第15話 ポヤの花
目を覚ました時、見慣れた天井だと思ったがどこなのか思い出せず、アンドールは混乱していた。徐々に周りを見渡して、そこが騎士団本部の病人用個室であることが分かる。
(俺は……そうだ、あの熊型の魔獣にやられて、それで……)
そっと傷口に手を置いてみたが、痛みは感じない。不思議な思いに囚われていると、廊下の方から声がして、部屋の扉が開いた。
「あっ!! 兄ちゃん!!」
「よく寝ていたね」
見知ったトアとピオットの顔を見て安堵したアンドールは、気になったことを口にする。
「町は? 俺はやられたはずだよな??」
「真っ先に町の心配を口にするとは、騎士団の見本だな。町は大丈夫だ。魔獣も退治した。それから、君の傷だがそれは……」
「兄ちゃん、私やったよ! 傷治せたの! あ、あのね、どうしようもなくて、急いでいたし、ピオット先生には、その……魔法のこと言っちゃった」
「え……治した? 魔法?」
混乱した頭をひねって、トアの言ったことを理解しようとするアンドールだったが「傷を治した」の意味がどうしても分からず無言でいると……。
「ああ、アンドール、起きて早々心臓に悪いことは話したくなかったんだが、これは一刻も早く対処しないといけないことだから言うぞ。トアは治癒魔法が使える。お前の瀕死の傷を治したのもトアだ。このことは他言していない」
「まさか……」
「うん、ちょっと色々あって練習したら、できるようになったの。他にも頑張ったんだよ!」
「「他にも?!」」
「あ、まあね。でもそれはまた今度話すね……」
まずいという顔をしながら言ったトアだったが、いち早くピオットが反応する。
「トア、とりあえず大まかにでいいから、今できる魔法を言ってごらん」
「浮遊、探索、転移、透明化……あとは色々。でも今思い出せない。あっ、結界はこの前すごく頑張ったんだった!」
「「……」」
トアが無邪気に言う脇で、ピオットとアンドールは顔を見合わせて絶句する。
「嘘だろう、まさか……そんなことが出来るのは……」
「ピオット、貴族のお前でも分からない魔法なのか?」
「分からないどころじゃない……」
「これが知られたらトアはどうなる?」
「間違いなく研究所や国の監視下に置かれるだろう。平民の孤児ということで誰の保護下にもないし、何をされるか分からない。貴族の権力争いにも巻き込まれるだろう。それを阻止しようとして最悪……」
「分かった。もう言わなくていい。それで、もしトアがお前の娘だったらどうする?」
「……隠し通す。とりあえず今回君が回復したことの理由を作るな」
「理由……」
「ああ、君が寝ている間考えていたんだが、トアの能力を生かせば、ポヤの花を見つけることも可能だと思うんだ」
「ポヤの花って、あの超回復薬を作る為の主材料っていう?」
「ああ、その超回復薬でアンドールを回復させたことにする。入手ルートは極秘扱いとするが、まあ仮に疑問を持たれても誰も探ろうとはしないだろう」
「そうだな……」
意味あり気にそうつぶやくと、アンドールはトアに話しかける。
「トア、まずは助けてくれて有難うな。色々びっくりしたが、大したもんだな!」
「えへへ、役に立てて良かった。頑張って特訓してたんだ」
「それでな、お前が魔法を使えることは、この前話した通り秘密にしなくちゃいけない。今回も俺が回復したのが魔法によるものだと分かったらマズいんだ。分かるか?」
「うん。なんか私の魔法って変なんでしょ? ピオット先生も治癒魔法使える人見たことないって言ってたし」
「ああ、特殊だな。だから、俺が治ったのは超回復薬のお陰ってことにする。その超回復薬にはポヤの花っていうのが必要なんだが、それは……」
その後、ポヤの花が咲いているとされているのは森の奥深くにある渓谷の断崖絶壁で、通常は騎士五十人規模の隊でやっと入手ができるかどうかというほど、非常に困難な採取だという説明を受けた。
「でも、浮遊も使えるトアなら採取も可能だろう」
「しかしピオット、獣や魔獣の危険もあるぞ」
「あ、それなら大丈夫だよ! 森では毎日魔法の訓練してるし、攻撃魔法も使えるからいざとなったら戦えるしね。でも、いつもギンと一緒だから獣達も近づいてこないんだよね。それに結界も張れるよ」
そうトアが元気に言うと、なぜか二人はふぅ~と深く息を吐き出した。
「まあ、この際ギンが何だとか、攻撃魔法は何が使えるかとか、もう俺は聞かないぞ。ピオット、いいよな?」
「そうだな……」
その後、ピオットから水や食料を渡されたトアは、軽い足取りで窓から飛び出して行った。
「……なあ、アンドール、今トアは浮遊してから透明化してなかったか?」
「ああ、言い忘れていたな。トアは複数魔法の同時展開が可能だ」
「詠唱も聞こえなかったが……やはり?」
「ああ、想像の通りだ」
ピオットは仕事柄、平静でいるよう常日頃努めており、怪我や病人を前にしても心が乱れることはない。その冷静さはピオットが医者ということだけでは不十分だったかもしれない。表の職業が医者であるピオットの裏の顔は「王家の影」であり、その情報を知る者はここススリード王国の王と王妃、そして皇太子のみだった。
アンドールもピオットの裏の顔は知らないが、しかし時折ただならぬ雰囲気を感じることがあり、なんとなくだが戦闘能力もあるのだろうと感じていた。
しかし、そんなピオットがここ数日、心が激しく乱されている。
(トアの存在……これは国家の一大事、いや、それをも超える出来事だ。現状トアにその自覚はないし、国に損害を与えるような危険思想もない。本来なら影の一員として早急に報告すべきこと……だが……)
ピオットは王家を影で守る組織の一員として、これまで様々な貴族達の権力や政治を巡る争いを見てきた。トアの情報を入れれば、その争いは激化どころか、下手すると国家間での戦争に発展しかねない。トアの能力はそれほどの影響力があり、これまで国に忠誠を誓ってきたピオットの中で、トアという存在がそれを上回る者に感じることに少なからず動揺していた。
(トアをこの国に留めておくのは危険かもしれない。トアを利用しようとするのでなく後ろ盾となり、敬意をもって導いてくれるような存在が必要だ……)
不幸にも争いの元凶になるだろうトアが、国家間の利権外で保護されることは、ひいてはこの国を守ることにもつながる。現状トアに国への害意はないことから、焦って報告する必要もない。そう自分に言い聞かせ、ピオットはトアが消えていった窓を見つめるのだった。




