三十九、小競り合いの終結
翌日。
宿で昼食を食べている最中にそれはやってきた。
降り続ける雪の中に無数の強い魔力反応。魔力感知では亜人と魔物の反応が重なって見えているから、夏の将の時に見たように何かに乗っているのかもしれない。
面倒だが仕方ないと先に席を立った私は、仲間たちをその場に残し武器を持って外に出た。着いてきたのはオモチと、あとは意外にもウィンである。
「中にいてもいいんだよ?」
「エルには手助けなんか必要無いのはわかっているけど宿の周囲だけでも引き受けるよ。……ちょっと虫の居所が悪くて」
「あー……うん。ほどほどにね」
どうやらウィンは秋の階層でヨイチにしてやられたことを未だに引きずっていたらしい。むしゃくしゃしている時は体を動かすに限る。その考えは分からなくもないので好きにさせることにした。
彼が宿の周囲を護ってくれるというのなら私も何も気にすることなくここから離れられるからその点は有り難い。
「オモチはあくまでも中立を保たせていただきます。見届け人と思ってくだされば。こう見えて走るのは得意ですが戦いは不慣れですし」
「そうしてくれると助かるよ」
宿の入り口付近で足を止めたオモチとウィンを残して私だけが前に出れば、雪降る上空に無数のピボグリフが翼を羽ばたかせて浮かんでいるのが目に入る。
夜は火の玉で溢れていた光景がそのまま魔物に置き換わったような状態だ。光だと綺麗なのにそれが全て生き物だとなんだか暑苦しく感じるのは何故だろう。冬なのに。
そんなヒポグリフの背に跨っているのはやはりこの国の亜人たちだ。防具を纏った者も多く、向けられる無数の敵意からも明らかに戦闘の意思が感じられる。
中でも一層殺気に溢れたそいつ——黒ずくめのカラスメは、他の個体とは違う一回りくらい大きなヒポグリフに跨って声の届く上空からこちらを見下ろしていた。
「随分と数を揃えて来たね。でも、これなら勝てると思っているなら甘く見過ぎだと思うけどな」
言いながら周囲に術式を展開させる。私を中心に円を描くようにたくさん並べ、その全てに幾つかの効果を混ぜたルトの術式だ。ここに魔力を流せば簡単に魔法は発動する。
「所詮は人間。殺しても構わない。いけ!」
「人間、ね」
カラスメの言葉で下層のヒポグリフたちが一斉に降下を始めるのが見えた。
前にも思ったがどうやら奴らは大穴の魔物を手懐けているようで、背中に跨っていた亜人が飛び降りてもヒポグリフは私目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。飛び降りた亜人たちはといえば雪の積もる地面を駆けて来ていて、こちらは地上部隊と言ったところだった。
そして更に上空に待機しているのはおそらく魔術部隊。魔力感知で見ても無数の魔術の反応が見えて、それが全て地上部隊の強化に使われている。
大技を撃ってこないのはあくまでも討伐対象が個人だからか。飼い亀一匹にここまでの戦力を用意してくる異常さはあれど、環境破壊は最小限に抑える良心だけは持ち合わせているようで何よりだ。
「対話の余地も無しか。まあ、楽でいいけどね」
エラ、と。ぽつりと呟いた直後に私の足元に魔法陣が現れる。途端に強い風のように辺りに流れ始める魔力は全て私の持つ異空間から放たれたもの。
そうしてふと口元を綻ばせて、私は先に展開していた術式にそれをぶつけるのだ。
「なっ——」
一瞬にして現れた無数の光の針。それは空中を飛ぶヒポグリフたちの胴体を貫いて出現し、そのまま浮力を失った奴らが一斉に落下をし始める。
ヒポグリフに恨みはないけれど奴らの翼になっているのだから仕方ない。致命傷にはならないだろうからこの騒動が収まるまでの一時、大人しくしておいてもらうとしよう。
私はそんな中を剣を抜いて走り出す。
手足に強化を施して、走りづらい雪の地面には足を付けないよう結界で足場を作って飛ぶように駆ける。
刀を持った志士隊の連中はそれぞれが魔術も使えるようで、近付けば様々な攻撃魔術が飛んできたけれど、そんなものは結界で簡単に防げてしまう。
剣技の前に自分に付与された強化魔術の効果もこちらが上。奴らもそこそこ能力はあるのだろうが私の相手にはやはりならず、次から次へと向かってくる敵は一人ずつ時間をかけずに地へと沈めていく。
ここまで敵の数が多いのは本当に久しぶりなので動き回って戦えるのは正直物凄く気持ちが良かったし、楽しかった。
「なんなんだあの化け物は……!」
「おっ、少しは評価が上がったね? ……いや下がったのか?」
唯一私が手を出さなかった大きなヒポグリフ。その背に跨るカラスメの引き攣った叫びには思わず苦笑が込み上げてくる。
だから言ったのに。だから、言ったのに。
光の針に貫かれて落ちたヒポグリフに乗っていた奴らも、次々と地面に降り立って地上戦へと切り替えてくる。魔術と刀を武器に駆けてくる奴らのなんと浅はかなことか。並の魔術師や剣士が数で押し切ろうなんて作戦が今の私に通じるわけがない。
状況がほんの少し変わったのはこの暫く後のこと。
流石に命を奪うほどの戦いでもないので志士隊連中も致命傷は避け軽傷のまま意識を奪い続け、数が数だけに辺りが地獄絵図と化してきた頃だ。
カラスメがヒポグリフを前に進めた。
ようやく直接やり合う気になったかと私は足を止めてそれを待つ。
襲い来るヒポグリフの爪は結界で受け止めて、一瞬動きが止まった隙に展開した術式に再び魔力を流して針で胴体を貫いた。苦しげな鳴き声を上げて倒れるその背に人影は無く、魔力感知にもカラスメの反応は無い。
直後、キィンッと響いた金属音。
私がゆっくりと振り返ると、そこには光の針に刀を突き立て悔しげに呻く黒ずくめの男がいる。
「っな、んなんだ、お前……!」
「——神。……って、自分で言うのは恥ずかしいなこれ」
うん、こう名乗るのはこれが最初で最後にしよう。
そう決めて、再び術式に魔力を流す。
音も無く、カラスメの腹を貫いて生成された光の針は、大量の血液を雪の上に巻き散らせた。
「か、は、っ!」
「悪いね。お前はこのくらいしないと話もできないと思って」
針を消せば倒れる体。雪に埋もれた黒ずくめの男。
それを見た残っていた志士隊連中は一斉に動きを止めて戸惑い始めるから、力の差は思い知ってくれたらしい。
「さて。流石に命の恩人に襲いかかってくるのはやめてほしいね」
私は倒れた男の側に座り、シロの再生の魔法を使った。流石にこいつに死なれたら対話どころでは無くなってしまうから。
「カラスメちゃんっ!」
ぴょんぴょん飛んできたオモチも腹に穴を開けた仲間の姿には言葉を失ったらしい。中立と言いつつもやはり彼女もこの国の者だ。結果的にオモチには一番辛い役目を担わせてしまったのかもしれないな。
「大丈夫。死なせないよ」
シロの再生は即死でなければどんな傷も治すことができる。失った血液は戻らないけど。心配はいらないよと頷いて見せればオモチはもう何も言わずに治療の様子を眺めていた。
こうしてこの小競り合いは予想通りこちらの圧勝という結果で一旦終結したのである。




