第24話 抵抗
「ちょっと待ちなさい。何、素通りしようとしているの? 時間が勿体ないでしょう、ここの牢から開けなさい!」
ミラスはここの牢の男性とも毎回食事配布の時には挨拶を交わしていた。具の少ない薄いスープにも関わらず、いつも「ありがとう」と言ってくれる初老の男性だ。
ミラスが牢の奥を見つめると、暗がりで男性がミラスに頷くのが見えた。
「で、できません……」
「え、何を言っているの? 早くしなさい!!」
カーラがけたたましく怒鳴り声を上げるが、ミラスは動かない。騒動は同じ階の囚人たちにも聞こえており、皆、ミラスの身を案じ息を殺して行方を見守っている。
「カーラ様、これでは埒があきませんね、どれ、私たちが鍵を試してみましょう。番号が書いてあるので、すぐに見つかるはずです」
「申し訳ありませんわ。では、お願いします。お前、もういいわ。役立たずは必要ないわね……」
そう冷めた声でミラスに言うと、カーラは懐からケースを取り出し蓋を開け、中に入っている土に触れて詠唱を始めた。ダーガ家の面々は何が起こるか大体理解しており、結果を予想して満足そうに笑みを見せる。
(確かに、ガゴウ様がおっしゃるだけあって使える女だ……)
ナドンはそう内心で思い、この先の展開を見守る。
十数秒後、怪訝な顔をしていたミラスは、突然腕に鋭い痛みを感じ悲鳴を上げた。
「ぅうわあああ! ぐっ!!」
「ああ、嫌だ、煩いこと」
カーラはそれだけ言うと、細く鋭い土の突起物に腕を刺されて血を流すミラスから鍵束を奪いダーガ家の者に預ける。
しばらくすると、ナドンが声を上げた。
「ありました。この鍵のようです。カーラ様はここでお待ちを。私たちがあの囚人を奥から引っ張り出してきます」
そう言うと、ナドンたちは顔色一つ変えることなく、牢の奥へ行き、初老の囚人男性を引きずってきた。
「長年牢に入っている割に、健康状態は良いようです。すぐに殺しますか?」
「ちょっと、私に試させてくれるかしら?」
「ええ、どうぞ」
牢の入り口ギリギリまで連れて来られた男性は、特に声を上げるでもなくじっとしている。その視線はチラリとカーラたちへ向けられたが、それは一瞬のことで、すぐに蹲るミラスへと向けられた。ミラスも腕の痛みを堪え男性の方を見る。視線が合った刹那、男性の唇が僅かに動いた。
「ありがとう」
そう動いた唇をミラスは確かに見ていた。その途端、腕の痛みのことなど考えず反射的にミラスはカーラに向かって動いていた。しかし、カーラまであと一歩のところで、突如、背中にドンッという重い衝撃を受け、ミラスは地面に倒れてしまう。ミラスの背中に足を置き無言で見下ろしていたのは、ナドンだった。そして、カーラは懐から出した呪機を牢の中の男性に向けると、狂喜に顔を輝かせる。
「うふふ、何度も練習してきたから安心してちょうだい。ちゃんと真ん中に当てるから!」
「やめろ!!」
——カチッ——
ナドンによって地面に押し付けられながらも、声を振り絞って叫んだミラスだったが、その叫びと同時に呪機のボタンが押された。
「ぐはっ……」
男性は牢の格子に倒れかかり、ズルズルと地面に横たわる。
「ああ……ああ、何ていうことを……お前たちは、人間じゃない! こんなの人間ができることじゃない!!」
「まぁ、下賤な輩はよくさえずること。それはそうよ、私たちとお前が同じ人間だと思って? 勘違いも甚だしい! お前など魔力も持たぬ卑しい動物なのよ……同じ空気を吸っているのも吐き気がする!!」
そう吐き捨てるように言ったカーラは、今度はミラスに狙いを定めると、呪機の引き金を引いた。
「うぐぁっ!」
身体全体に痛みが駆け巡り、眩暈や吐き気も襲ってきて地面に突っ伏したミラスは、そのまま動かなくなってしまった。それを見たカーラとダーガ家一同は満足そうに笑うと、次の牢へと進んで行く。
地面に倒れたままのミラスは、このまま自分はこの世を去るのだと覚悟した。全身の痛みと気の遠くなるような気持ち悪さの中、しかし、まだ自分が息をしていることを自覚する。そのうちに僅かに痛みと吐き気が和らいだ気がして、試しに指先を動かしてみた。
(あ……僕、まだ生きてる……もしかしたら、もう少し動くかも……)
次にそっと目を開いてみたミラスは、視線の先に牢の中に倒れた男性の姿を発見する。よく見てみると、男性の指先も動いているのが確認できた。
(ああ、良かった、まだ生きてる……あっ、もしかして、トアがくれた魔道具のおかげ?? あれが僕の身体の痛みとかを軽くしてくれてるのかも!!)
そう考えたミラスは、自分の手首に括りつけていた透明の魔道具をそっと握ってみる。
(あ、やっぱり、握った掌を中心にどんどん痛みが和らいでいく……気持ちいい……)
ミラスは生きられる希望に涙が出そうになったが、カーラたちに気付かれてはいけないとぐっと我慢した。
そうしている間にも、カーラたちは鍵を開けては、呪機を打っていく。その動きはまるで流れ作業でもやっているかのようだった。ミラスはまだ立つことはできない自分の無力さに唇を噛む。
(くそっ! なぜこんな暴挙に何もできないんだ!)
そんなミラスの心境を逆なでするかのように、奥の方へと進んで行く一行は愉快そうに声を上げる。
「ああ、もう、簡単過ぎて全然手応えがないわ……こんな初めから死んでるような的に打ってもねえ、もっと生きのいいのがいいんだけど!」
「ふふふ、カーラ様、こんなつまらない仕事に時間を掛けることはありませんよ。どれ、私たちもお手伝いしましょう。まだまだ沢山いますから、時間の節約のためにも分かれて作業した方が良いかと……」
「まぁ、素敵な提案ですわね! 正直、ここの臭いは吐き気がするので、そうしてもらえると助かりますわ。では、女子牢の方をお願いします」
「承知しました。では、私の妻ペドラと三男のビドをカーラ様の手伝いに残しましょう」
「有難うございます」
こうして、カーラの元にはペドラとビドが残り、ナドンは四男のミガと長女のアグーネを連れて女性の牢へと向かって行った。
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その頃、ルルド王国の宿ではハシルとフロイスが、トアに運んでもらう食材の用意をしていた。
「今晩は救出直前だから、僕も行って義姉上に伝えようと思う」
「そうですね、フローリア様も安心されるでしょう。私も参りますが、敵に気付かれないようすぐに戻りましょう」
「ああ、そうだな」
二人は、まさかこの会話を近くで聞いている者がいるとは思わなかった。
大胆にも窓のすぐそばまで来て中の会話を聞いていたガゴウは、聞き終えると道案内をして一緒に来たアガトとグドルに指示を出す。
「こちらは我一人で十分だ。当主についていろ」
「「ハッ」」
こうしてガゴウはそのままハシルとフロイスの観察を続けるのだった。




