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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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四十一、未知へと落ちる



 翌日の朝。朝食を取った後、アズミとカルディス以外の宿を出る者たちはそれぞれが支度をして相変わらず雪が降り続く外に一旦集まった。


 戦いの後は傷付いた志士隊やヒポグリフで地獄絵図と化していた大地も今は全員の撤退も終え、雪が降り積もった影響もあって元通りの綺麗な銀世界が広がっている。カラスメを乗せていた大きな個体とオモチが今朝呼んでくれた個体、合わせて二体のヒポグリフだけが宿の側で静かに待機していた。



「カラスメは俺が連れて行くしかねぇのかぁ。そんなふらふらな状態じゃまともにヒポグリフに乗ってられないもんな。いつも偉そうなあんたが俺みたいなのに頼らなきゃいけないと思うと少しスカッとするぜ」


「余程命が惜しくないらしいな。安心しろ、飛んでいる間は刺さないでおいてやる」


「飛んでなくてもやめて!? この人本当にやりそうで超怖いんだけど!!」



 大きなヒポグリフの前でそんな言い合いをするヨイチとカラスメのことは放っておいて、私はもう一体の背中に跨ったダットとウィンの方へと歩み寄る。

 私の腕の中からぴょんと飛び出したオモチが彼らの更に前にちょこんと落ち着いたのを見届ければ出発の準備は整った。



「ダット。ここからはお前の好きなようにやってくれて構わないけど、ウィンは極力側に置いておくように。それでもどうしようもないことが起きたら迷わず転移を使って逃げること。それだけは頭に入れておいて」


「ああ。俺にとっては初の外交だ。コハクの件も含めてなるべく上手くいくよう努力はしてみるさ。無理だったらすまん」


「その時は相手の君主がそこまでの奴だったと諦めもつく。それに、向こうの二人は頼りにならなそうだけどオモチならきっと上手く進めてくれるから心配はしてないよ」


「まあ。責任重大ですわね」



 くすくすと笑うオモチはこの場にいる誰よりも状況をよく理解していると思う。その上でどちらかに極端に肩入れすることもなく、ずっと中立でいてくれているところも好感が持てるし信用もできる。

 

 だからダットたちの方は一旦オモチに任せることにして、私は雪降る冬の階層から飛び立つ二体のヒポグリフを静かに見送ったのである。


 

 夏の将であるギンジロウがここよりも更に下に落ちていると見られるので、その回収を頼まれたりはしたけれど。これは私にも責任があるので素直に頷いておいた。

 人の話を聞かない爺さんも流石にここまで状況が変わっていれば無闇矢鱈と戦いを挑んでくることもないだろうしな。



「さて。私たちも行こうか」


「うん。このメンバーで行動するのは本当に久しぶりな気がするね。神殿に行く前ぶり、くらいかな」


「王都滞在中は勇者パーティの皆さんと行動を共にしていましたからね。その後はダットやウィンがいましたし、海に出てからは船の方々も。大勢は賑やかで楽しいですが、ディたちにはこちらの方が自然な感じがします!」


「探るような視線も感じなくて良い。あのアズミという男の執念深さは並外れたものがあるな」


「それはわしも感じておりまする。将にも負けず劣らずの存在感に溢れ出る野心。そして尽きぬ探究心を持て余しているような……あんなにも恐ろしい者がこの国に生まれていたなんて……」



 ルト、シンディ、シロと続いていつの間にか私の肩に現れていたコハクの声が聞こえたことで、三人で顔を見合わせて笑った。どうやらまだ一体、同行者は残っていたらしい。


 将たちは春へと大穴を上がり、アズミたちは宿に残ったまま。この状況になってようやく出てくる辺りが臆病なコハクらしい気がする。



「そういえばコハクはラグーンには会ったことあるの?」


「は、はえ。お互いこの土地には長くおります故、意図せずとも遭遇することが稀にあるのです。こうして会いに行くというのは初めてやもしれませぬ」



 ラグーンは今から二千年前には既にこの国へ来ていたことがわかっている。私は聖樹の中でラグーンがエラに贈ったトウコクの茶を飲んだし、引き継いだ記憶の中にもそういった会話が残っていた。


 ならば当然、アズミから聞いた建国のお伽話は二千年よりも更に昔の出来事を語り継いでいるものなのだろう。

 つまりトウコクはそれだけ歴史のある国で、コハクはそれよりも前からこの世界に存在し続けている。そう思うと改めて、幻獣という魔物の特異性を思い知らされる気がした。



 


 私たちが雪道を歩いてやって来たのは、一昨日の夜にオモチやシロと共に一度訪れた階層の端である。


 底の見えない大穴の縁に立ち、再度魔力感知を試してみるものの下の様子は不思議と見えない。ただ深いだけなのか私の感知を阻害する何かがあるのか、それすらわからないけれど感じるのは不安ではなく未知への興味だった。



「ラグーンとそれに仕える巫がこの下にいるってことは、少なくとも生物が存在できる環境ではあるってことだよね。ギンジロウって爺さんが落ちたと知ってもオモチはそこまで焦っていないようだったし」


「俺にも奥が見えないとなるとコハクに関係する力が働いているのだろうな。いや、この国の土地自体がもしかしたら……」



 と、珍しく考え込むシロには何か思い当たる節がありそうだ。けれどその答えをここで聞いてしまうのも面白くない。

 だから今は危険が無いと分かればそれでいいやという気持ちで、同じように大穴を覗いていたルトとシンディをそれぞれ見ると二人からは少し緊張した面持ちで頷きが返ってきた。



「よし、行こう。……あ、シロはルトを見てやって」


「仕方ない。行くぞ」


「う、うん。よろしくね……!」



 そうして魔物の姿に戻ったシロの背にしがみ付くルトを見て思わず苦笑する。


 ルトの生み出す術式のドラゴンはかなり頑丈なのだけど、飛び方が荒々しくて馬すら苦労した彼に乗りこなすのは到底不可能なものだった。なので今は使えない。

 戦力としては強力すぎるくらいなのに、彼自身にとって万能とはならないのがルトの術式の不思議なところである。


 その点シロならばある程度配慮して飛んでくれるし、例え落ちても捕まえてくれる。ルトのことは任せて大丈夫だろう。


 ちなみに私には魔力の翼が、シンディには空中で固めて足場にできるベールがある。その為個別に進んでも問題ないと判断し、私は早速地面を蹴って大穴へと身を投げ出した。


 

 肩にしがみ付くコハクの気配を薄らと感じながら、すぐさま暗闇と化した視界の中を、落ちる。


 

 ただただ、落ちていく——



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