第32話 脱走
マゴットの身体を近くの部屋の中に置いたまま、スルリと抜け出したガゴウは、その会話の主へと浮遊して接近した。
「うん、異界人の食事配布が終わったら行くわね!」
「うん、待ってる」
聞き捨てならない会話に、ガゴウはそのまま食事配布について行くことにした。食事のトレーを持ち、専用の部屋に入って行く女性に続いてガゴウもその部屋へ入る。
(なんだと、ここにいたのか……!)
そこにいたのは、少し前から行方が分からずゴウミが探していると聞いていたドルク・ジーカがいた。
そのまま、その女性について回ったガゴウは、驚愕することになる。
(何だと……こちらの駒がこんなにもここに捕えられているではないか……まさか、ナドンまでここに居たとは……グギギギギギギ)
ガゴウは、食事配布の女性に憑依すると、ナドンの部屋へと入ることに成功した。そして、ナドンの頭に直接語りかける。
「ナドンよ、何をしている……」
「はっ、そのお声はガゴウ様! も、申し訳ありません! 不覚をとりました」
「ここがどこか分かるか?」
「いえ……」
「魔法連合だ」
「なんと……」
「お前たちは魔法連合の者にやられたのかもしれぬが、はっきりとは分からぬ……」
ガゴウは食事配布の女性の記憶にも誰がナドンたちを捕えたのかという情報がないことにいら立ちながら、そう言う。
「……とにかくお前達をここから出す手段を考えなければならない」
「ガゴウ様、手段はあるのですが、お手を煩わせることに……」
「構わぬ」
「それでは、私たちが使用していた帝国の宿に転移の魔道具があります。それであれば恐らく可能かと」
「ああ、この忌々しい結界からも脱出できるか……分かった。待っていろ」
「申し訳ございません」
「出たら働いてもらう」
「はっ」
そうしてナドンから宿の場所を聞くと、ガゴウは再びマゴットの身体に憑依し、帝国の宿から魔道具を取って来たのだった。その後、魔法連合へ戻って来ると、今度は夕食を配布する者に憑依し、魔道具を使いナドン、ドルク、ペドラ、ビド、ミガ、アグーネ、カーラの全員を決められた場所へと転移させることに成功した。食事配布の為に開けられた結界の隙間から魔道具を差し入れることが出来たことで、すんなりと事が運んだのだった。
ガゴウは食事配布係りの身体を出て、空き部屋に横たわるマゴットの身体に再び憑依すると廊下に出た。
(ナドンたちを逃がしたことはじきに知られるだろう。とりあえずあいつらを解放できたことは良かった。一度引くとしよう)
そうしてガゴウは外に向かって歩き出したのだが、後ろから声を掛けられドキリとする。
「マゴットじゃないか。どうしたんだ、こんなところで? 孤児院の方は大丈夫か?」
振り向きながら、話しかけて来た男の顔を確認するが、名前を探り出すには時間が足りず咄嗟に適当なことを言う。
「ああ、大丈夫。トア……様は大丈夫か気になって……」
「ああ、大丈夫だろう……」
「では、戻る」
「ああ……」
去って行くマゴットの後ろ姿を見送りながら、ビームスは少しの違和感を覚えていた。
(トア様のことを語るマゴットにいつもの異常なまでの高揚感が見られなかった……)
ビームスは、この時の些細な違和感をもっと注意していればと後々、後悔することになるのだった。
**
その頃、丸一日カーラの姿が見えないことに気付いたダルーガの正妃カッシーナは、カーラが最後に向かった地下牢へと来ていた。
「おかしいわね、入った記録はあるけれど、誰も出て行くのは見ていないなんて」
カッシーナはすぐさま所長に牢を点検するよう伝えた。
トアの治癒魔法ですっかり回復していたミラスも、何事もなかったかのように捜索に加わる。
(皆が嫌がる最下層に率先して来たけれど、トアたちの牢は大丈夫かな……)
昼食の配布時にトアとリアの姿が無かったことを知っているミラスは、「全ての牢を自分が点検できれば……」と焦りが募るが、とりあえずウィズダブラたちの牢の確認を急ぐ。
ウィズダブラとトーマスはいつも通り牢にいて、とりあえず胸を撫で下ろすミラスだったが、女性の牢の報告係が慌てた様子で駆けて来て、ミラスは嫌な予感がした。そして、その予感は的中する。トアとリアの失踪を聞いた所長が青ざめ、怒号が飛ぶ。
「なぜいない?! 日中はどうだったんだ??」
「日中はいました」
日中に食事の配布をしたミラスは、平然とそう答える。
「じゃあ、なぜ今いないんだ? 消えたのか?」
しかし、その窮地を救ったのは意外にもカッシーナだった。
「小娘二人のことなど、私はどうでもいいのよ! カーラ様の消息を聞いているの! つまらないことに時間を割くな!!」
「ははっ!」
そこへ城から兵士が駆け付けて来て報告する。
「カッシーナ様、カーラ様が戻られました!」
「ああ、良かったわ。もう戻ります。所長、牢の管理はしっかりしてちょうだい」
「ははっ!」
そうしてカッシーナは戻って行った。
(ふぅ、危なかった……トアたちに興味のない人で良かった……)
ミラスは胸を撫で下ろすのだった。
城に一人戻って来たカーラの顔を見たカッシーナは、驚いて駆け寄った。
「カーラ様、大丈夫ですか? 具合が悪いのではなくて?」
カーラの顔色は青白く、生気が抜けているようにすら感じられた。
「ああ、カッシーナ様……申し訳ありません……少し休ませていただきますわ……」
「ええ、もう遅いですし、何があったかは明日にでも聞かせていただければ大丈夫ですわ」
ヨロヨロと戻って行くカーラを見送ると、カッシーナは夫である皇帝ダルーガの元へと向かった。最近は珍しく眠っていることが多いと聞き、何か体調でも悪いのかと少し心配になったのだ。
(いつも暇さえあれば鍛錬をしたり、兵士の訓練を見たりしている陛下だから、風邪なんかではないでしょう。むしろ鍛錬のしすぎかしら……)
しかし、ダルーガの部屋の前まで来たカッシーナは、心配が杞憂であったと知る。
部屋からは呻き声や咆哮のような音が聞こえており、カッシーナは「ああ、また激しい鍛錬の最中なのだわ」と思ったのだった。
実際には、ダルーガの部屋には戻って来たダーガ家の者たちが揃っており、ダルーガは一度マゴットの身体を孤児院に置いて来た後、再びバール帝国に戻りダルーガに憑依し、念話でダーガ家の者たちに指示を出していたのだが、抑えきれない怒りが咆哮のように口から漏れていたのだった。
「いいか……今度はこの帝国の兵士もお前たちにつける……失敗は許されない!! 分かったな!!」
「はっ」
翌日、ダルーガにより大規模な粛清という名の大虐殺の命令が下ることになる。奇しくもその日は、ミスラギたちブラザリア皇国勢が大規模転移をしてくる日でもあった。




