第13話 伝言
デイン大陸の首都ベノの城では、今日もリルの長い一日が始まろうとしていた。兄フルの代理という名の人質であるリルは、十歳であるにも関わらず、己の立場をよく理解していた。
(兄ちゃんは、海の向こうの大陸で頑張っているんだ……僕がこれぐらいでめげるわけにはいかない……)
リルは昨日から丸一日、食事をもらえていない。それも、ゴウミの質問に沈黙してしまったのが理由だった。しかし、ゴウミの投げた質問は「お前が使い物にならなくなったら、次は誰を寄越すのだ?」という非道なもので、残りの家族である幼い妹たちや両親を挙げることはできず沈黙してしまったのだ。しかし、それが自分の食事抜きというくらいの事で済んだのなら、まだ良かったとリルは思っていた。
まだ夜明け前の暗い部屋で、ゴウミの目覚める前に風呂や着替えの準備などをしに行こうとしていたリルは、ドアをノックする音が聞こえた気がして首を傾げた。
(こんな早朝に、誰だろう?)
不思議に思いながらドアを開けたリルは、そこに予想外の人物がいて驚く。
「み、帝! ヌシ様?!」
そこには、にこやかに微笑む帝ヌシ・ウヌ・デインの姿があった。
デイン大陸の民が慕うヌシ・ウヌ・デインは、異界人の襲来後しばらくして病に侵され床に臥せっていると聞いている。しかし、床に届くほどの白い髭と、奥に優しさと知性を湛えた三日月形の青い瞳は、見間違えようのないヌシの姿であった。
「ヌシ様、ど、どうしてここに?!」
驚きながらもリルはヌシを部屋の中へ案内する。
すると、ヌシが一層微笑み口を開いた。
「やっと儂の姿が見える者に出会えた……」
「は、はい、はっきり見えます!」
「名前は何という?」
「リルです」
「そうか。リル、どうやら儂の姿はこの城でお主にしか見えぬようだ。ゴウミにも見えなかった」
「そうなのですか?!」
「うむ。知っていると思うが、儂は今、床に臥せっておる。この姿になれたのは、裏を返せば肉体が弱っているという証なのだ」
「そんな……」
「悲観せずとも大丈夫だ。皆が頑張ってくれておる。儂の言葉が聞こえるリルに頼みたいことがあるのだ」
「はい、何でもおっしゃってください」
「ありがとう。それでは、もし儂の孫に会うことがあったら、こう伝えて欲しい。『守りの祝福をルオとその最愛に授ける。永い眠りの地にて待つ。祝福の本質を広めよ』と」
「はい、覚えました。ルオ様以外に他言しません」
「うむ、聡明で決意に満ちた良い顔だ」
そう言ってヌシはリルに微笑んだ。
「さて、それでは儂はそろそろ行く。あまりこの姿が長いと戻れなくなりそうなのでな。リルに守りあれ」
そう言うと、ヌシの姿は消えて行った。
まるで夢のような出来事だったが、リルは今の出来事が実際に起こったことだと疑いはしなかった。リルが生まれた時には、既に異界人の襲来に遭っていたデイン大陸であったが、両親からは「我々は元々、祝福を得意とする平和な民なのだ」と聞かされて育ってきたリルにとって、目に見えない祝福という力の存在は大きく、異界人に弾圧されてなお、皆の心の中に生き続けている、言わばデイン大陸の民の誇りだと理解していた。
(ルオ様はバール帝国に連れて行かれたと兄ちゃんに聞いた。伝えるまでは僕も絶対にくたばらない。うん、目標ができた! どんな目に遭っても、生き抜くんだ。兄ちゃん、僕も頑張るよ)
そう決意したリルの目は、先ほどまでより強い光を湛えていた。
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一方、海を越えた先のバール帝国の城では、皇帝ダルーガが筆頭魔導士であるラーラル・ダハンに疑問をぶつけていた。
「それで、肝心のドルクやルカッドはどこにいるのだ?」
「それが、共に魔法学校に向かった者も今回戻って来た一名を除き全員行方知れずで、居所が分かりません」
「何だと?」
「これまでも計画の遂行やデイン大陸の者たちとの調整でしばらく留守にすることはありましたので、今回もそうかと思っておりました。特に今回の作戦は大きなものでしたので、準備にも要しているのかと……」
「しかし、違ったと?」
「はい……」
先ほど城に帝国の工作員が戻って来たのだが、話の内容が要領を得ず本人も混乱しているとの報告が入り、本来、工作員を統括しているはずのルカッドの姿がないため、ラーラルが対応していた。しかし、それで分かったことは「魔法学校の中に入り生徒たちを一箇所に集めたことは覚えているが、その先は思い出せず、気が付いたらバール帝国内にある広大な森の中にいた」という奇妙なものだった。
報告できることがそれしかないため、そのままを皇帝バールに伝えたのだが、案の定バールも眉を顰め、怪しんでいる。
「その工作員の気は確かなのか?」
「……はい、私も怪しく思いまして、その前後の話を聞いてみたのですが、理路整然と答えており、妄言や虚言でないことは裏も取れております」
「儂は、それが魔法で行われたというような予想は、それこそ妄想じみたものだと考える」
「はい、心得ております。私も、筆頭魔導士としてこんなことが魔法であるはずがないと考えています」
ラーラルは内心では魔法学校の魔道具の存在に疑いを持ちながらも、ダルーガの魔法嫌いを考慮してそう答えた。
「一人戻って来たのであれば、まだ戻って来るかもしれん。戻り次第、隔離して話を聞け。それから、ラーラルやルカッドの捜索を始めろ」
「はっ」
そうして、ラーラルはまず、最初の一人が彷徨ったという広大な森へ捜索隊を派遣した。その結果、バラバラな場所で工作員たちが見つかり、その中にはルカッドもいた。皆、証言はほぼ同じだったが、ルカッドは他より記憶が乏しいという点が違っていた。また、奇妙なことに、捜索隊がボロボロの姿の工作員たちにタオルを被せようとしたのだが、皆なぜか頭から被ることだけは異常なまでに嫌がるのだった。しかし、ラーラルはその報告を聞き「まぁ、長く森を彷徨っていたら、虫の被害にも遭っていただろう。その影響か」と考えたのだった。
(しかし、ドルクはどこに行ったんだ? そういえば、デイン大陸からもドルクに用があると探している使者が来ていた。あの者がじきに見つけてくるかもしれないな……)
元々あまり仲の良くないラーラルとドルクであり、そのことが少なからず捜索意欲に影響を与えていたのだった。




