第3話 奇妙なダルーガ
バール帝国の城の自室で、正妃カッシーナは侍女のメアに愚痴を漏らしていた。
「まったく相変わらず陛下ときたら、何を考えていらっしゃるのか分からない時があるわ。政変の時は私の魔力量が頼りだなんて言っていたのに、最近はずっと魔法を敵視していたでしょう? それなのに今日なんて、朝からルーラル・アラキスのことばかり聞いてくるのよ」
「古の賢者のことを今更ですか?」
「前から『賢者だのなんだのと胡散臭い』とか言っていたのに、今日は『ルーラルの妻は誰だ?』とか、『子孫はどんな魔法を使うのか?』とか、今更なんでそんな質問をするのかと思ったわ。元々、魔法が嫌いだから賢者所縁の魔法連合や魔法学校も嫌っていたのにね」
「そんなお話を聞くと、実は魔法にご興味がおありなのではないかと思ってしまいますね」
「本当よね」
カッシーナは少し変だなとは思ったものの、いつも激情型で突然突拍子もないことを言ったりするダルーガのことなので、また何か思いついたのだろうと思う程度だった。
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その皇帝ダルーガは、現在、筆頭魔導士のラーラル・ダハンを伴って再びウェスリッド家の門の前に来ていた。今日は兵士たちは連れず、二人と少数の護衛のみで行動している。
「これが、ルーラルの子孫が住む家か」
「はい……」
ラーラルは、ダルーガのややもすると感慨深げにも見える様子に少し違和感を覚えていた。
「ふふふ、ふはははははは! ここにルーラルの子孫の女が!」
「ルーラル……」
ラーラルは、ダルーガが古の賢者のことを『ルーラル』と、まるで知り合いかのように呼ぶので不思議そうにする。その後ダルーガは何かをブツブツ呟いていたが、しばらくすると「戻るまでここで待っていろ」と言うとその場を離れて行った。
(ここに来てから陛下は特に何かお命じになるわけでもない。一体、ここに何の目的で来たのだろう?)
しばらくすると戻って来たダルーガは、さっきまでの調子とは打って変わり、顔が不機嫌に歪められていた。
「……まったく、忌々しい……この世界の人間の技術か? いやしかし、この男の記憶には特にそれらしきものはない……」
ぶつぶつ呟きながらダルーガはラーラルの方へ近づいてきた。
「おい、この屋敷全体を覆っているのは、結界か何かか?」
「すみません、分かりません。門だけでなく屋敷全体が何かに覆われているのですか?」
「そうだと言っている!」
普段、ラーラルに対しては怒鳴ることのないダルーガが声を荒げたことに違和感を感じながらラーラルは思考を巡らせる。
(前回、陛下がこの家に来た時に付いていたのはドルクだったと聞いている。ドルクの行方はまだ分かっていない。そろそろ真剣に探すべきか……)
ラーラルはドルクのことが好きでなく、これまで真剣に捜索していなかったが、そろそろ戻って来てもらう必要がありそうだと思うのだった。
その後、むっつりとして無言で城へ戻ったダルーガは、「一人で考えることがある。誰も通すな」と言うと部屋に籠ってしまったのだった。
部屋で一人になると、椅子に座ったダルーガの身体は突然ズルッと崩れ落ちた。
今までダルーガに憑依して操っていたガゴウの怨念が空中に姿を現すと、すぐ近くにいたアガトとグドルが跪く。
「お前たち、これからあの屋敷の人間について調べろ。この男の記憶では、あの屋敷への食料配布は極僅かとなっている。もしかすると、何か秘密裏に食料などを調達しているのかもしれない。血縁者のほとんどは投獄されているようだが、他国に出ている者もいるらしい。何か分かったら知らせろ」
アガトとグドルが去って行くと、ガゴウは「さて……」と狂喜をはらんだ笑みを湛え、黒い靄となった身体を「ククク」と震わせた。
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ガゴウが向かった先は、城の地下牢だった。実体のない黒い人型靄であるガゴウが地下牢の通路を進んで行くが、誰も気づく者はおらず、たまに通路に灯されたランプの明かりが不自然に揺らぐのみだった。
最下層の奥の牢に辿り着いたガゴウは、牢の奥に目を凝らす。
(ここに、この国の前皇帝でルーラルの子孫に当たる男がいるということだったな……名前はウィズダブラ……ダルーガの記憶では老いぼれで先は長くなさそうだということだったか。まぁ、この環境ではな……ふふふ、苦しむがいい。何の苦労もせず過大評価され、儂の邪魔ばかりしおった奴の子孫……ただ死んでもらったのでは足りぬわ。奴のような人間が生まれてブラザリアに転移などされては困る。ダーガ家から再び皇帝の座に就く者が現われた時のためにも、ルーラルの子孫は根絶やしにするのだ!)
ガゴウはそう思いながら、腕を振り上げ黒い靄を片腕に集中させる。
(何百年に及ぶ恨みを知るがいい——)
振り上げた腕をガゴウが振り下ろそうとしたその時、何か人の声が聞こえた気がして反射的に腕を止めた。様子を伺ったガゴウだが、特に何も聞こえず、気のせいだったかと再び腕を振り上げたのだが、今度はキラッと一瞬、視界に何か光るものが映り、目を凝らす。
(何だ? 何か光ったはずだが……)
じっと奥の暗闇を見つめたガゴウは、そこに銀色の食器があるのが見え、僅かに疑問が過る。
(湯気が立ちのぼる食事……いつ運ばれてきた……最初からあったのか? まぁいい、これから苦しむことになるのだ。食事など無用であろう)
そうして今度こそ腕を勢いよく振り下ろし、自らを形作っている強力な呪いの一部をウィズダブラへ向けて飛ばした。ウィズダブラが苦しみで倒れこむ様を想像し、高揚した気分になり始めたガゴウだったが、ウィズダブラの牢からは特に変化はなく静寂が続いていた。
(……呪いが届かなかったのか?)
苛立ちが募ってきたガゴウは再び腕を振り下ろして呪いを飛ばす。今度は呪いの飛んで行く先を注視したのだが——。
(なぜだ!!?)
呪いは牢の中へ届かず自分の身体に帰って来ていたのだ。
その後、何度も試したが結果は同じだった。
(おかしい……あの屋敷といい、何かがおかしい。ダルーガの記憶では、この世界にはルーラルに関係すること以外に特に特殊な魔法は存在していない。城の魔導士にも聞いたから間違いないだろう……しかし、あの者たちが把握していない何か別の要素があるのか?)
怒りが溢れ出しそうになるのを抑え、ガゴウは冷静に考える。
ガゴウが動きを止め、静かに考えを巡らせている時、ウィズダブラの牢の奥では、トアが驚きに目を見開きながらも冷静にガゴウを観察していた——。




