第12話 魔獣の襲撃
騎士団の訓練場で剣の訓練をしているアンドールは、最近の町の様子を思い出して表情が曇っていた。
「アンドール、なんか今日は剣が冴えないな! 恋煩いか?」
「デニス、馬鹿言うな。恋煩いなんて俺がするはずがないだろう?」
「そうだな、お前は騎士団が恋人だもんな。あ、騎士団と教会の二股か、ははは!」
「適当なこと言いやがって!」
「んでも、何か気になってることがあるんだろう?」
「ああ、なんか最近町での魔獣騒ぎが度々起こっていると思ってな」
「確かにこれまでにない頻度だよな。これまでは一年に数件ってところだったのが最近は一月に数件起こってるしな」
「ああ、なんか不気味だと思ってな。大体、魔獣がどうやって発生してるのかも分かっていないしな」
「他国では、人為的に獣を魔獣にする実験なんかも行われているとかいないとか」
「まあ、心配しても仕方ないんだけどな。俺達がやることはとにかく魔獣が出たら早く駆逐することだからな」
「違いない。スキあり!」
「甘い!」
いつもの調子に戻ったアンドールは、その後夕方からいつも通り町のパトロールを開始した。まだ日は完全に落ちていないというのに、早くも酔っ払いの姿がある。
「まったく、酔っ払って道端で寝てるなんて、平和の証か?」
「デニス、お前だって飲んだくれていたじゃないか?」
「いや、あれは振られたからで……おい、アンドールあれなんかヤバくないか?」
デニスが顎で合図した方向を見ると、同じ騎士団所属だが貴族のサイラウス・メトーアとその取り巻きの姿があった。サイラウスは土魔法の使い手で騎士団でも魔法部隊に所属しているが、選民意識が高くアンドール達平民への差別がひどいせいで平民の騎士団員からは嫌われていた。
アンドール達が見ている前でサイラウスは例の地べたで寝ている酔っ払いに近づいて行った。
「おい、お前!」
声を掛けると同時に寝ている男の脇腹を蹴飛ばした。
「うぐっ! な、なにするんだよ……」
痛みと驚きで同様した男は、しかし状況を把握できないようで酔っ払った目を必死に見開いている。サイラウスの平民に対する蛮行の噂はアンドール達も聞いているため、このままではまずいことは明白だ。
「デニス……」
「ああ、行くしかないな」
近づいていくとサイラウスが細い目をニヤリと曲げてこちらを見た。
「おやおや、騎士団の底辺組所属の二人じゃないか。まさかこの私に向かって声をかけようとしているんじゃないよな?」
「俺達が用があるのはその酔っ払いだ」
「ははは、ああ、底辺同士の馴れ合いってやつか。しかし、私の行動を邪魔するのは良くないな。こちらの用が終わるまで黙っていてくれるかい?」
「何をするつもりだ?」
「何をって、ゴミ掃除に決まっているだろ。お前達、やれ」
サイラウスがそう言うと、取り巻き達が酔っ払いの両腕を持ち上げ引きずって行こうとする。
「やめろ!」
「なんだ? 底辺は邪魔するなといっただろう? その目つきもやめろ。止めないと……」
サイラウスが魔法の詠唱を始めると、地面の土が盛り上がりアンドールとデニスの靴を覆い始める。
「何をしているんだ! サイラウス、止めろ」
静止の声をかけたスラッと背の高い人物を見て、サイラウスの顔色が変わった。
「こ、これはピオット医師。いや、これは魔法を見る機会のない底辺……平民に特別にちょっとしたデモンストレーションをしていたんですよ」
「とにかく、その人を解放して立ち去れ」
「は、はいピオット医師がそうおっしゃるなら……」
そう言うとサイラウスは青い顔のまま取り巻き達と共に立ち去って行った。
「アンドール、デニス大丈夫か?」
「ああ、助かった。有難うピオット」
ピオットは騎士団所属の医師だが、眼鏡の奥の普段穏やかそうな緑色の瞳は、こういった場面では鋭く剣呑な雰囲気を漂わせる。また、貴族出身ということだが、平民も貴族も公平に扱うという奇特な人物で、平民達とも普通に接していた。立場上アンドール達平民はサイラウスの横暴をなかなか止められないもどかしさがあったが、ピオットによって何度も助けられていた。
「サイラウスの曲がった認識は本当に困ったものだ。守るべきは弱き者であるというのに……」
「まあ、全員がピオットみたいだったらとっくに貴族社会は消えているだろうしな」
「そうだな……まぁ、騎士団長には報告しておくよ」
やれやれといった表情で町の見回りを再開しようとした時だった——。
ドドドドドドドドドド
キャーッ!
ぅわああああ!
突然、町の端の方から地鳴りと人々の阿鼻叫喚が聞こえてきた。
「な、なんだ?! デニス、行くぞ!」
「私も行こう」
「ピオット、危険かもしれないぞ」
「ああ、しかし私が診るべき者達もいるかもしれない」
「わかった」
三人が町の端の方に近づくにつれ、人々の悲鳴や騒乱の音が大きくなる。
しばらくして三人が目にしたものは——。
「魔獣……!!」
「アンドール、俺達じゃこれは抑えられない!」
「分かっている! こんな魔獣の大群……一体どこから」
「アンドール、私は怪我人を退避させて治療を開始する」
「あ、ああピオット気をつけろ! 俺達は他の騎士団メンバーが駆け付けるまで少しでも被害を抑える!」
言うが早いかアンドールとデニスは騒乱の中心へと駆け出した。土煙が舞う中、大小様々な黒い靄を纏った魔獣が町の人達を襲っている。
「キャーッ! お母さん! どこ?!!」
叫び声のした方を見ると、魔獣に囲まれた女の子の姿があった——。




