第18話 リアの心
次にルオの牢に転移したトアは、少し気まずそうに「実はね……」と話したのだが、ルオは絶句したまましばらく言葉を失っていた。
「トア…………」
「ごめん、この前リルを連れて来た時に異界のこと言うの忘れてた! でも、ルーラルもいるから大丈夫だよ!」
「はぁ、オドアイ様を出されると何も言えなくなるよ……」
ルオは内心「トアに頼られるような人間になることは可能なんだろうか?」と思い、溜息が出そうになる。
「ルオに言うのは忘れてたけど、ルオのこと忘れてたわけじゃないよ」
「ふぅ、まぁ、しょうがないよね。トアだもん」
「な、何それ?」
「ふふふ、いいんだよ、トアはいつでもトアらしく自由にしていればさ。大きく羽ばたいているトアの側にいるのなら狭量な心では務まらないしね」
「ルオ、何か大人みたいだね」
「そうだね、精神的なものくらい少し先を行っていなくちゃね。でも、お姉さんのリアにはもう伝えたの? あ、その反応……まだ伝えていないんだ」
「うん、忙しかったの……」
「……早く言ったほうがいいよ」
「分かってる」
そう言うと、トアは「またね……」と珍しく重い足取りで転移して帰って行った。
(ふふふ、トアとリアは双子なのに、リアの存在はまるで歳の離れた姉みたいだ……)
ルオがトアを見送る眼差しは、どこまでも優しかった。
まずは一度自分の牢に転移してから「よしっ」と気合いを入れたトアは隣のリアの牢へと転移した。
「リア……あー……」
突然現れたトアを見たリアの視線がジトッとしているのを見て、トアは先ほどの気合はどこへやら、急に尻すぼみになる。
「えーっと、まず聞いて欲しいんだけど……あっ、そうそう、ルーラルに呼ばれて行先も告げずに連れて行かれたから、仕方なくって……」
「それで、今度はどこに行ったの?」
「異界……」
「ん? 聞こえない、もう一度言って」
「い、異界……」
「へっ?」
「だ、だからね、ルーラルがいきなり呼びに来たの。それで異界に連れて行かれて、で、重症の女の人がいて、治癒魔法で治してほしいって言われて……」
「トア」
「はい」
「トアは賢者さんの名前を出したら、私が怒らないと思ってるでしょう?」
「う、ううん、思ってないデス」
「私が怒るのは、その前に心配って段階が必ずあるんだよ! 心配しすぎて怒っているの。だって、一人で何でもできるかもしれないけど、でももしも何かあったらどうするの? 私のたった一人の家族なんだよ、トアは! 大切すぎる存在なんだよ……」
リアの緑色の瞳からポロポロと落ちる涙を見て、トアはその心境を今更垣間見る。
「リア、ごめんね……私、全然リアの立場に立って考えてなかった。ここに一人で居て、色々心配してくれてる気持ち、全然理解出来てなかった。ごめん……。結界張ってて安全だから大丈夫だって思ってた……でも、そういうのじゃないよね……」
「うん、安全だけど、心配は大きくなってたから……毎日、トアが隣にいないのが分かると苦しかった。どこかで怪我してないかな、とか……でも、分かってくれたなら、もういいよ。大丈夫だから、何があったか話して」
「うん……」
そうしてトアが語った内容は、リアを驚愕させるには十分だったが、いよいよ大きな作戦が動くと知り、リアの表情にも覚悟が宿る。
「分かった。それで、私は何をすればいい?」
「そうだね、リアには私と一緒に行動してほしいと思ってる」
「邪魔じゃない? 私が言ったからって無理してない?」
「ううん、最初から、計画実行の時はリアと一緒にって思ってた」
「そっか。うん、分かった」
「リアは私より気付くことも多いから、一緒に行動して気付いたことを言ってほしいんだ」
「うん、頑張るね。そういえば、カーラ元側妃もここのお城にいるんだよね? 何かしないといいけれど……」
「そうだね、要注意だと思う。最近、ダーガ家の方ばかり注意がいってた。ありがとう、そういうの助かる! 早速、ちょっと見てみようかな……えーっと、どこにいるんだろう……」
トアは遠視で城の中を探し始めたが、広い城の中ではなかなか見つからなかった。しかし、少ししてその謎は解けることとなる。
城の内部を確認していたトアの耳にパタパタと走って来る足音が聞こえた。
「リア、一度牢に戻るけど、大丈夫そうだったら透明化してまた戻ってくるね」
そう言って牢に戻ると、足音の主であるミラスがトアとリアの牢の境まで来て早口で喋る。
「何か、ススリードの王族だっていう女の人がここに来ようとしてるよ。リアの牢はどこか聞いてたから! 何かすごく嫌な感じの人、気を付けて!」
トアとリアが無言で頷くと、ミラスは今度はスタスタと平静な顔をして戻って行った。
暫くすると、予想通りカーラ元側妃がやってきた。憎々し気な顔で現れたカーラは、牢の中にいるリアとトアの姿を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべる。そして、案内してきたザットに離れるようシッシッと手を振った。
「あ~、嫌だわ、こんなゴミの溜まり場のような場所。でも、貴女たちにはお似合いねぇ。鉄格子があることに感謝なさい。私の可愛いダストンがあんな目に遭って、それも元を正せば貴女たちのせいなのだから!!」
急激に声を荒げたカーラの様子を、トアは驚きの表情でじっと見つめていた。
(何か、全体的に薄くだけど、黒い靄が出ているように見える……以前はあんなの出てなかったのに)
暗い地下牢だったが、黒い靄が見える気がしてトアは驚いていた。
「それでね、私、考えたのよ。どんな罰がいいかしらって……貴女たちみたいな下賤な者たちは、群れるのが好きよねぇ? 私には理解できないけれど、自分より他人が害される方が怒ったりするじゃない? だから……うふふふふ、それ以上は秘密よ。明日、楽しみにしていて……」
そう言って目を細めると、「うふふふふ」と奇妙な余韻を残す笑い声を響かせながら去って行ったのだった。カーラの足音が消えると、トアはリアの牢に移動した。
「何か、おかしかったね。カーラの周りに薄く黒い靄が見えたんだよね……」
「うん、私も以前のカーラ側妃とは雰囲気が違うなって感じた。前は愚かでヒステリックな印象だったけど、今は不気味な感じ」
カーラから狂気じみたものを感じたことを確認し合うと、とりあえずトアが遠視でカーラを見張ることにしたのだった。
その夜、寝ずにカーラを見張るべきかルーラルにも応援を頼むべきか迷っていたトアの元に、予想外の人物が現われ、事態は急変することとなる。




