第1話 時空を超えて
トアが意図せずゴウミに重症を負わせた後、ゴウミの様子を観察した黒い靄人形であるアガトとグドルは、異界のダーガ家に飛んで帰っていた。自分たちよりも強い呪いの力を持つガゴウの怨念に会う為だった。
ルーラルが生まれるよりもずっと昔に、アガトとグドルはダーガ家に代々仕える家の人間だった。ダーガ家への永遠の忠誠を誓っていた二人は、体力が衰える年齢になると、自ら志願してダーガ家の新たな実験に身を捧げたのだった。それは文字通り身を捧げる残酷で凄惨な実験であった。そもそも呪詛がどうやって作られるのか——それは、他家は一切知らずダーガ家のみが知る製法であった。昔は人間も含めた動物を拷問し、その際に出る負のエネルギーを利用して呪詛は作られていた。しかし、技術が進み、そういった非効率な方法ではなく、一般の人々が出す日々の負のエネルギーも広範囲に集めることができるようになる。これが呪機の大量生産を可能にしたのだった。
アガトとグドルは、そんなダーガ家の呪詛の歴史の中で、まだ人間や動物などを拷問して呪詛を作っていた時代に生きた人間であり、新たな実験により長期に渡り拷問を受け、その二人の呪詛を集めたことにより人型呪詛となったのだった。しかし、それ以降、この実験は成功することはなかった。大抵の者は拷問に耐えきれずすぐに死ぬことや、アガトとグドルほどの忠誠心を持ち続けられる者がなく、人型呪詛になってからもダーガ家に忠誠を誓うような者は皆無だったことが理由だった。
人型の呪詛となって以降、ダーガ家の代々の当主を支えてきたアガトとグドルだったが、ガゴウが生まれ城に上がった後、ガゴウがルーラルを亡き者にしようとして失敗し、その後そのことが元でブラザリア皇帝にはなれず不遇の生涯を遂げると状況が変わった。なんと、ガゴウの妄執はガゴウの魂を変質させ、死後怨念となって強い呪詛の力を持つ人型呪詛となったのだ。その力はアガトとグドルをも上回っており、元々ダーガ家に仕えてきたアガトたちにとって、ガゴウの怨念は敬う対象となった。以来、ガゴウはアガトとグドルを従え、影の当主としてダーガ家に悲願を達成させようとしてきたのだった。
その悲願とは、ルーラルが渡った世界へ行き、その子孫を全て根絶やしにすることだった。しかし、ルーラルが渡った異界を見つけ出し、そこへ行くには当時の技術では到底なし得ず、何百年も要することになった。
アガトとグドルは、異界にいるガゴウの怨念の元へ行き、ゴウミに起こったことを伝えた。
「なに……強大な魔力量の少年にやられただと……グワァアアア!」
ブラザリア語で話されるその言葉は、アガトたちと違い、ダーガ家の人間の脳内に念話として直接聞かせることもできる。その怒りは雄叫びのように響き、地鳴りとなって轟くほどであった。
「……我も行く……我の計画の邪魔をするゴミ虫が……直接捻りつぶしてやるわ……」
ガゴウはその怒りのまま、すぐにアガトとグドルと共に、時空を超えた先のデイン大陸国へ向かうのだった——。
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場所は異界ブラザリア皇国の城の中、今宵も皇帝ミスラギ・ケイナ・ブラザリアは、皇国の代表的な盤上遊戯である『ブラザーフッド』をしていた。ブラザーフッドは皇国の男性は幼少期より嗜んでおり、五色の盤面上を五つの駒を使って攻略するもので、対戦ではなく協力型という点が興味深い遊戯だった。攻略の最中は一切お互いの動きについては相談することはできず、それ故、相手との協調性を培ったり、馬が合うかどうかを試したりと教育や社交の道具としても活用されていた。大抵は攻略とは関係のない話をしながら行われるもので、皇帝ミスラギもまた、相手との会話を楽しんでいた。
「今回も、お決まりの話題をさせてもらうよ」
「では、私もお決まりのお返事をすることをお許しください」
「ははは、まったくいつも付け入る隙もないなぁ。少しくらいいいじゃない、聞いてくれても?」
「聞いたら負けですから。それに今は例の調査で手一杯です……ほら、また戦略がブレていますよ、ミスラギ様」
「頭脳のケイナ家出身の僕をブラザーフッド上とはいえ、意のままに動かそうとするのは君くらいだよ、カミウ」
皇帝ミスラギは今宵も誘いを断られ内心溜息をつく。
ルーラル・アラキス・ブラザリアがガゴウ・ダーガ・ブラザリアに命を狙われ、その至高ともいえる魔道の才能を生かし別の世界へ逃げたとされて以来、当時の皇帝バゼロアは責任を感じたこともあり、アラキス家立っての願いを尊重し、アラキス家を公爵家から侯爵家となることを認めたのだった。アラキス家は根っからの研究家気質で、公爵家という爵位と引き換えに付いて来る煩わしい政務などから解放されたがっていた。アラキス家でも家系一の天才とされたルーラルが権力争いに巻き込まれ消えてしまったことは「人類の魔道革新における向こう千年の発展を失ったに等しい」と言い、家中が悲嘆にくれた。また、その後、国中でもルーラルの失踪は語り継がれ、「悲運の天才」やら「世界を越えた皇子」、果ては「美貌の代償」などという勝手な妄想で描かれた物語までもが作られることとなった。
しかし、当代の皇帝ミスラギは、そんなアラキス家を再び公爵家にしたいと考えており、これまでも再三に渡りアプローチしてきたのだった。アラキス家の者は魔道の分野で優秀だが、それだけでなく実務の面でも秀でていた。今は侯爵家として、国政では上の下といった辺りの実務を行っているアラキス家だが、魔道研究の時間の確保のため、実務のスピードや正確さはピカ一であった。それは公爵家であった時も同様であったことが、数々の逸話より伺える。なので、そのまま侯爵家であることは、もったいないとミスラギは考えていたのだ。しかし、頑なな当主カミウを説得できるネタもなく、ミスラギは盤上の駒を人差し指で弄ぶ。
(ふぅ、まぁ、諦めずに勧誘するしかない……頑固な友にも困ったものだ……)
二人の遊戯は今宵も穏やかに続くのだった。




