リストリエの魔法 ─ 冷やしクッキーのヒミツ
しおりは、なんで泣いたの?
あの時の光景が、頭から離れない。
柔らかな感触。 爽やかな柑橘系の香り。
それから、悲しそうだったしおりの顔。
その日の午前中は、授業にまったく集中できなかった。
「いい加減元気だしなよ~!お昼だよっ!」
四時限目が終わり、お昼の時間。
クラスのみんながご飯を食べるためにまばらに散っていく。
私の前の席に座る叶が勢いよくこちらに振り返ってきた。
気分は晴れないけど、この元気印の顔を見てると、心がスッと軽くなる・・・。
「うん、食べよ」
「よっしゃ来た!」
叶は「よいしょよいしょ」と自席を反転させて私の席にピッタリくっつけてきた。
これが私たちのいつものお昼。
黙々とお弁当を包む花柄の風呂敷を開ける私に「そ、そーいえばさ、リストリエには?行った?」と話題を振ってきた。なんか無理に話題を振らせてしまって申し訳ない・・・。
「うん、行ってきたよ。朝一の開店時間から並んできた」
「今日の朝のニュースで初日の様子を見たけど、行列だったじゃん」
その日は開店祝いのイベント “も” あり、初日から人が並んでいたのだ。
「私は開店三十分前には並んでいたんだけど、既に二十人は並んでたよ」
「でも、開店イベントの為に態々並ぶ?お菓子は通販もやってるんでしょ?」
「それなのによく並べるねー」とタコさんウィンナーを頬張ってる。
「通販もあるよ。だけど、実は金平町店限定のお菓子が出るって話だったから。それを狙って来た人も多かったんじゃないかな」
叶がタコさんウィンナーを飲み込んで
「金平町店限定のお菓子?」
「限定のお菓子」
そう。リストリエ金平町店限定のお菓子。
それを狙って私も開店前から並んだのだ。
「どういうお菓子だったのさ?」
「ふふふ。それはね」
「それは?」
「冷やしクッキー!」
次は唐揚げを頬張り始める叶。
「冷やしクッキィ?」
リストリエ金平町店限定のお菓子は冷やしクッキーだった。
叶は「なんでお菓子一つにそんなに並ぶの?」と言いたげな顔をしてる。
「知らないかもしれないけど、リストリエのお菓子には魔法が掛かっているんだよ」
「・・・オカルト嫌いなむぎが魔法を夢見る幼気な少女になっちゃった」
「オカルトじゃないよ!」
どちらかと言えば、最初にそう言いだした人の頭がオカルトに毒されてる。
あくまでこのお話は現代ドラマであり、ファンタジーではない。
─リストリエの魔法
いや、いわば「冷やしクッキーのヒミツ」か。
お菓子関係者や、お菓子リーカーの間では「次にリストリエから出る新作は、人の喜びを引き出す力がある」と言われていた。
実際、今日の朝も妹のご機嫌取りに一役立ったからその力は本物・・・だと思う。
リストリエのお菓子のコンセプト。
「一瞬を永遠に閉じ込める」
人の想いや、或いは忘れられない風景。
そういったものをお菓子の中に封じ込めるんだ。
「やっぱりオカルトじゃん」
「だから、オカルトじゃないんだって」
そりゃ魔法と言われるとオカルトに見えるけど。
「今回、クッキーを冷やしているよね。なんでだと思う?」
「五月に近いし、朝昼は暑い日もあるから、外で食べやすいように作った。とか?」
「それもあるかもしれないけど」
実はこのクッキーに閉じ込められた「喜び」の感情は「楽しい時間は一瞬で過ぎてしまう」という事を意味している。それをお菓子に落とし込む。となった時。
選ばれた素材は・・・
「パチパチキャンディーが入ってたんだよ」
「パチパチキャンディー?・・・あ!その為に冷やしていたんだ」
楽しい時間は一瞬で過ぎる。
口の中でキャンディーが弾ける時間を楽しんでもらい、いつの間にか時間が過ぎる。
それが、リストリエがお菓子に掛けた魔法だった。
「そう言えば今日そのクッキーを持って来てたんだよ」
「お~!!!!見たい見た~い!!!!」
パチパチパチパチと拍手をしてくる叶。
えっと、確かポケットに・・・
ヒンヤリ。
ヒンヤリ?
冷やしクッキーとはかけ離れた、覚えのある金属質の冷たさを肌に感じる。
それを取り出した。
ハート型の金型・・・
アレ????冷やしクッキーは????
制服、スカート、ブレザーのポケット、カバンを順にくまなく探す。
ない。
ないないないない・・・ない!
「もしかして・・・!」
私が渡したのはハートの金型じゃなくて、冷やしクッキー・・・?
「なになに?その金型。可愛い!でも、むぎはお菓子作らないんじゃ・・・」
「ゴメン!叶!午後の授業は腹痛で休み!菓子野先生に言っておいて!」
広げていた弁当セットを急いで片づけて私は教室から飛び出した。




