第1話 ゴウミ
デイン大陸は、正式名称は「デイン大陸国」と言い、その広大な大陸全土に跨る国家である。そのデイン大陸の首都「ベノ」にある城では、異界からの征服者「ゴウミ」が首を傾げていた。
「それで、ドルクからの定期連絡はまだなのか?」
軽い質問に聞こえるが、その答えが少しでもゴウミの機嫌を損ねれば投獄されかねない為、側仕えに任命されてしまったフルは、この質問を聞いて「終わった……」と覚悟した。
「はい、まだです」
「ドルクの所在は分かっているのか?」
「魔法学校に向かわれると聞いたのが最後になります」
「そうか…………それで? その答えで俺が納得すると思ったか?」
「い、いえ……わ、私が行って確認して参ります」
「そうだな。では、お前の弟を代わりにここへ寄越せ。お前がドルクの情報を一週間以内に持ち帰ったら弟を解放する」
「はい……」
フルに選択肢はなかった。前任の側仕えやその家族の末路も知っているフルは、ここで何か疑問や嘆願をすることが最悪の結果を招きかねないことを理解していた。フルの弟リルはフルの五歳年下でまだ十歳だった。
(リル……すまない。兄ちゃんの力不足で、お前をこんな所に送らねばならないとは……どうか、どうか戻るまで無事でいてくれ……)
フルはドルクが魔法学校に向かったことは知っていたが、どのような用事なのかは知らされていない。ドルクはゴウミからの直接の指示により動いており、ゴウミのお気に入りだった。
フルは一刻も早く出立し、時間を無駄にしないことが、今できる最善だと考えすぐに城を出発した。国を出る前にリルには事情を告げたが、しっかり者のリルは「兄ちゃんは何も心配せず、お役目だけに集中してきて。兄ちゃんに祝福を」と言ってくれた。リルはこんな状況でも、「祝福の力はなくなってない」とデインの民の力を信じられる強い子であった。
フルはその日のうちに首都ベノの港から船に乗り、バール帝国へと向かった。
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夜になり、ルオはそわそわしながら、トアがやって来るのを待っていた。自分が入れられた牢の外をチラチラ見ていたのだが——。
「今晩は!」
「ぅわっ!」
予想外に背後から声を掛けられて、思わず声が出てしまった。わりと大きな声が出たのだが、周りの牢にいる男性の囚人たちは、トアがこっそり牢に来ては傷を治してくれるのを経験しており、「今夜もまた誰かの傷を癒しに来てくれているのだ」と温かい気持ちでいるため、誰も騒がなかった。
「ごめんね、驚かせて」
「いや、こちらこそ大声を出してしまい……」
トアが牢の奥の暗がりから姿を現すと、ルオは思わずハッとして見つめる。牢に差し込む僅かな明かりの中、その光を全て吸収したように青と緑の瞳が輝き、思わず見とれてしまう。
「君は……オドアイ様……」
「あ、ううん、何かそう言われることがあるんだけど、私はただのトアだよ。オドアイ様って昔いた人なんでしょう?」
「ああ、うん、昔いた方なんだ。だから君とは違うって分かっているはずなのに……それにトアだって名乗ってくれていたのに、すまない」
「大丈夫だよ。デイン大陸には、瞳の色が違うオドアイ様っていう人の伝承があるんだよね?」
「うん、よく知っているね」
「うん、ケイリュウさんたちに聞いたからね」
「ケイリュウたちを知っているのか?!」
「うん、色々あって仲良くなったんだ」
「そうか。それにしても、トアはどうやってこの牢に入ったんだ?」
「うーん、それは……まだ秘密!」
そう言ってニシシと笑ったトアの屈託のない笑顔から、なぜか目が離せなくなったルオは、不自然に視線をそらした。
「そ、そうなんだ。お互いまだ知らないし、話さないのは賢明だ」
「うん、だからお互いよく知るようになったら、話すね! そのためにも、沢山話そう!」
「そうだ……ね……」
そういいながら、ルオが少し寂し気に笑った顔が、なぜか目に焼き付いて離れず、その夜トアは久しぶりになかなか寝付けなかった。
(なんかルオが寂しそうだったから気になる! でも、そうだよね、こんな所に連れて来られてるんだもん、色々不安だよね……明日も話しに行こう)
こうして、トアは次の日の晩もルオの所に話しに出かけた。
「ルオ!」
「わっ!」
「あはは、またごめん!」
「ううん、びっくりしたけど、来てくれて嬉しいよ」
「えへへ。お互いのこと知りたいし、ルオが寂しそうだったからね」
「そ、そんな風だった?」
ルオはなぜか顔が真っ赤になりながら、そう聞く。
「うん、そんな風に見えたよ。でも、こんな所に連れて来られてるんだから、不安だよね。ケイリュウさんたちも『制約』があって話せないみたいだし。それに、子供が人質に取られてるんでしょう? 本当にひどいことするよね、あの意地悪皇帝……ダルルーガだっけ?」
赤い顔からすぐに驚きの表情になって聞いていたルオだったが、最後に「ぷっ」と噴き出した。
「あはは! トア、『ダルルーガ』じゃなくて、『ダルーガ』だよ! あははははは!」
「あっ、そっか! なんか獣の唸り声みたいな名前って覚え方してて……えへへ!」
「ふふ、ふふふ、本当に唸り声みたいだね……トア、君は面白いね。一緒にいると楽しい気持ちになるよ」
「そう? だったら嬉しい! 私も楽しいから!」
ニシシと笑うトアの笑顔を、ルオは眩しく感じる。
「それにしても、トアは随分ケイリュウたちの事情も知っているんだね。でも、人質を取られているとはいえ、ケイリュウたちはトアの国にも酷いことをしたんじゃない? なんとなく想像はつく……だから、本当に申し訳ない」
ルオは真剣な表情でトアに謝った。
「ケイリュウさんたちのせいでも、ルオのせいでもないよ。それに、今のところ皆で協力して守ってるから、最悪なことにはなってないし。ケイリュウさんたちも悪事に加担したくなくて、すごく悩んでたよ。だから、私も仲間も良い方向になる方法を探ってるんだ。皆で力を合わせれば、どうにかできると思うから」
「トア……ケイリュウたちのことを理解してくれてありがとう」
それから数日が経過し、ルオの人となりからも信頼できると思ったトアは、ベージェルたちにも相談し、自分の魔法能力などについても話していくことにした。ルオにも事情があるようなので、それについても話してくれるようになればいいなとトアは思っている。
その翌日、ルオの牢を訪れたトアは、いつになく改まった口調で切り出した。
「今日はね、ルオに聞いてほしいことがあるの……」
いつもと違って真剣な表情のトアを見て、ルオは無言で頷くのだった。




