが頷いた。
「僕もその可能性があると思ってる……」
「とりあえず、逃げた者たちのほとんどが帝国の城にいることは分かったが、今日は救出作戦を成功させることが一番じゃ。ただ、逃げた者たちの戦力が敵に加わったことを周知して対処せねばならん」
「じいちゃん、まかせて。大丈夫、皆を傷つけさせはしないから」
「うん、あっちの世界からも救援が来るし、皆で協力すればうまくいくよ」
「くれぐれも無理はせず、皆で補い合いながら動くのじゃぞ」
「うん!」
三人が話し終えたところで、さっそく扉をノックする音が響き、一番乗りの集団が姿を現した。
「あっ、おじちゃんに王様たちと王子様!」
「おお、トア! 何やら魔連内部が騒がしかったが、トアが中心ではないのか?」
「もうっ、私がいつも何かしてるみたいに聞こえるよー」
「ぶふっ!」
「あっ、王子まで!」
「あはは、ごめんごめん、だって出会ってからいつもそうだから……」
「もう、皆して……あっ、そうだ今のうちに紹介しておこう!」
「え、誰を?」
皆の視線がトアに集まる中、トアは収納袋からフローリアとリア、そしてトマリと、おなじみのフロイスとハシルに出て来てもらう。
「おお、貴女様は……帝国ウェスリッド家の……」
美しいフローリアを見てすぐに反応したのはルルド王国国王ミカルダス・ルルドだった。
「昔、何度かお会いしたことがございますわね。ご無沙汰しております。フローリア・ウェスリッドでございます……トアの母です」
「なんと……」
ミカルダスだけでなく一同が驚愕する中、トアは続いてリアのことも紹介する。
「こっちは私の双子のお姉ちゃん、リアです」
「リア……です。ススリード王国国王ダンデリアム陛下、王国ではお世話になっております」
「……リア・レスト……いや、リアよ……愚息が誠に申し訳ないことをした」
父であるダンデリアムが謝罪の言葉を口にしたことに、王太子マルスミアは驚いていた。
(父が頭を下げるとは…………まぁ、トアのこれまでの功績や影響力を考えれば、その姉というだけで最早、その立ち位置は我々より上……はぁ、やっと父上も理解してくださったようで、良かった……それにしても、トアやリアの出自がまさかバール帝国の公爵家だったとは……)
皆がそれぞれに驚き思考する中、ダンデリアムが嬉しそうに声を上げる。
「フローリア!! 無事であったのだな!!」
「ドリアム! まぁ、貴方は何も変わっていないわね!」
「わはははは、色々あったがこの通り元気よ。それもこれもトアのお陰だがな!」
「少し聞かせてもらったわ。まさか私の可愛い子とそんなに前から知り合いだったなんて……」
「儂は一目見て、フローリアとトーマスに似ておると思ったのだ。やはりそうであったなぁ!」
それからは、トーマスやウィズダブラも元気にしていることなど近況報告が行われた。そこでじっとフローリアを見つめていたルーラルが声を掛けた。
「初めまして……」
「うふふ、お話はトアから聞いていました。ルーラルとお呼びして良いのかしら、ご先祖様」
「あ、うん……」
フローリアの微笑みを見て、ルーラルは何百年も経てなお、妻リテーラの面影が色濃く受け継がれていることの感慨に耽る。
「ルーラル、私もルーラルの子孫だったんだよ!」
「そうだね、トア」
「あれっ、あんまり驚いてない?」
「ははは、うん、実はそうじゃないかなって思ってたからね」
「えーっ!」
「だって、僕が残した書物が読めたでしょ? あれは、僕と同じ魔力の質を持つ者だけが読めるように、僕の魔力をインクに定着させた物で書いていたんだ。どうせ魔力の質が同じじゃないと、あそこに書いた魔法も使えないからね。それにトアもオッドアイだったしね」
「そっかぁ~」
「でも、証拠があるわけじゃないからね、憶測で言うのは避けようと思っていたんだ」
「確かに、言われたら気になっちゃってたかも!」
そんな話をしているうちに、こちらの世界の参加メンバーは皆集まり、ブラザリア皇国側を待つのみとなった。




