第5話 魔力欠乏
それから毎日、トアは賢者ルーラル・アラキスに纏わりついた呪いの浄化と結界の解除を行っていた。魔力の質も量も通常の魔法使いと異なるトアだからこそできることではあったが、さすがのトアでも、もう一週間ほど多量の魔力を注ぎ続け疲労が蓄積していた。その合間を縫って、ウィズダブラやトーマスへの食事配布のために、ハシルの宿に行き、食事配布を終えるとまた賢者の所で魔力を注ぐということを繰り返しており、毎日、寮に戻ると泥のように眠っていた。一週間ほどが経ち、やっと結界の厚さは最初の半分を切った。
「ふぅ、今日はここまでかな……なんかフラフラするなぁ。結界を張ってるし、酸欠じゃないと思うんだけど……」
「クゥ~ン……」
「うん、心配してくれて有難う」
その日、寮に帰ってベッドに倒れこんだトアは、高熱を出し起き上がれなくなってしまった。
翌日の昼を過ぎ、いつもなら食事の配布に訪れるトアが来なかったことで、心配したフロイスがリーニャの寮を訪ねて来た。
「最近、トアが珍しく疲れているように見えていたんだ。聞いても大丈夫と言うし、何もないならいいんだけど、ノックをしても返事がなかったから、いないかもしれないんだけど、少し気にかけといてくれるかい?」
そう心配そうに言うフロイスに、リーニャは「分かりました。私も確認してみます」と返事をする。そして、すぐに侍女のマルカと共にトアの部屋へ行ってみた。
——トントン——
「トア、いるの?」
(トアみたいに、遠視とか転移が使えたらいいのに……)
リーニャは心配する心を抑えながらそう思う。
「返事はないわね、多分いないのかしら。また、来ましょうマルカ……」
そう言って去ろうとした時、部屋の中からサワッと布の擦れる音がしたような気がした。
「……トア? トア、いるの??」
ドアに耳を当てて集中すると、微かに音がするのが分かった。
「マルカ、何かおかしいわ。私、寮母さんに言って鍵を開けてもらうわ」
リーニャたちは寮母を連れて戻って来ると、すぐにドアを開けてもらう。
「トア!!」
ベッドの上で苦しそうに呼吸をしているトアを見て、リーニャが駆け寄る。
「大変、高熱だわ! マルカ、ピーコロ先生と……校長先生にも伝えて!」
「はいっ!」
トアの特異性から、校長へも連絡をした方がいいと判断したリーニャのお陰で、すぐに駆け付け様子を確認した校長から、魔法連合のベージェルへも連絡が行った。
ピーコロにより、トアはすぐに医務室へ移される。リーニャから事前に「先生、好奇心や研究心は抑えて冷静に診察をお願いします」と冷ややかに釘を刺されたピーコロは、キビキビと診察を始めた。手首の脈や魔力回路の投影を確認したピーコロが驚きに目を見開く。
「……あんなに豊富な魔力が……かなり少ない……」
転移装置で駆け付けたベージェルも加わり、ピーコロの説明を真剣な表情で聞く。
「して、トアは大丈夫なのかの?」
ベージェルの顔が近づき、さすがのピーコロも緊張した表情を見せる。
「はい。じきに回復してくるでしょう。とりあえず、魔臓に魔力が溜まって行ってます。トアの魔力回路は常人とはかけ離れた複雑さをしていて、その分長いですから満たされるのにはもう少しかかるかもしれませんが、この勢いだと大丈夫でしょう。今回は、何かに大量の魔力を消費し、疲労も重なって魔力欠乏状態が長らく続いたのだと考えられます。しかし、ここまでになるとは……一体、どれほどの魔力を使ったのでしょう……」
「そうか……何か……頑張り過ぎたのかのぅ……」
ベージェルは心配そうにそう言うと、そっとトアの頭を撫でる。
それから丸一日たって、トアはようやく目を覚ました。ぼんやりする頭で「見慣れない天上だなぁ」と思っていると、すぐそばで「トアが目を覚ましました」と言う声が聞こえた。
「あれ、リーニャ? どうして……わっ」
トアがリーニャに気付いて見回すと、自分のそばにもっと人がいるのに気づき驚く。
「じいちゃん! 校長にフロイスさん、ハシルさんまで……皆どうしたの? ここは、どこ?」
「ここは医務室じゃ。トアは熱を出しておったんじゃよ。どうじゃ、具合は悪くないかの?」
「熱……そうなんだ……なんかずっと気分が悪かったけど、もう大丈夫みたい」
そうトアが言うと、心配そうにしていた皆の顔に安堵の色が浮かぶ。そして、その後ろからピーコロの声が聞こえて来た。
「皆さん、心配なのは分かりますが、ここからは私の領分ですよ!」
「それが一番心配なんですけど?」
「リーニャ君、君はなんて辛辣なんだ! ああ、皆さんまでそんな目で僕を見て!」
それを聞いていたトアは「うふふ、あはははは!」と笑った。
そうして、一通り診察を終えたピーコロの口から「もう大丈夫でしょう。でも、よく栄養と睡眠を取ってしばらく安静にしてください」と伝えられた。
安心した面々から、今度は疑問が投げかけられる。
「ところで、トア……どうして、そんな熱が……」
「あー、リーニャ、皆、ごめんなさい! それについては、もうちょっと待ってて!! ちゃんと説明するから!」
リーニャを遮ってトアが必死にそう言うのを聞いて、皆驚いたが、ベージェルが静かにトアに問う。
「トア、どれくらい待てば良いのじゃ?」
「あと、十日くらいかな……」
トアは、熱を出さないようにペースを落として進めることを考えてそう言った。
「もう倒れるようなことはないかの?」
「うん、大丈夫」
「うむ、分かった。しかし、何か助けが必要になったら、すぐに言うのじゃぞ?」
「うん、約束する」
「皆、トアがこう言っておる。今は病み上がりじゃしのぅ、十日ほど待つとしようかの?」
ベージェルの言葉に皆、心配しながらも頷くのだった。




