四十、未来を担う者たち
それから半日ほどが経ち、意識を失っていたカラスメが目を覚ましたのは仲間たちが寝静まった夜中のことである。
流石に寝泊まりしている室内に運び入れるのは戸惑われたので、もうひとつ別の部屋を借りて数人が移動した形だ。春、秋、冬の将に加え私とシロが同室である。つまり敵側の三人と、こちらの最高戦力を纏めた結果というわけだ。
「……これは、何のつもりだ」
「この部屋割りにしたのは監視も兼ねているからだ。もうわかっていると思うけど私一人でもお前たちを制圧できる。拘束はしてないからって変な気は起こさないように」
氷のベッドから痛むのだろう頭を抑えながら起き上がったカラスメは今、ずっと被っていた黒い布を取り払い顔が晒されている。なのに中途半端に伸びた黒髪で顔の半分は覆われているからか全く印象が変わらなかった。
亜人だからなんとも言えないが見た目の年齢はおそらく二十歳前後。ヨイチともあまり変わらないように見える。けれど見たところ二人は正反対の性格で、相性が良いとはとてもじゃないが言えそうになかった。
「カラスメもギンジロウの爺さんほどじゃねぇけど戦闘には慣れていたはずなんだけどなぁ。まさかあんなに手も足も出ないなんて。やっぱ俺、こっちに付いて正解だったわ」
「私はお前を仲間とは思ってないけどな?」
「えっ! 情報提供してやったじゃん!」
「それについてはありがとう。でもそれとこれとは別の話」
「そんなぁ!」
自分のベッドの上でがっくりと項垂れたヨイチは放っておいて、私は改めてこちらを睨み続けているカラスメに目を向けた。
今はその横にオモチもいる。血が足りず暴れることもできないだろうし、力の差も見せた。この状況でまだ突っかかってくるほど馬鹿でもないと思いたいのだけど。
さてどうなるかと思いながらも私は話を進めることにした。
「お前たちの君主のところから逃げ出したって言う小亀は今、私がコハクと名付けて保護しているわけだけど。本人に戻る意思がないのなら私も返す気はないよ」
そもそも自分で姿を現したり消したりをしている奴を私の意思でどうこうすることなどできないのだし。まあ、やる気がないだけとも言えるのだが。
ともかく君主と小亀の問題はそちらで解決してほしいことを告げると頷いたのはオモチだけだった。
カラスメは不機嫌そうにサッと顔を逸らしたし、ヨイチはまたどこからか取り出した球を手の中で遊ばせていて聞いているのかすら怪しい。こいつら、とことん協調性が無いな。
「コウ様のお屋敷は春にありますからカラスメちゃんの管轄です。なのでオモチが積極的に関与することはできませんが働きかけはいたしましょう」
「対話の余地がありそうならダットとウィンを連れて行ってくれないかな。あいつも機会さえ与えられたらあとは自力でどうにかするはずだから」
「? わかりました。意図は測りかねますが、対話ということであればエル様の使者様として話は通しておきますね。貴女のような強者の言葉を蔑ろにすることなどできるはずもありませんから実現は可能かと」
「ああ、いや。私は関係なくてさ。ダットはああ見えてローサンティスの王太子だ。コハクの問題はついでで、そっちの君主と友好関係を結べたら良いってだけの話だよ」
そこまで伝えたところで三者三様の驚きの反応が返ってきた。
「なっ、……は!? ローサンティスの王太子がなんでこんなとこに居んの!? しかも従者はあの怖い奴一人だろ……ってかなに、それじゃあシンディちゃんって王太子の求婚保留にしてんの!? やべぇな!?」
「実質国の第二位じゃないか。そんな奴が他国に事前の通達も無く入国しているだなんてその時点で大問題だ。これは外交問題だぞ」
「驚きました。でもエル様が護衛についているのであれば大勢の従者を連れ歩くよりもよっぽど安全ですものね。それに立場の似た者同士、確かに上手くいけばコウ様の良き友人になってくださるかもしれません」
ダットにとってトウコクは観光がしたい私たちに付き合っているだけの中継地点に他ならない。彼の目的はあくまでも帝国にいると思われる魔王の動向を探ることと、ローサンティスから送られていると見られる奴隷の実態調査である。
私はトウコクへ行くついでにと護衛を引き受けているけれど基本的には従者のウィンに任せているから、外交問題と言うのならローサンティスのグラム王に直接言ってほしいものだ。
「そういうことだから対話の方はそれぞれの国の未来を担う二人に任せたいと思うんだよね。けど、後ろに私がいることは忘れないでほしいかな。対応は慎重に、ね?」
「あ、あんたのそれは立派な脅迫だからな……?」
「わかっていて言ってるに決まってるだろ。敵の本拠地に護衛対象を行かせるんだ。このくらいは言っておかないとね」
その上で、もしものことがあればダットにはルトの転移で飛んでもらうこともできる。
従者として側にいるウィンも昼間の戦いで少し体を動かしてすっきりしたようだし、ヨイチみたいな小細工上手が再び現れてこなければ特に問題もないだろう。
そうして彼らが話し合いをしている間に私はこの冬の階層の更に下、聖域へと行ってみようと思う。
行くのは私とシロ、それからルトとシンディだ。
アズミとカルディスも同行を願い出てきたけど私はそれを却下した。もし知識の精霊ラグーンに本当に出会えたとしたら彼らには聞かせたくない話もある。
だから二人にはこの冬の階層でしばらくは待機してもらうことにして、私たちは久しぶりに同行者のいない仲間だけの時間を過ごすこととなる。
「カラスメ。互いの国の未来がかかったこの話を、受けない、なんて言わないよな?」
わざとらしく子供っぽい笑顔を浮かべて告げた私に、男はブルリと一瞬体を震わせていた。




