第4話 夜の訪問者
いつも通りトーマスの部屋へ昼食を運び、今度はウィズダブラの元へ食事を運びに来たトアは、去ろうとした所で、ふと何かの気配を感じて通路の方を見た。そして凍り付く。
(何あれ……ゴウミの所にいた靄人形に似てる。でも、もっと靄が濃くて大きい……あれはすごく危ない奴だ)
咄嗟にそう思ったトアは、透明化したままでじっと観察した。幸い靄はトアに気付いていないようだった。
黒い靄は腕を振り上げ、靄を飛ばしてきた。しかし、トアが張った結界により靄は跳ね返されている。
(ああ、よかったぁ、結界効いてる!)
しばらくすると動作を止め、何か考えているようにも見えた靄は、やがて通路を引き返して去って行った。
とりあえず安心したトアは、ベージェルやルーラルに報告することにして牢を去った。
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ダルーガの部屋へ戻って来たガゴウは、ぐったりしているダルーガの身体に再び憑依すると、アガトとグドルの報告を待つことにして、そのまま布団に横になった。
(ふん、これぐらいの憑依で肉体が衰弱するとは……)
憑依している皇帝ダルーガのことなどはどうでも良かったが、皇帝という地位にいる肉体は何かと便利で、衰弱死されると今は困るので寝かせることにしたのだった。ベッドに寝かせた後、再び憑依を解いたガゴウは、そのまま宙を漂い城内を観察することにした。
しばらく観察すると、城にはなかなか面白い人材がいることに気付く。
(ははは、ダーガ家の得意とする呪術の才能のある者もいるではないか……特にあの女……狂気を感じる……)
ガゴウが見つめる先には、ススリードの牢屋から脱獄してきた元側妃カーラの姿があった。
カーラは呪機を手にして実験体たちに打ち込んでいるところだった。
「これが最大の威力ですの? もっと強いのが必要ですわ……ああ、でも敢えてこれくらいにしているのかしら? 即死しない方が使い方の道が広がりますものね! ああ、呪術というのはなんて素晴らしいのでしょう! さすが帝国ですわ」
カーラが嬉々として呪機を打つ様を見て、「なかなか見どころがある奴だ」とガゴウは思うのだった。
深夜、皆が寝静まる頃になると、ガゴウは再び皇帝ダルーガの身体に憑依し廊下に出た。そのままカーラがいる部屋へと向かって行く。
——コンコン——
「……はい、どなたかしら?」
「儂だ……」
「そのお声、皇帝陛下!?」
中からバタバタと音がしたかと思うと、そっとドアが開けられた。
「陛下……どうされましたの? 立ち話もなんですわね……どうぞ……」
通常、こんな夜更けにしかも既婚者とはいえ男性を部屋に通すなどあるまじき行為だったが、リスクは国も夫も無いカーラよりむしろダルーガのほうが高いと、カーラは判断した。それに、カーラはダルーガから男女の色恋のようなものは感じたことはなかった。それは完全に女の勘だが、そういったことがカーラに大胆な選択をさせたのだった。
(それに、こんな夜中にお一人でも訪問……きっと特別なお話があるに違いないわ)
部屋の中へ入ったダルーガは、今までに見せたことが無いような鋭く不敵な笑みを浮かべると、一言、低い声でカーラへ問いかけた。
「お前は、真の呪術を知りたいか?」
カーラは、「真の呪術とは」という疑問が湧き上がったが、いつもと語調の違うダルーガに背筋がゾクリとし、その視線から答えのみを欲していることを理解する。
「はい、知りたく存じます」
「そうか……では、衣服を剥いで背中を見せろ」
カーラは一瞬何を言われているのか分からなかったが、いつの間にかダルーガの手にインク瓶と筆が握られているのを見て、それが冗談ではないと悟る。
(少し怖い……けれど、もしこれで何か新しい力を得られるなら、私を散々な目に遭わせてくれたススリードに復習ができるわ……)
カーラは、数日前に聞いた息子ダストン投獄の話を思い出し、ギリリと歯を噛みしめる。
そして、ダルーガのほうに背中を向けた。
「申し訳ありませんが、ボタンを外していただけます?」
スーッと背中が露わになる感覚がして思わずブルッと震えるカーラだが、次の瞬間、背中にビリリとまるで氷と炎を同時に押し付けられたような刺激と痛みが走り、それが全身に伝わって行く。
「う、ぐあっ!」
「すぐに終わる。少し我慢せよ」
「ぐぁああ……うっ……」
大声を出してはいけないと、カーラは自分の手で口を塞いだ。その苦痛は長く続いたように感じたが、実際には十数秒くらいの時間しか経ってはいなかった。
「終わったぞ」
そう言われて、カーラは恐る恐る姿見に自分の背中を写して見た。月明りに照らされた背中には、予想したような傷は何もない。
「何をなさったのです?」
「呪術で魔力回路を広げたのだ。魔法を使ってみろ」
兄のガルマと同じ土魔法の使い手であるカーラは、引き出しからケースを取り出し、その中に入っている土に魔力を通し詠唱を始める。詠唱を終えた途端、土は鋭い突起となり突き出した。
「これは……すごい威力ですわ!」
いつもより距離もスピードも違うことにカーラは驚く。そして、各段に上がった魔法の力を得たことで、自分が特別な存在になった気がして気分が高揚するのだった。
「呪術の力を使えば、造作もないこと……」
「感謝いたします。ススリードに復習することも目的ですが、ダルーガ王への助力も惜しみませんわ」
「ふふ、期待しているぞ」
興奮状態のカーラは、ダルーガの瞳が怪しく細められたことに気付くことはなかった。




