第2話 トアとルオ
トアは、リアに魔法能力が出現した頃からのことをルオに話し始めた。
ルオは始まりから、じっとトアを見つめて真剣な眼差しで聞いていたのだが、トアの魔法能力が開花した時の話になると、ルオの青く澄んだ瞳が見開かれる。そして、トアが自分で魔法の訓練をするようになった話をすると、目をパチパチと瞬いていた。ついにアンドールに治癒を掛けたところで、たまらずルオの口から声が漏れる。
「トア……」
「あ、ごめんね、早く話しすぎた?」
「それは大丈夫、でも……うわっ」
トアが「ん?」と言いながら顔を近づけたため、ルオは慌てる。
「何か分からないところあった?」
「いや、確認なんだけど、この大陸の国々では、複数の魔法を扱えたり治癒魔法を使える人はいるの? 勉強不足で恥ずかしいのだけど……」
「ううん、いないみたい。でも、絶対にどこかにいるはずだよ……」
トアはゴニョゴニョと言うが、ルオは「やっぱりトアはこの大陸でも規格外なんだ」と確信する。
そしてトアは続きを話し始めた。既にルオは非現実的な話を聞いているような感覚になっていたのだが、そこから先もまだまだ驚愕する内容は長く続いた。しかし、デイン大陸の者たちの出現で、現実に引き戻される。トアは、とりあえず自分が関わったことを中心に話して聞かせた。
「ケイリュウたちは、そんなことをやらされていたのか!? まさかそんなに帝国が好戦的だったとは……」
「うん……」
「何ということを……」
そう言ったまま、ルオはしばらく黙り込む。そして、沈黙がしばらく続いた後、覚悟した顔でトアの方を見た。
「トア、これまで僕の身分を隠していてすまない。きちんと話そうと思う。でも、トアにはこれからも普通に接してほしいんだ……勝手なお願いかもしれないのだけど……」
「大丈夫だよ、なんとなくルオは特別なんだろうって思ってたし」
「有難う。僕はデイン大陸の帝ヌシ・ウヌ・デインの孫ルオ・ウヌ・デインなんだ」
「王子様なんだ!」
「うん、牢屋にいるけどね……」
ルオは敢えて自虐的に笑って見せる。
「僕はケイリュウたちと違って首に制約の文様は入れられていないから、話せる内容は多いと思う。それを聞いた上でお願いしたいことがあるんだ。もし良かったら僕も救出作戦の仲間に加えてくれないだろうか。元々、僕の国の者たちが関与しているし、放っておけない……それから、トアはケイリュウたちの家族も救ってくれようとしているけれど、知っての通り呪詛の力は恐ろしい。だから決して無理はしないでほしいんだ」
「うん、分かった。無理はしない」
トアがしっかりそう言うのを聞くと、ルオは話し始めた。
「ケイリュウたちは元々、祖父であり帝であるヌシ・ウヌ・デインの護衛だったんだ。だから、僕も幼い頃からよく知っている。本当に祖父を心から慕っていて、今だって祖父の命が掛かっているから、仕方なく言われるままに動いているんだ。もし、祖父が存命でなかったら、多分ケイリュウたちは死を選んでいたかもしれない……」
「お祖父さんは、無事なの?」
「いや、無事じゃない……それも僕のせいで……」
そう言うと、唇を噛みしめた後、辛い表情のまま話し出す。
「僕の親は、僕が幼い頃から多忙であまり会えなかったんだ。その代わり、側に仕える者がいた。名前は……ドルク」
「え……ドルクって……」
「うん……トアの学校を襲ったドルクで間違いないと思う。僕は……愚かにもそのドルクを信頼していたんだ。いつも側にいてくれて面倒を見てくれるからって……しかし、その結果、祖父が大事に守って来た国の命とも呼べるほど重要な情報を敵に渡すことになってしまった」
「情報……敵? ルオたちの敵って誰?」
「うん、そうだね、そこから話そう。僕たちデイン大陸は、今から十五年ほど前に異界人による侵攻を受けたんだ」
「異界人?!」
トアはまだ賢者の手記の内容についてはルオに話してはいなかったが、心の中で「賢者さんも異界から来たって書いてた……」と思い出していた。
「うん。彼らは異界から来たと言っていた。そして、デイン大陸に呪詛を持ち込んだのも彼らだ。デイン大陸の『祝福』について、トアは聞いたことある?」
「あ、うん。前に聞いた。以前は祝福が得意な国だったって」
「うん。僕が生まれるより前のことだけど、デイン大陸の人々は祝福の力を大切にして、穏やかに暮らしていたんだ。しかし、呪詛を扱う異界人にとって祝福は邪魔なものだったらしく、使用を禁止されたんだ……」
「今は使う人はいないの?」
「異界人は進んだ魔道具を持っていてね、その上呪詛も使う。初めは抵抗する人たちもいたみたいなのだけど、呪詛を掛けられたり、人質を取られて無理やりに従わされたと聞いている。今のケイリュウたちみたいにね。しかも、異界人たちは用意周到で、祖父たちが対策を練ろうとした矢先、もう既に城まで敵の手は回っていた。ドルクもその一人だ。そしてドルクが仕えているのは、ゴウミという異界人で僕が知っている限りゴウミが一番上の地位だと思う」
「ゴウミ……ルカッドもその名前を出してた。そうか、記憶録で見た中でドルクが話していたのは、異界の言葉だったんだね。ゴウミと話してたのかな……それにしても、異界人はこっちの言葉も話せるの?」
「彼らは言語の習得を各段に早くする魔道具を所持しているらしく、驚くほどの速さで僕の国についても理解を深めていったんだって、以前祖父が話していたよ」
「そんな魔道具があるんだ……」
「うん。ドルクは幼い僕とも普通に話していたしね。僕は後からドルクが異界人だと知って驚いたくらいだ。僕は完全に利用されていたんだ……」
「ルオ……それは、くやしいし……悲しいね」
「……悲しい?」
「うん。私だったら……悲しい。もし、シスターマリーやアンドール兄ちゃんが、実は私を利用してたって知ったら、悲しいよ。すごく悲しんだ後、もしかしたら怒るのかな……」
「そうか……僕は……」
そこで詰まると、ルオの切れ長で美しい青い目がキラリと光り、ポトッと涙が落ちた——。
「ルオ、ごめん! 余計に悲しませた!」
トアは胸がぎゅっと痛くなり、どうしていいか分からず咄嗟にルオを抱きしめる。
「トア…………」
そう名前だけを呼び、片手でトアを抱きしめると、ルオの頬を静かに涙が伝った。
静かな時の中、二人はしばらくそのまま動かなかった。
そして、トアはルオの背中に手を回したまま口を開く。
「ルオ……」
「うん……」
「どうしたら、悲しくなくなる?」
「ふふ……どうしたらいいんだろう……でも、トアのお陰だよ」
「えっ! 悲しくなったのが?」
「あはは、違う……自分の気持ちが分かったのが」
「そっか……じゃあ、良かった……のかな……」
「うん。あのさ、今更だけど……友達になってくれる?」
「……もうとっくになってるよ?」
「あはは……やっぱりそうか…………うん、じゃあ、悲しいけど嬉しい」
「……何か、マイナスとプラスでゼロみたい」
「ううん、すごくプラスだよ……トア、どうもありがとう……」
そう言うと、ルオはもう片方の手もトアの背中に回し、両手で深くトアを抱きしめた。
(あれっ、なんかリアとギュッてした時と何か違う!? 何か変……気持ちがフワフワする……)
トアはなぜかドキドキしてきて、慌ててルオに回していた手を離した。
「よ、良かった! ルオが少し元気になって! それじゃ、今日はもう遅いしそろそろ戻るね」
「うん……おやすみ、トア」
そうして別れた二人の赤い顔を照らすには、牢の外のランプは些か明るさが足りていなかった——。
おませさん(*’-’*)




