三十四、曲芸師
彼らが戻ってきたのはそれから三日後のことである。
「それで? 君主に見捨てられたって?」
「ううぅ、そうなんだよ! そもそも俺は戦うために将なんて引き受けたわけじゃねぇってのに! 生まれ育ったこの場所に人を呼んで盛り上げるためだ! なのに突然逃げた亀を捕まえて来いとか怪しい奴らを懲らしめろとか言われたって無理なものは無理なんだよ! なぁ、わかるだろ!?」
「いや? 意外といい線いってたと思うけどな。少なくともギンジロウって爺さんよりは確信に迫ったわけだし」
「えっ、まじ? 他国の神に褒められるとか俺凄くね?」
「それじゃあ人質としての価値も無くなったってことで始末してもいいかな」
「うわあぁああ! 待って! 待ってください!!」
相変わらず喧しい奴だなこのヨイチという男。
ウィンが連れて帰った秋の将は、縛られずとも大人しく縁側に集まった私たちの前に座ってひたすら口を動かし続けていた。
部下の志士隊を通じて君主に取り次いでもらうための人質にと考えていたのだが、見事に見捨てられたらしく味方は誰も動かずにこうして敵の中に舞い戻って来てしまったというわけだ。
本人はもうコハクを狙う気も失せたようで、姿の見えない小亀を今のところ探す素振りもない。
「俺、こう見えてもこの国じゃ唯一の曲芸師って結構人気者なんだぜ! 祝い事とかあると絶対呼ばれるし! 始末するのは良くないと思う!」
「部下や君主には人気がないようだけど?」
「ああああいつらとは考え方ってやつがそもそも違うの! 目尻吊り上げて戦ってるよりも俺は人の笑顔が見たい!」
「それはディにもわかります!」
と、会話に入ってきたのは目を輝かせているシンディである。
彼女は久しぶりに会った同業者に興味津々といった様子で、危険だと止めるダットの声も聞かずにヨイチの横で腰を下ろした。
「ディも戦いよりも人の笑顔を見るのが好きです! ヨイチのその想いは国の人たちにきっと伝わっていると思いますよ!」
「えっ、なにこの良い子……こっちの方がよっぽど神様っぽい……」
「おい」
一瞬イラッとしてつい低い声が出た。けれどそんな私には構わずヨイチはシンディの手を握って「ありがとう」と嬉しそうに笑うから、咄嗟に二人の間に飛び込んだダットの判断は間違っていなかったと思う。
「シンディに手を出すな!!」
「えっ、なになに、あんたその子の恋人?」
「まだ! 違う!」
「まだってことはフラれてる? それとも返事はもらってねぇの? なら俺にも可能性はあるってことだよな!」
「エル! こいつ始末しよう! 今すぐに!」
「落ち着け」
自分よりも混乱している奴がいると冷静になれると今知った。
一先ず熱くなっているダットはウィンに抑えてもらって、私たちは話を再開させる。
「そんな自称人気者のヨイチは結局どうする気なんだ? 私たちにはお前を生かしておく理由があんまり無いんだけど」
「自称じゃねぇんだって。あー、えっと……そうだ、情報! なんでも話す!」
「話したお前が今度は仲間だった奴らから命を狙われても私は助けないけど本当にいいんだな?」
「いやだああ!!」
「めんどくさっ」
わっと泣き出した男に付き合っているのが面倒になって溜め息を吐いた私は、ならばとひとつ提案してみることにした。
「ヨイチの芸を見せてよ。うちにも芸を売る仲間がいるし、私も良し悪しくらいは判断ができる。その人気者って言葉に嘘が無さそうだったら確かに始末するのは惜しい」
そう言った途端のことだ。ピタリと泣き止んだ男の顔付きが明らかに変わったのがわかった。私に向けられたのは、何かを誤魔化すわけでもない真っ直ぐな自信に満ち溢れた輝く目。
「——言ったな?」
自信満々に口元を吊り上げて笑ったその男は、出会ってから初めて私の興味を引いた。
「とはいえ芸に使う道具はそこの怖い奴にほとんど捨てられちまったから今できることは少ないんだけど……よっと」
座った状態から急に逆立ちしたヨイチはひょいと軽やかに飛んで、私たちから少しだけ離れたところに足を付く。そうして片手を体の前に回し優雅に一礼した姿は確かに手慣れたものがあった。
「それではひとつ、ご覧にいれましょう!」
次の瞬間にはヨイチの手の中に私の拳ほどの球が四つ現れた。いつの間に——というか、今道具はウィンにほとんど捨てられたとか言わなかったか。いったいどこに隠し持っていたのやら。
なんとなくウィンの様子が気になって視線を向けてみると、物凄く不機嫌そうな顔になっていた。ああ、気付かなかったんだな。今はそっとしておこう。
ヨイチは手に持っていた球を上に投げて反対の手で受け止めた。それを四つの球で連続して行うと手元でくるくると円を描いて見える。
手元は忙しない動きなのに全く難しそうに見えないのは、やっている本人が涼しい顔をしているからだ。ほいっほいっと掛け声なんかも聞こえてきて、何だか凄く楽しそう。
そうしているうちに私たちの足元に別の球がころころと転がってきた。
「誰でも良いぜ、投げてくれ! 全部受け止めて回してやるよ!」
「投げていいの?」
「優しくだぞ優しく!」
本気で慌てる様子に思わずクスリと笑う。喧しい奴と思っていたが、彼の芸にはそのよく回る口が一役買っているらしい。球を空中で回すだけの芸が何故か面白おかしくなっているのはそのせいだろう。
四つから五つ。五つから六つ。その後も転がってきた球を拾った奴がそれを投げて、私が最後のひとつを投げ込めば全部で十の球を使った大きな円が描かれる。
「ほいほいっと、まだまだいけるぜー!」
「もう無いよー」
「げっ、まじか! そんじゃあ仕方ねぇか、っと!」
くるくると回っていた球が手の中に吸い込まれるように落ちていく。それが少し寂しく思うのは、この短い時間を私が楽しく感じたからなのだろう。
最後にまた一礼して締め括ったヨイチは、少し悔しそうな顔だったけれど。
「あーもっと道具があればなー!」
「商売道具だったんだろ? それくらいは後で弁償するよ」
「えっ! ってことは合格!? 俺、生き残れた!?」
やったぁと素直にはしゃぐ男に周りで仲間たちも声をかけている。その表情は明るく——若干二名は難しい顔をしているが、ともかく誰からも反論は出てこないのでヨイチは無事に私たちから生を勝ち取ったのである。
「あっ、でも情報は喋ってもらうけどね?」
「やっぱり悪魔だろあんた……」
こうして君主についての情報源も得て、なかなかに面白いものも見れて、顔色の悪いヨイチとは裏腹にこの時の私はかなり上機嫌だった。




