第14話 奇跡
人々の混乱した雰囲気と所々崩れ落ちた建物の間を素早くすり抜けながら、トアはこの前アンドールと来た騎士団を目指した。
騎士団の門も開かれており、中の混乱した様子がすぐに感じられた。騎士達は慌ただしく小走りに移動しており、部外者のトアの存在を気を留める者はいない。それもそのはずで、騎士団内部には怪我をした人達が列を成していた。
「おばさん、これは何の為に並んでいるの?」
「こんな日だから特別に、騎士団のお医者さんが診てくれるんだよ」
状況が分かると、トアは列の先頭を目指して走り出した。
列の先は広い部屋に続いており、部屋の中には所狭しとベッドが置かれていて、見渡す限り空いているベッドはない。列の先頭は部屋の隅の簡易的に仕切られた場所につながっていた。仕切りの外まで来ると、トアは中にいる人が医者だろうと当たりをつけて話しかける。
「すみません! アンドール兄ちゃんはどこにいますか?」
「……アンドール? 君は……」
そういう声が聞こえたと思ったら、その人物は仕切りの外へ出てきた。
スラッと背が高く、薄茶色の髪に眼鏡の奥の緑の瞳が印象的なその人物は、トアの姿を認めると一瞬驚いた様子だった。
「君は、アンドールの知り合いかい?」
「うん、兄ちゃんと同じ孤児院に住んでるトアだよ」
「そうか。トア、私は医者のピオット。残念ながらアンドールは今……」
「知ってるよ! アンドール兄ちゃん怪我してるんでしょう? いいからアンドール兄ちゃんに会わせて! お願いします!!」
一瞬どうしようかと思案顔になったピオットは、しかしすぐに「うん」と頷くと、いくつか指示を騎士に出した後、トアについておいでと言った。
連れて来られた部屋は個室で、ベッドが一台あり、その上にアンドールが寝ていた。
「に、兄ちゃん……」
「アンドールは勇敢に町の人達を守ったんだよ。大型の魔獣に立ち向かったんだ」
「さ……すが、兄ちゃんだよね?」
涙で目鼻をグズグズに濡らしながらトアが言うのを、ピオットは痛まし気に見つめる。実際にアンドールの怪我は即死ではないが致命的で、アンドールの体力がどんどん削られている状態だった。
(このままだと、明日までもつか……)
そう思うからこそ、この幼い少女を連れて来たのだ。ピオットとしてもアンドールは友であり、職務は違えど志を同じくする良き同僚だ。大体の状況は、奇跡的に生還したデニスから聞いており、アンドールとデニスを自らが助かる為に突き出したサイラウス達の所業に、内心腸の煮えくりかえる思いがしていた。ピオットも貴族だが、幼い頃より「貴族とは弱き者を守る為に存在する」と教えられ、選民意識のない家族に育てられた為、サイラウスのような者は貴族としてあるまじき者という認識だった。
「ピオット先生……先生?」
「ああ、ごめん、ちょっと考え事をしていたね」
「あのね……」
トアは数秒うつむいた後、何かを決心したかのように、スッと真っすぐにピオットの目を見つめた。何というか、幼い少女がする眼差しからはかけ離れた覚悟の灯った瞳に、一瞬目を奪われる。それは、トアの瞳がこれまで見たことのない美しいオッドアイであったことも理由の一つかもしれない。
「あのね、これから試してみたいことがあるんだけれど、でも、それを誰にも言わないでほしいの」
「……それは危ないことじゃない?」
「うん、危なくない」
「わかった」
「うん、じゃあやるね」
そう言うとトアは、アンドールの包帯が巻かれている部位に手を翳し始めた。その顔はとても真剣で、見ているピオットもその雰囲気に思わず息を飲む。
手を翳し始めてすぐに、その部位が光り輝いているように見えてきて、思わずピオットは目を瞬く。その光は次第に広がり、ついに身体全体を覆うほどになった。
「こ、れは……一体……何だ?」
驚愕のあまりにそれだけを口にすると、ピオットは再び黙り込む。少しすると、アンドールの眉間に皺が寄った。それでもトアの集中力は途切れることなく手を翳し続ける。
そして、アンドールの表情が穏やかになり規則的な呼吸をし始めると、トアは手を翳すのをやめた。
「ふぅ——。多分、大丈夫。うまくいったと思う」
「何が?」と聞きたくなるのを抑えて、ピオットは医者として普段から身に着けている道具でアンドールの状態を確かめ始めた。最後に包帯を外して傷口を確認したピオットは、目を見開き驚愕の表情のままトアの方を振り返ると——。
「トア、君は一体……何をした?」
そうつぶやいた。
アンドールに起こったことは、奇跡としか言いようがなかった。しかもそれが、実際にピオットの目の前で少女によって行われたのだ。アンドールの状態を確認したピオットは、もはや命に別状がないどころか、怪我も完全に塞がり、体力さえ回復すれば明日にも歩けるようになるんじゃないかというほどの状態に驚愕し、それがどういうことなのか予想がついてくると鳥肌が立ち背筋が冷たくなった。それほど重大なことなのだ、自分が見てしまったものは。
(なぜこんな存在が今まで知られずに……)
とりあえずこのことをアンドールとだけ共有する旨トアの承諾を得ると、ピオットは久しぶりに緊張した自身の心臓を鎮めるように胸をなでるのだった。
(それにしても最初に見た時は、その容姿から貴族の子供かと思った。いや、貴族でもあんなに美しい髪と瞳を持つ子供はそうそういない。服装は平民だったが……色々謎が多いな。アンドールが目を覚ましたら聞いてみよう。どうしたらいいかはその後だ。とりあえずアンドールの回復ぶりが知られるのもまずい。誰も立ち入らないようにしておこう)
ピオットは、まだ自分は夢を見ているのではないかと疑いつつ、ペチペチと頬を叩きながら診察に戻るのだった。




