第7話 及ばぬ力
その日、ルーラル家の当主カミウは、夕方になっても帰って来なかった。ルーラルも交えて先に夕食を食べることにしたチェーリエは、少し不安そうな様子で、それをなんとなく察した長女のレイラが口を開く。
「お母様、大丈夫よ。お父様だけじゃなくてセド家の方もいるのですもの」
「そうね、多分もう少しで帰ってくるでしょう」
ルーラルも気になったので聞いてみることにした。
「今日は何か特別な仕事をしているの?」
「ええ……ルーラルには不快な記憶だと思うのだけど、実はダーガ家へ行っているの」
「ダーガ家……今のダーガ家はどのような感じなのかな?」
思わぬ所でダーガ家の名前が出て、ルーラルの表情は硬くなる。
「多分、ルーラルの時代もそうだったと思うのだけど、ダーガ家は今も呪術に特化していて、呪術の製法など、そのほとんどは秘匿されているわ。今回は……」
チェーリエは話している途中だったが、家令が部屋へ入って来たので話を止めた。家令に用件を聞いたチェーリエは、一瞬、眉根を寄せた後、子供たちにはそのまま食事を続けるように伝えると、ルーラルに一緒に来て欲しいと言う。
ルーラルがついて行くと、チェーリエは廊下を歩きながら説明を始めた。
「主人が調査から戻ったようなのだけど、怪我人を連れているようで……それが大層ひどいみたいなの」
そう言うと、とある客室のドアをノックして中へ入って行く。中には男性が二人、窓際にあるベッドの側に立っており、ベッドには誰かが寝かされているようだった。
「おお、チェーリエ、心配を掛けたね。今戻ったよ。うん? お客さんかな……申し訳ないが…………!?」
ルーラルが二人に近づくと、窓からの月明りでルーラルの顔が露わになり、その途端、二人の顔が驚愕の表情に変わる。
「あ、貴方様は……」
「まさか……!?」
「チェーリエ、この方は!」
「ええ、貴方のご先祖様よ」
「なんと……まさか、生きていらっしゃったとは……」
二人の驚きの顔を見て、少し照れくさそうにルーラルが笑う。
「ええ、戻りました。ちょっと変な感じですが、僕のことはルーラルと呼んで気軽に話してほしいな……僕もそうさせてもらうので」
「わ、分かった。うん、そうしよう。ガイル、いいな?」
「はい……ああ、そうする。しかし、本当にこれは現実なのか……」
二人ともあまりのことに気持ちはまだついて行っていない様子だったが、目の前の現実に目を向ける。
二人の後ろのベッドに横たわる人物を見たルーラルは、そのあまりの状態の酷さに心臓がぎゅっと苦しくなった。
「……彼女は?」
「……正確には分からない。でも、もしかしたらと思う人物はいる」
カミウがそう言うと、ガイルも心痛な面持ちで下を向く。
「今日、私たちはダーガ家の捜査に行っていたんだ。最近行方不明になる者たちが出ていて、彼らの魔力反応がダーガ家に集まっていたからなんだが、行ってみると屋敷にダーガ家の者は一人もいなかった」
「行方不明者は?」
「ああ、行方不明者たちは捕らわれているのを発見した。この女性は彼らとは別の部屋に捕らわれていたんだ。こんな状態で生きているのが不思議なくらいだ……」
ベッドに横たわる女性は、目には包帯が巻かれており、布団から出ている部位だけでも、そのガリガリの皮膚におびただしいほどの古い傷があるのが分かる。
「治癒魔法は?」
「私が掛けたけれど、古い傷や時間をかけて患ったものは治せなかった」
「目も?」
「うん。光の射さない場所に長い間いて栄養もあまり取れていなかったせいか、視力を失っている」
その後、ルーラルも治癒魔法を試してみたが、少し改善した傷もあったものの、目や古傷は治らなかった。
その後、場所を変えて改めて自己紹介を済ませると、カミウが話し始めた。
「今から二十七年前のことだが、私の幼馴染にリラという子がいたんだ……」
カミウがリラや当時の皇子ミスラギとのことを話し始めると、皆静かに聞いていた。しかし、その結末が予想できて来ると、ルーラルやチェーリエ、ガイルの表情は厳しさを増す。
感情を押し殺して話し終えたカミウは「ふぅ」と小さく息を吐き出した。
「ルーラル、彼女の魔力量は……どうだろう……」
「多いよ」
「そうか……そうか……ああ、やっぱり……やっぱりあの時、もっと何をしてでもダーガ家に行くべきだったんだ……こんなになってしまって……」
「あなた……」
涙を流すカミウの背中をチェーリエがさする。そして、ガイルも悲惨な結果に唇を噛みしめ、自身の治癒魔法が及ばないことに悔しさを滲ませていた。
そんな中、ルーラルは一人思考を巡らせていたが、ふと、あることを思いつくと顔を上げる。
「ごめん、少し考えたいことがあるから離れるよ。また戻ってくるから」
真剣な顔でそう言うとシュッと消えて行ったルーラルを、三人は驚きつつも無言で見送った。
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ベージェルと楽しく美味しいお茶の時間を楽しんだトアは、牢に戻ってきていた。リアやルオにもベージェル特製クッキーをお裾分けし、満足の中、そろそろ寝ようと思っていると、突然、誰かが牢に現われ驚きで思わず「わっ!」と叫ぶ。しかし、すぐにそれがルーラルだと気付きトアの気が抜けた。隣の牢からリアの心配する声が聞こえたので「大丈夫!」と返事を返しておく。
「トア、ちょっと来てほしい」
暗がりの中、小声で囁いたルーラルからいつになく真剣な様子が伝わって来て、トアは「うん」と即答したのだった。




