第6話 ルーラル・アラキス
深い深い奥底にあった自分の意識が急に浮上して、白い世界を認識したと思ったら、鳥の鳴く声が聞こえてきた。自分が誰だかようやく思い出すと、薄っすらと目を開ける。
その途端、ルーラルの静かな目覚めは、トアの歓声によって妨げられた。
「やったぁ! ギン、やったよ! 賢者さん目を覚ました! わーい! うんうん、嬉しいね~~!!」
ぼぅっとしていた視界が徐々にはっきりしてくるにつれ、ルーラルの頭に一人の女性が過る。
(…………リテーラ…………)
声を出そうとするが、何百年も結界の中にいたためそう簡単に身体は言うことを聞いてくれない。
「……賢者さん、大丈夫?」
そう心配そうに覗き込まれ、ルーラルは少女がリテーラでないと分かる。
(この子は僕と同じで両方の瞳の色が違う。リテーラは緑色だったから、別人か……それに、僕のことを『賢者さん』と呼んだような気がする)
少し疑問に思いながらも、身振りで声が出ないと伝える。
「あっ、そうだよね、ずっと眠ってたんだもん。まず……水かな?」
そう言うと、トアは収納空間から水を取り出した。それを受け取ってゆっくり飲みながら、ルーラルは「この子も空間魔法を使えるのか……」などと考えていた。張り付いていた喉が潤い、水が身体中に染み渡っていく。
ルーラルが水を飲み終えると、ギンが嬉しそうに、ルーラルに身体を摺り寄せ鼻を鳴らした。
「……もしかして……ローヤー?」
ルーラルがそう言うと、ギンは嬉しそうに「ワオーン!」と吠えた。
「あは……あはは! ローヤー、いつの間にそんなに大きくなったんだ?!」
それを聞いたトアが不思議そうに聞く。
「賢者さんは、ギンを知ってるの?」
「あ、ああ、ごめんね。そうなんだ、この……ギンは僕と一緒にこの世界に来たんだ。本当の名前はローヤー・マディウスというんだよ」
「えっ、ということは……人間なの?!」
「うん、そうなんだ。今は僕の元の世界にいたシルバーウルフに変えられているけれど……皆混乱するよね……どうかなローヤー、そのままギンと呼ぶことにする?」
「ワォン!」
「ああ、そのままギンでいいみたいだ」
「うん、分かった。でも、何で獣の姿になったの?」
「僕がこの世界に来る前に、呪術でこの姿に変えられてしまったんだ」
「賢者さんのお兄さんに?」
この質問に、今度はルーラルが驚く。
「えっ! 僕の兄を知っているの??!」
「あ、ううん、違うよ。賢者さんが残した本を読んだの」
「本……ああ! あれのことか! 君はあれが読めたんだ!!」
「うん。ごめんなさい、勝手に読んで」
「ああ、違うよ、僕は嬉しいんだ。後々役に立てばいいと思って書いたから。そうか、君は読めたのか……」
そう言うと、ルーラルは視線を下げ、何かを考えているようだった。
しかし、すぐに視線を上げると、今度はギンの方を向く。
「ギンは、確か僕が結界に自分を閉じ込める前に、別の結界に入ったよね……僕が結界から出られることがあったら、ギンも出すっていうことになっていたけれど、先に出られたのはトアのお陰なのかな?」
そう尋ねられたギンは「ワワン、ワンワン」と話し始めた。ギンによると、長い間ススリード王国の町の図書館にある結界にいたが、ルカッドが弄った際に、結界にひずみができたため抜け出したという。その後、ルカッドの後を追うと、黒い液体を掛けられ魔獣化しかけたのだが、意識が無くなりそうになる手前でトアの治癒魔法により魔獣化せずに済んだということだった。恐らくあの黒い液体は普通の獣を魔獣化させる呪詛の一種で、あの類の呪詛にはトアの治癒魔法が有効だったらしい。ギンは元々人間なので、黒い液体の効果も完全には効かず、それがルカッドの誤算だったのだとギンは話す。トアに会ったのは幸運で、ルーラルと同じ魔力の匂いのするトアに惹かれたということだった。
うんうんと聞いていたルーラルは、呪詛の話が出ると難しい顔になった。
「まさか兄の……いや、そんなことは……ギン、そういえば僕の結界の周りには呪詛があったと思うんだけど……?」
「ワン、ワンッ!」
「えっ、トアが浄化したの??!」
トアはえへへと笑っているが、ルーラルは大きな疑問が浮かんできて早口で尋ねる。
「ど、どうやって?」
「えーと、掴んでちぎって別の空間にポイッと投げて閉じ込めたの。多分全部取れてると思う」
「ちぎる……全部……?」
そう言うと、ルーラルは目を瞑って肩や頭をグルグルと動かす。
「確かに……全然呪いの影響を感じない……トア、もしかして君は呪いが見えるの?」
「あ……うん、黒いモヤみたいに見える」
「そうか! あはははは、すごいよトア! 君は僕が解決できなかった悩みを解決したんだ!」
「え、そうなの??」
「うん、実はね、僕は異界にいる時に兄に呪詛をかけられて、そのまま殺されそうだったからこの世界と空間を繋げて逃げてきたんだ。そしてすぐにその空間を閉じた。ただ、誤算だったのは、僕に掛けられた呪詛を浄化したところ、通常だったら浄化した呪詛は呪詛を掛けた相手に返るはずなのに、僕が空間を閉じたせいで呪詛は兄の所へは戻らず、また僕の所に戻って来てしまったんだ。もちろん、それも仮説だった。というのも、僕には呪詛が見えないんだ。だから、呪詛が戻って来たというのも感覚でしかなかった。でも、トア、君にはそれが見える! それにその若さであの規模の呪詛を浄化できるなんて、すごいことだよ!」
ルーラルが目をキラキラと輝かせてそう褒めるので、トアは照れながら笑う。
「見えるなら、対策も立てられるし、それほど怖がることもなくなる。今のこの世界では、トアみたいな能力を普通に皆が持っているの?」
ルーラルが不思議そうにそう問いかけた。




