春に転校!? ─ 月曜日とキャラメル色
結論を言うと、公園であの女の子と目が合った後、一目散で逃げられてしまった。
一瞬しか見えなかったけど、昔の親友にそっくりだったな。
「おねえちゃん」
夕陽に溶け込むキャラメル色の、腰まで伸びた長い髪。
見るものを吸い込むビターチョコレートを思わせる黒色の瞳。
そして何より、あのお菓子の型から覗く仕草。
それは卯月しおりのものだった。
背丈は昔とあまり変わってなかったし、ある一点(いや、二点か?)が昔からは考えられないほど成長していたけれど・・・
「おねえちゃんってば!」
「ウェッ!な、なに!?」
昨日からしおり似の女の子の事で頭がいっぱいで全然聞こえなかった。
「昨日からずっとボーっとしてるじゃん。どうかしたの?」
そう言えば全然食べているパンが減ってない・・・
「どうかしたわけじゃないけど・・・」
「もしかして、入る部活をまだ決めてないとか?」
ギクッ。そ、そう言えばその問題もあった。
妹が何かを言いたそうに、というかお説教モードにスイッチが入りそうだったけど、付けていたテレビからちょうど助け船が流れて来た。
──金平町に洋菓子屋さん「リストリエ」が出来ました。土曜日から開店し、初日から長蛇の列を形成。二日で早くも大賑わいを見せています。本店はイギリスにあり・・・
「そう言えば、リストリエ行った?」
助かった・・・妹からの追求に逃れるように話題を振れた。
「行きたかったけど、私は”部活”があったからね。“部活”が」
助かってなかった。
再び妹のお説教モードに突入する前に立て続けに
「私は開店直後から並びに行ったんだけど、め、名物の冷やしクッキー!」
妹に強い姉はいない。
冷やしクッキーよりも冷たい妹の視線を横に冷蔵庫を空けてクッキーを取り出す。
「どうぞ・・・」
クッキーを貰って優雅に味わう妹。
パンを急いで食べる私。
なんだか姉妹格差を感じる。
「なんかパチパチする!」
満足そう。今度こそ助かった・・・か?
リストリエのクッキーは、食べた人の楽しい気持ちをひとかけら閉じ込めている。
と言われている。お説教回避効果があるかもしれない。
クッキーを食べ終えた妹がプ、ププッ。と噴き出す。
「そんなにお菓子が好きなら無くなったお菓子部をまた作ればいいじゃん」
「それが出来ればこんなに迷ってないんだよーう!」
そういう度胸があれば既にやっている。
「もうそろそろ時間でしょー?早く出なさーい」
お母さんの声がキッチンの奥から聞こえた。もうそんな時間か。
私も冷やしクッキーをポケットの中に入れる。
憂鬱な月曜日に彩を。それじゃ気持ちを切り替えて。
「よし、行くぞ!」
玄関を出た。
*
金平高校は我が家から歩いて約10分程の距離の場所にある。
「じゃね、おねえちゃん。さっきも言ったけど、部活を決めちゃいなねー?」
「わかってるってばー。んじゃね」
妹と登校の道中で別れ、自分が通う金平高校に向かう。
今日はギリギリで家に出ているから、寄り道をしちゃうと遅れちゃうかもしれないけど、ダッシュをすれば間に合う。
なんで行こうと思ったのか、自分でもよくわからない。あの女の子がまたいるわけがないし、何かが変わるわけでもない。ただ、なんとなく。足がそっちに向いた。
金平町と隣町を繋ぐ大橋の河川敷の横にある、放課後の子どもが遊ぶにはちょうどいいくらいの公園。
「昨日あの子がいたのは富士山の上だったよね」
少し助走を付けて軽やかに富士山に登る。
昨日は何を見ていたんだろう。
てっぺんから見渡すと、なるほど。桜も、砂場も、河川敷も、全部見える。
ふと富士山のふもとに、何か光るものがあった。
小さな、ハートを象った金属製の型。
あの後慌てて逃げた時に落としちゃったのかな?
「会えたら返そう・・・」
会える保証はないけど・・・また会える。そんな予感を胸に拾う。
金属質特有の冷たさ。また会えるように、祈りを込めて握る。
って、もうこんな時間!今度こそ遅れちゃう!
猛猛ダッシュで学校へ向かった。
*
ゼェゼェ・・・
登校皆勤賞を目指しているから本気で走ってしまった・・・
私が通う学校は1年生が3階。2年生が2階。3年生が1階にあり、年功序列を意識しているかのような位置にある。恨めしい。
オマケに私が通う3-Dは3階の階段を上って奥にある。
なので、歩いても体力は持ってかれるけど、走っているとなおさらだ。
朝からヘロヘロの身体で教室の引戸のドアを開けた。
「だーかーらー本当なんだってば!」
教壇の上で学校の情報通(自称)である叶を中心に、何人かのクラスメイトが取り囲んで何やら揉めている。まぁ、いつもの通りの教室光景だった。
引戸のドアを丁寧閉め、ヘロヘロのまま自分の席に鞄を置くと、叶がこっちに気づいた。
「むぎー!ちょうどいい、聞いてよ!」
彼女は九重叶。
叶とは中学が違うけれど、初回の体育の授業で一緒に組んだときに結構ウマが合う女の子だった。それから仲良くしている。
「それで、今度はどうしたのよ?」
「今日転校生が来るんだって!しかもイギリス帰りの帰国子女らしいよ!?」
イギリス帰り。
その言葉が、ねるねるねる、と頭の中を回り始める。まさか、ね。
と、そこで再び勢いよく教室のドアが開いた。
「お前ら時間だぞー。座れー」
朝から怠そうに菓子野先生が入ってきた。
私の机の前にいた叶と教壇にいた観衆が散って、一気に今日の一日が始まるという雰囲気に包まれる。
「そう言えば伝えていなかったが、今日から転校生がやってくる。卯月、入れ」
夕陽に溶け込むキャラメル色の、腰まで伸びた長い髪。
見るものを吸い込むビターチョコレートを思わせる黒色の瞳。
既に決まっていた段取りがあったのか、白のチョークを手に取り、キュッキュッ。
チョークの音が一定のリズムで教室を支配する。
イギリス帰りにも関わらずきれいな字で名前が黒板に刻まれる。
「卯月しおりです。よろしくお願いします」
その瞳が、教室をゆっくりと見渡して――
止まった。
私のところで。
胸の奥で、パチパチと何かが弾ける。
昨日と、同じように。




