第12話 観察
「本当にこの度は助かりましたわ! まったくススリード国王は、すっかり耄碌してしまって、あんなジジイに……あら、失礼! 魔法連合のベージェルでしたわね、あんな者の言うことを真に受けて……」
「いやいや、こうして我々が手を取り合うことができたのだ。ダンデリアム王にもベージェルとやらにも感謝しなければ! わはは!」
「まあ、そうですわね!」
トアが浮遊する下を歩いて行った二人のうち、一人は皇帝ダルーガだと分かったが、もう一人の女性の方を見て、トアは「どこかで見たような……」と頭を捻る。
(あっ、あのダストンのお母さんの側妃だ! この前の話し合いの時に行方不明って言ってたっけ?? こんな所まで来てたんだ!)
そう気づいたトアは、くるっと空中で身体を反転させ二人の後を追った。そのまま背後にから付いて行くと、二人はとある部屋へ入って行く。トアはその部屋の天井裏に空間があるのを遠視で確認すると、その空間へ転移した。天井裏には隙間から下の部屋の光が漏れ、思った以上に下の様子が見える。
「もうすぐ妻が来る。きっと話も合うだろう」
そうダルーガが言って間もなくすると、ドアがノックされる音が聞こえ女性が入って来た。その女性を見た途端、天井裏にいるトアは思わず「うわっ!」と声を出しそうになった。
(何、あの髪?! あっ、髪じゃない植物の棘??)
ダルーガの正妃カッシーナ・バールは濃い緑色の髪を長く垂らしているが、頭の上にまるで冠のように植物の茨がとぐろを巻いていた。よく見ると、その茨は胸のあたりに下げられた鉢から伸びているようだった。鉢は大きくはないものの、金色のチェーンでネックレスのように首から下げられている。
(なんか重そう……うわぁ~あのトゲトゲ動いてるよ……きっと緑魔法の使い手なんだ。緑魔法ってもっと穏やかなイメージあったのに、あんな気持ち悪い使い手もいるんだなぁ……魔法は使い手次第って、先生たちもよく言ってるもんなぁ)
そんなことを考えているトアの眼下で、女性同士の甲高い声が聞こえて来る。
「これはこれは、よくおいで下さいました。私、正妃のカッシーナですわ。どうぞカッシーナとお呼びください」
「カッシーナ様、この度は助けていただき誠に有難うございます。どうぞ私のこともカーラとお呼びください。ススリードの立て直しにご協力いただけるとのこと、恐れ入ります。ダルーガ王を見ていますと、我が夫の不甲斐なさがよりはっきり分かりますわ」
「聞き及んだ限りでは、魔法連合も絡んできたとか。本当にあれらは邪魔な組織ですわね。ここに来られたからには、もう大丈夫ですわ。カーラ様とは仲良く出来ると確信しております。この国も政変を起こす前までは頼りない国でした。わずか十年ほどでここまでの強国になりましたから、ススリードもそうなりますよ」
「カッシーナ様も相当ご活躍されたと聞き及んでおります。本当に心強いですわ。私も何かできれば良いのですけれど……」
そうカーラが申し訳なさそうに言うのを聞いて、ダルーガが良いことを思いついたとばかりに声を掛ける。
「カーラ殿にも出来ることはあるぞ。我が国は、デイン大陸から呪術の扱いを学んでいてな。呪術は魔力や腕力には関係ないのだ。カーラ殿にもおすすめだな」
「まぁ、呪術……扱ったことはもちろんございませんが、是非挑戦してみたいですわ」
カーラが目を輝かせるのを見て、カッシーナは「やはりカーラ様とは良い関係を築けそう」とほくそ笑むのだった。
天井裏から見ていたトアは、そんな二人を見て内心「うわぁ、近づきたくない人たちだ……」と感じていた。
(このことは重要だし、皆に共有しておかなくちゃ……)
そう思ったトアは、情報を取りまとめているベージェルの元に行き、そのことを話しておいた。
その後、現在ルーラルが寝泊まりしている魔法連合内の部屋を訪ねる。
——コンコン——
「ルーラル、トアだよ~」
「あっ、トア? ちょっと待って、今開けるから!」
中からゴソゴソと音がして、ドアが開いた。
「うわっ、すごい本だね!」
「うん、この魔法連合にある本を色々読ませてもらっているんだけどね……」
「なんか、タイトルに『賢者』ってついてるのが多いね。ルーラルに関係する本が多いの?」
「そうなんだよ……魔法の研究に関してのものはまだいいんだけど、僕個人の性格や趣味趣向に関する研究まであってね……なんかちょっと読んでみたけど、恥ずかしくなってきて……」
「あはははは、ここの人たちは『賢者様』を慕ってるもんね」
「うん、でも何か実際の僕が十倍くらい美化されてる感じなんだよ。神々しいって書いてあるものまであって、実際の僕はこんなだって知ったら、がっかりするんじゃないかなぁ?」
「私たちみたいに両方の目の色が違うのが珍しかったりもするのかな? 私もよく綺麗な目って言われる」
似た容姿の二人はそんな会話をしているが、神秘的な美しさを持つ二人が揃うと、誰もが思わず見続けたくなるほどであった。
「でも、歴史の本の中には有益な情報もあった。まず、僕が自分を結界に閉じ込めてから何百年と、僕の元いた異界からの接触はなかったみたいなんだ。来ていたら、何かしら魔法の歴史も変化しているはずだから。変化が起こったのは恐らく十五年ほど前のデイン大陸からだと思う。逆になぜそれまで異界から誰も来なかったのかは不思議だけど……」
「ルーラルはお兄さんに追われてここに来たんだよね? お兄さんはどんな人だったの?」
「……これも僕の反省なんだけど、どんな兄だったかを語れるほど、僕は兄について知らないんだ。城では兄弟として育てられたけれど、血は繋がっていないし、別々の乳母に育てられてバラバラに過ごすことが多かったしね。魔法バカだった僕は、ただひたすら魔法のことばかり考えてて、兄弟にもそれほど興味がなかったんだ。ただ、一つ確かなのは、兄は権力欲が強かったってことだね。僕を殺そうとしたのも、安泰だと思っていた次期皇帝の座が僕に取られるかもって恐れたからみたいだしね」
「本当に、どの世界にも自分勝手な王子様っているんだね」
「そうだね……今来ている異界人が、兄の子孫だとすると、何百年経っても好戦的な性質が受け継がれていることに、不思議さえ覚えるよ」
「ルーラルの子孫だったら、穏やかだったんだろうな~」
「ははは、そうかもね…………」
「ん、どうしたの?」
「何か、急に妻のことを思い出してね」
「どんな人だったの?」
「とても温かくて楽しい妻でね……」
「へぇ~」
「ちょうど、髪の色はトアと同じ銀色で、目は緑色。いつも優しい光が宿ってた……」
「ルーラルの手記にも家族のことはほとんど書かれてなかったよね?」
「うん、もしも兄たちがこの世界に来たら狙われると思ったからね」
「奥さんの名前は何ていうの?」
「リテーラ……ああ、なんか久々に名前を口に出したら、会いたくなったなぁ……結界の中で意識は無かったから、リテーラと別れたのもついこの間のように感じるんだよね」
「そうかぁ、それは寂しいよね」
「うん、でも……」
「うん?」
「いいや、何でもない」
意味あり気に優しく微笑んだルーラルだったが、その先を語ることはなかった。




