第27話 守れ!
ウェスリッド家のいつもの台所に着いた時、トアはハシルとフロイスを素早く観察すると、臨戦態勢を取った。トアが自分たちを見るただならぬ視線の鋭さに驚いたフロイスが、トアに問いかけようと口を開きかけたのだが、そこでトアの鋭い声が飛ぶ。
「フロイスさん、こっちに来て!」
「ああ……トア、どうし……ハシル!!」
突然、ハシルの身体がまるで紐の切れた操り人形のように崩れ落ち、まだ隣にいたフロイスがすんでのところで、ハシルの身体を支えた。
「ハシル、どうしたんだ?! トア、一体何が……!?」
「フロイスさん、ハシルさんについてて! 後で説明するから!」
トアの緊迫した雰囲気がまだ解けていないことを理解したフロイスは黙って頷く。トアの視線は宙で止まっているが、その地点を見ているのではないようだった。
転移した直後にトアが見たのは、ハシルの身体を覆う大きな黒い靄だった。咄嗟に浄化魔法を発動したトアだったが、発動前に黒い靄はハシルの身体から抜け出た。そして、そのままドアをすり抜けて出て行くのを確認すると、トアは全身神経を集中して遠視でその行先を追った。追いながら、フロイスにハシルについててもらうよう伝える。
(転移の瞬間にハシルさんに憑依したんだ……あの大きさは多分、ガゴウだ……絶対に何か目的があるはず、どこに行くんだろう……)
ハシルが目を開けたのを確認し、ひとまず安心したトアは、ガゴウを追うことに専念する。ガゴウは途中、様々な部屋の中に入っては出るということを繰り返しており、誰かを探しているようだった。
(ガゴウはルーラルの子孫も狙ってるって話だった……)
そう思い出したトアは、早口でフロイスに聞く。
「フロイスさん、ここにいるルーラルの子孫って……皇帝の娘さんだっけ?」
「ああ、そうだよ?」
「部屋はどこ?」
「三階の奥だ」
無言で頷いたトアは、ガゴウが三階に移ったのを確認すると、遠視で奥の部屋を見た。すると、椅子に座っている女性と、侍女らしき女性の二人がいるのが見えた。
「フロイスさん、ちょっと行ってくる。このままここに居て!」
トアは二人に素早く結界を張ると、転移で三階の部屋へと飛んだ。
ガゴウの怨念は部屋をすり抜けて移動している為、スピードが速く、トアが転移するのと、ガゴウがフローリアとトマリの部屋に入るのとは同時だった。
部屋で談笑していたフローリアと侍女のトマリは、突然部屋に現れたトアを見て、驚きのあまり目を見開いたまま止まった。トアの方は止まることなく、部屋の天井付近を睨んだかと思うと、パッとフローリアの前に躍り出た。その途端、目には見えない衝撃波のようなものが飛んできて、二人は「「きゃっ!」」と叫んで頭を手で覆う。
「奥様!!」
トマリがフローリアの方へ来ようとしたが、鋭い声に止められる。
「そこに居てください! 危ないから!」
フローリアはトアの背中を見ながら、その真剣な声に何かを感じ、トマリへ向かって頷いた。
トアはガゴウがフローリアへ向けて飛ばした黒い靄を結界を纏った腕ではじき返すと、ガゴウを睨みつける。
一方、ガゴウは驚きのあまり、一瞬動きが止まっていた。
(な、なんだと……儂の姿が見えているのか、この娘……それに、この顔……うぐぁああああ!!)
トアの顔にルーラルの面影を見たガゴウは、怒りに震え言葉にならない叫び声を上げる。そして、それは地鳴りとなって屋敷中の者に聞こえるほどだった。
「お、奥様、これは一体……!!」
「トマリ、分からないわ……でも……」
フローリアはなぜかは分からないが、目の前にいる少女が必死に自分たちを守っているのだと感じていた。
トアは既にフローリアとトマリに結界を張っており、あとはガゴウをどうやって捕らえようかと考えていた。
(すごく大きくて濃い靄……浄化にも時間がかかるし、どうしたらいいんだろう……)
トアは浄化魔法を立て続けに放ってみるが、靄はすぐに回復するのできりがない。一方、ガゴウはトアの浄化魔法に、更に驚愕していた。
(何だ? 何をした!? 我の身体が少し削られた……まさか、浄化魔法?! いや、そんなことが? しかし、この娘の容姿……やはりルーラルと関係がある者か……)
憎しみが増すガゴウは黒い靄が増していく。
キリがないと見たトアは、ガゴウを結界に閉じ込めてみることにして、さっそく結界を張り、その中に浄化魔法を展開してみる。
(う、なんだ! また身体が削られ始めた……うぐっ、何だこの壁は!)
ガゴウが結界にぶつかり動揺しているのを見て、トアは浄化魔法の威力を強めた。しかし——。
「あっ! 逃げた!!」
結界に閉じ込めたと思ったガゴウは、そこでシュッと消えてしまった。
「あぁ、やっぱり転移できるのかぁ……本当にどうしたらいいんだろう? もっと強力な力を一瞬で当てるしかないのかな……」
トアが一人思考を巡らせていると、背後から声をかけられた。
「あの……貴女は……」
はっとしたトアが、後ろを振り返り慌てて挨拶をする。
「あっ、勝手に入ってごめんなさい! 私、トアって言います」
トアの顔を間近で見たフローリアの表情が驚きに包まれて行った——。




