第14話 懐かしい香り
リラは馴染みのある爽やかで清々しい香りがして目を覚ました。
「うふふ、いつものを飲んでいるのね?」
リラの視線の先には熱い茶が湯気を立てており、その茶の入ったカップを持つルーラルが驚きとともにじっとリラを見つめていた。
「ん、どうしたの? ふぁっ……まだ眠いみたい……」
すぐにリラはまた寝息を立て始める。
近くに居たカミウは、その様子を見てやはり不思議そうな顔をしていた。
「やはり、ルーラルを誰かだと思っているようだ」
「うん、一体誰に見えているんだろう……でも、変に混乱させてもいけないからね。聞くのはもう少し後にしよう」
「ああ、それがいいな」
少し目覚めてはウトウト眠るというリラの行動は、その後もしばらく続き、はっきりと目覚めたのは一週間ほど経ってからだった。
目覚めたリラは、寝ぼけていた時の記憶はなく、捕らえられていた時の恐怖だけを覚えていて、何か音がするとビクッと肩を震わせ、夜暗くなると不安そうにしている。
「ごめんなさい、もう安全なんだって分かっているはずなのに、どこかでこれが夢なんじゃないかっていう疑いが晴れなくて……」
「リラ、大丈夫だ。分かっているから……とにかく今はそんなことは気にしないで、一番落ち着く方法で眠るんだ」
「ありがとう、カミウ……じゃあ、夜は明かりをつけていてもいい?」
「ああ、もちろんだよ」
時折、子供のような表情をするリラは、成長過程を奪われたにしては、かなり自己を保てているとガイルが言っていたのを思い出す。
そこへ、ノックの音がしてルーラルが茶を運んできた。
「ルーラル、すまないな」
「いや、いいんだ。これくらいしかできないが、落ち着けるよう配合した茶だ。寝る前に飲むといい」
「有難う」
そうしてカミウがリラに手渡すと、リラは一口飲んで顔を輝かせる。
「ああ、何だかとても懐かしい感じがするわ」
「そう? 口に合うなら良かった。僕の特製のお茶なんだよ」
「そうなの? 初めて飲んだ感じがしないわ」
茶を飲んだリラは、やがてやすらかな寝息を立て始めた。
「明日は少し、庭の散歩でもしようかと思うんだ。ルーラルも一緒にどうだい?」
「ああ、いいね」
翌日、絶好の外出日和とばかりに晴天となった空を見て、逆にリラには眩しすぎるのではないかと心配したカミウとチェーリエが大きなツバ付きの帽子をリラに被せる。庭に出たリラは、眩しさに慣らすため、しばらく日陰で椅子に座り庭を眺めていた。
「綺麗……窓からでも十分だと思っていたけれど、こうして外に出ると匂いや音も感じることができるわ。世界は……こんなに素敵な場所だったのね……忘れていたわ……」
そう呟くように言うリラをカミウたちは優しく見守る。
「リラ、貴女はどのお花が好きかしら?」
「……どれも綺麗だけど、あの花……◇◇◎―◎◆に似ている花が好きかもしれないわ」
「「!!?」」
リラの言うことを聞いていたチェーリエとカミウは驚きの顔をしたが、一方でルーラルは楽しそうに言う。
「リラは◇◇◎―◎◆が好きなんだね! 僕もその花は好きだし、思い出深い。でも、あの花が咲くのはもう少し涼しい季節で、しかもここではなくって……えっ?…………」
ここまで来てようやく気付いたルーラルが、チェーリエとカミウの方を見る。二人も同様に驚いているのを見たルーラルは、焦りをリラに悟られないよう、穏やかに尋ねる。
「でも、リラ、君はその花を見たことがあるの?」
「ええ、もちろんよ! だって私が大好きな花だもの。私の誕生日にはいつもくれたのよ……あら……ごめんなさい! なぜか急に涙が出てきて……目は治してもらって調子はいいのに……」
リラの美しい緑色の瞳から涙が零れ落ちて来るのを見て、ルーラルが慌ててハンカチを出す。
「ごめん、僕は何か君の心を刺激するようなことを言ったみたいだ」
「うふふ、ありがとう、ルー」
「え……」
「あっ、あら? ごめんなさい! 何で馴れ馴れしく呼んでしまったのかしら!」
リラは自分でも訳が分からないといった様子で慌てていた。ルーラルは「大丈夫だよ」と微笑んで見せたものの、すぐに思案顔になるのだった。
その後は何事もなく庭の散策を楽しみ、部屋までリラを送ると、カミウがルーラルに気になっていることを質問する。
「ルーラル、あれは一体……」
「うん、あの花はトアの世界の花の名前なんだ。僕はどっちの言葉も分かるから、最初はつい自然に聞き流してしまっていた。でも、それだけじゃない。リラは僕のことを『ルー』と呼んだ。その愛称で呼ぶのはこちらとあちらと両方の世界合わせても一人しかいない……僕の妻リテーラだけなんだ。そしてリテーラはその花が大好きで、僕は誕生日には必ずその花をリテーラに贈っていた……」
「では……いや、しかし、そんなことが??!」
「分からない……それに彼女も混乱していた。体調のこともあるし、このまま静かに見守るのが良いと思う」
「そうだな」
ルーラルは自身が目覚めてから何度も「リテーラがいれば」と思っていた。しかし、それが叶わないことは分かっており、覚悟して一人結界に入り眠りについたはずなのに、寂しく思ってしまう自分を情けなく感じてもいた。そしてその度に、自分の子孫はちゃんといて、それが同時にリテーラが生きた証でもあるのだと考えることで、自身を納得させていたのだ。
(もし、リテーラが……リテーラの魂が生きていたら……)
今、また芽生えてしまった希望は、ルーラルの心を激しく揺さぶるのだった。




