第30話 トア、リアとともに
袋の中に入ったリアは、自分もトアにもらって収納袋を持ってはいるものの、中に入ったことはないため、不思議そうに中の白い空間を眺めていた。しかし、背後から声を掛けられハッとする——。
「…………リア?」
柔らかく響いたその声に振り向いたリアは、何が起こっているのか掴めずに一瞬困惑した。まるでトアが大人になったようなその女性は、しかし目の色は自分と同じ緑色だった。
「リア、この人はね……」
「お母さん?」
「うん……えへへ、リアはすぐに分かったね」
「だってトアに似てるもん」
「私はリアに似てるって思ったよ」
そんな二人を見るフローリアの瞳から涙が滴り落ちた。
そっと二人に近づき両腕で二人を同時に抱きしめると、フローリアが呟く。
「ごめんね、一緒に居られなくて……生きていてくれて……本当にありがとう」
「お……母さん……本当に、私たちのお母さんなんだ……」
リアは信じられない気持ちでフローリアのことをじっと見つめる。
「トア、どうしよう、本当にお母さんだ……」
リアの瞳から涙が溢れツゥーッと頬を伝い、それをフローリアが優しく拭う。
「うふふ、そうだって言ってるじゃん! あ、それにお父さんもだよ!」
「え、お父さん……あっ、トアが食事運んでる牢屋にいる、えっと……」
「うん、お父さんはトーマスさん!」
「ん、トアだけ会ったことあるの?」
「でも、お父さんだっていうのは気付いてないよ?」
「でも、何か私だけ出遅れてる……」
「あはははははは、大丈夫だよ」
二人のやりとりを見ていたフローリアが微笑みながら提案する。
「じゃあ、皆で行ってみるのはどう?」
「「今から?」」
思わず重なったトアとリアに向かってフローリアが笑いながら頷く。
「私も久しぶりに会うから、色々刺激が強いかもしれないけれど、善は急げって言うでしょ? あとお父様……貴女たちのお祖父様にも会えたらいいわね!」
「お祖父様……って、もしかして前皇帝ウィズダブラ・アラキス陛下!?」
驚いたリアに向かってトアが「むむっ?」と睨んでみせる。
「私も出遅れてるよ……」
「えっ、何で??」
「私、貴族様の言葉遣いとかマナー分からないもん!」
「あ、そうだね……習いたい?」
「エンリョします……」
「あはははははは、ほら、そもそもトアはやる気ないでしょ? 私だってイヤイヤやったんだもん」
「そうだよね、冗談だよ、ごめん! あっ、でもお母様とかお父様って呼んだ方がいいのかな……」
「トアもリアもそのままでいいのよ。私もトーマスもそんなこと気にしないわ。そもそも、今は国から出ようとしているのですもの。どんな暮らしでもする覚悟よ」
ぐっと意気込みを見せるフローリアを見て、トアとリアは「あはは」と笑う。そんな母と子の様子をフロイスたちは微笑ましく見守るのだった。
「じゃあ、このまま私が袋を持ってお父さんの牢に移動するね!」
そう言うとトアは、すぐにトーマスの牢へと転移した——。
**
その頃、驚愕とともに逃げ延びたガゴウは、トアに浄化され靄の一部が無くなったものの、なんとかダルーガの身体に辿り着き再び憑依していた。
(一体、あの娘は何だったのだ!? 我の姿を目で追っていたようだが、我が認識できていたのか?? いや、これまでそんな人間はいなかった……容姿もルーラルに似ている……憎い……憎い憎い憎い……グワァアアアア)
憎しみが増し、ガゴウはダルーガに憑依したまま言葉にならない唸り声を上げる。
そこへアガトとグドルがやってきて、牢で見たことを話し始めた。
「なに?! 老婆が当主含め三人を無力化して、忽然といなくなっただと?? 他の三人もいないとは……何が起こっている……そんな力のある者なら、とっくに牢から出ているだろう? 幻覚を疑いたくなるが、お前たちに幻覚剤など効くとは思えない……一体何が……お前たちは当主の行方を探せ! 我はとにかく、まずはあの娘をどうにかしなければ……このダルーガの記憶によると、あの娘は孤児院出身だという。そんな者が……この我を……ウグァアアアア! しかし、牢屋に捕えているという記憶もある。しかし、我の前に現れたのだから牢から逃げられたのだろう! とりあえず孤児院を調べてみるしかない。そうだ……ああいう奴は周りを傷つけられるのが嫌なのだ……うまくいけば誘き出せる……フフフ……ハハハガガガガガ……」
獣じみた音を発しながらダルーガの身体の中で思考を巡らしたガゴウは、次の手を考えつくと、更に詳しくダルーガの記憶を漁るのだった。
**
牢の中でトーマスは、空気の揺れを感じ「ああ、トアが来てくれたのだな」と思い、微笑みとともに振り返った
「トア、忙しい所、今日も来てくれたのか……ん? どうしたんだい?」
少しいつもと違い、トアが照れ笑いのようなものを浮かべているのを不思議に思ったトーマスがそう聞いた。
「ええっと、何人か会ってほしい人たちがいて……」
「この牢に誰か来るのかな?」
「うん」
「分かったよ」
トーマスは、トアの様子から敵などではないと思い、微笑みとともに頷いた。
「じゃあ、えーっと、まずは……」
トアはそう言いながら、フローリアを袋から出現させた。その途端、微笑んでいたトーマスの顔が一瞬止まり、そして目と唇に力が籠りブルブルと小刻みに震え始める。そして、それはフローリアも同じだった。二人は見つめ合った後、フローリアがゆっくりと近づき二人は無言で抱き合う。トアも静かにそれを見つめていた。
しばらくして、フローリアが労わるようにトーマスの頬を撫でながら話し始めた。
「生きていてくれて……本当に良かった…………ありがとう、トーマス」
「毎日、君の顔を思い浮かべていたよ。ああ、本当にフローリアだ……ふぅ、こんな姿でごめん……」
「そんなのどうでもいいの。こうしてあなたの温もりを感じられることが幸せだわ。それに、なぜか本当に全然臭くないわ……」
「ふふふ、くすぐったいよ、そんなに嗅がれたら恥ずかしいな。これはね、そこにいるトアのお陰なんだ。彼女が魔法で綺麗にしてくれているんだよ。本当に驚くことばかりなんだ、トアには……」
「そうよね、私たちの娘たちは本当に可愛くて度胸もあって、素敵なレディーよね……」
「え……」
「トア、リアもお願いできるかしら」
「うん、すぐに連れてくるね、お母さん!」
「…………お……母さん?」
目が点になり、事態が把握できていないトーマスをそのままに、母と娘のテンポで話は進んで行く。
「はい、リア登場!」
「あっ、君は日光浴の時にいた……」
「うん、リアだよ…………お父さん……」
そうリアが遠慮がちに言うと、トーマスの目が再び見開かれる。
「今、何て? フローリア……一体これは……この子たちは……」
「うふふ、実はね、あなたが投獄された後、子供を授かったことが分かったの。でも、当時は私にも身の危険が迫っていたから、この子たちを守るために屋敷から連れ出してもらったの。でも、その後の消息は分からなくて……私も知ったのはついさっきなのよ」
「なんということだ……じゃあ、本当にトアもリアも私たちの子供なのかい?」
「ええ、そうよ、それにほら、二人ともあなたにそっくりでしょう?」
「フローリア、君にそっくりだと思うよ」
「まぁ、嬉しい」
「二人ともこっちに来てくれるかい?」
トアとリアが近づくと、トーマスは二人をぎゅっと抱きしめた。
「ああ、本当に……こんな幸せが起こるなんて……」
「「お父さん……」」
「ふふふ、そうだよ、お父さんだ。こんな場所にいて、気付いてもあげられず、ごめん。辛いこともあっただろう……ああ、なんて可愛い娘たちなんだ……」
トアとリアはトーマスの腕の中で照れながらも幸せを感じるのだった。




