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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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三十三、秋の将



 縁側のある木造家屋の宿はシンディたちと別れた場所から緩い坂道を登った先にひっそりと立っていた。


 周囲を囲むもみじの木。広くはないが手入れの行き届いた庭。かき集められ山になった落ち葉は宿の管理人によると芋を焼いて食べることができるという。

 そのため宿を取った私たちは管理人立会いの元早速落ち葉の山に火を入れて芋を焼き始めたのである。


 思えばトウコクに来てから食べてばかりの日々が続いている。食い意地が張っていると言われればそうなのかもしれないが、観光とはこういうものだろうと勝手に納得して私は焼き芋を満足するまで食べ続けた。最高だったとだけ言っておこう。



「はふ、人間の食べ物は実に美味でございまする。お主が人型を保ちたくなる気持ちも理解できました」


「そうだろう。人の味覚は魔物と違って繊細だ。俺も人型の方が飯は美味い」


「やっぱりそうだったんだ」



 落ち葉が燃え尽きた頃にやっと出てきたコハクは、最後に残った焼き芋をちまちまと食べながら宿の縁側で静かな時間を堪能しているようだった。今は近くに管理人もおらず、敵の気配も魔力の感じないから危険は無いと判断したのだろう。


 人型のシロがやたらと物を食べたがる理由も判明したところで、庭の隅っこで絵を描いているルトの元からアズミとカルディスが戻ってきた。



「ルト殿の絵は素晴らしいですね。精巧な人物画も息遣いすら見えそうなほどに素敵ですが、風景画はなんだか絵から魔力を感じる気がします。彼の持つ特殊なペンも関係しているのでしょうか」


「さあ。それはあいつにしかわからないけど、そもそもルトは世界の見え方が私たちとは少し違うから。そのせいもあるんじゃないかな」


「それはどういった意味で?」


「本人に聞いてみればいいよ」



 話すかどうかはルトが決めることだ。彼は画家として私たちとは別の角度から世界を見ていることに違いはないのだし。アズミもルトが嫌がれば無理に聞き出そうとはしないだろう。



「それよりこの階層にも将って奴はいるんだろ? もしそいつも君主の命を受けて動いているとしたらそろそろ出てきてもおかしくないと思うんだけど」



 夏の将ギンジロウ。あいつは鎧武者の爺さんだった。ならば次はどんな奴が出てくるのか。戦う意志があるのなら私はいくらでも受けて立つのだけど。


 たくさん食べた後の満足感に浸りながら欠伸を交えつつ、なんとなくそんな問いを投げかけた私の横にアズミが腰掛ける。



「秋の将はギンジロウ殿とは真逆の青年です。戦いは好まない方と聞いています」


「それじゃあ戦闘にはならないかもしれないな」



 それならそれで構わないのだが、できれば対話に応じるように君主に伝えてほしいものである。アズミの問題はともかく、コハクの方は諦めてもらわなければ私は気持ちよく帝国へ向かうことすらできないのだから。


 呑気な私に渋い顔を見せたのはアズミの更に横に座ったカルディスだ。



「そいつは曲芸師だって話だ。手数の多さで言えばギンジロウより油断ならない奴だと俺は思う」


「曲芸師? それっていったいどんな——」


「あっ、いました! エルー!」



 不意に聞こえてきた声は少し前に別れたはずのシンディのものだった。宿の庭に姿を見せた彼女の横には何故かどんよりとした空気を纏ったダットがいて、その後ろからは何かを引きずって歩いているウィンの姿も見えてくる。


 枯れ草色の着物に焦茶色の襟巻きが見えた気がしたのでおそらく人だとは思うが、それにしても戻ってくるのが予想よりもだいぶ早い。だとするとウィンが引きずっているのは……。



「何者かは知らないが突然襲われて戻ってきた。俺は何もできなかったがシンディが気付いてくれて、この通りだ」


「邪魔されたんだな。まあ、あまり気を落とさなくていいと思うよ」



 なるほど。ダットが落ち込んでいる理由を理解して思わず苦笑いが浮かぶ。口には出さないけど、なんて運の無い男だろう。


 そんな私の前にやってきたウィンが意識の無い男を地面に転がす。こいつをどうしたらいいのかと言いたげな目を向けてくるのでどうやら生きてはいるらしい。



「てっきり私を狙ってくるものと思ってたけどそっちに行ったのか。アズミ、こいつが秋の将で間違いない?」


「は、はい。その方が秋の将、ヨイチ殿です。私もお会いするのは初めてなのですが……まさか、こんなにあっさりと……」



 アズミが驚くくらいにあっさりとやられた状態で出てきたヨイチという細身の男。

 その反応に違和感を覚えて咄嗟に私が剣に手を伸ばしたのは、多分本能だったんじゃないかと思う。


 

 ——ザンッ!



 逆手に持った剣を素早く縁側に突き立てた。相変わらず呑気に芋を食べていたコハクの目の前である。伸ばしていた手を咄嗟に引いたその男は引き攣った顔で私を見上げていて、次の瞬間には状況を理解したウィンよって再び取り押さえられていた。



「いってぇ! 痛い痛い! お、俺が悪かったってぇ!」


「手数が多くて油断ならない奴、ね。なるほど、こういうことか」


「折れる折れる! ちょっ、頼むからこいつどうにかして!?」



 男を取り押さえるウィンが珍しく気を荒立てている。油断していたわけではないとは思うが、気を失ったふりという小細工に関してはこのヨイチという男がウィンを上回った証拠だった。

 流石にこのままでは話もまともにできないと踏んで止めたけど、放っておいたら腕の一本や二本は折れていた気がする。


 コハクはと言えば食べかけの芋を残して再び姿を消していた。まったく、こっちもこっちで忙しない奴である。



「いやぁ、あのまま亀だけ掻っ攫って逃げればどうにかなるかと思ったんだけど俺には無理だったわ。やっぱり神って奴には手を出すべきじゃねぇな! ってなわけで大人しく退散するから許してください」


「そう悲観することはないと思うよ。私もそれなりに本気で刺したつもりだったんだけどまさか避けられるとは思わなかった。凄いと思うよ。いや本当に」


「待って待って、俺そんな凄い奴じゃないんだって! 戦いも得意じゃないし、あんたらには敵いもしないから! 謝るから逃して!」


「謝って許されたら罪人なんて存在しないんだよ」


「あ、悪魔かよ! あんた見た目によらず恐ろしい神だな!?」



 ヨイチはぎゃあぎゃあと喧しい奴だった。ウィンによって手足をロープで縛られ地面に転がされているというのに、いつまで経っても閉じない口に手拭いでも突っ込んでやろうかと思ったほどだ。流石に交渉しようとしている相手にそんなことはしないけど。



「お前を逃したら面倒な気がする。不意を付けばいけると思っているだろ。また同じことを繰り返すほどこっちも馬鹿じゃないんだよ」



 戦闘能力はまだ不明だが、少なくともウィンを小細工で上回れるだけの奴だ。他にどんな手札を隠しているかもわからない。ギンジロウとは違ってコハクが私たちと一緒にいるところも見られている。どう考えてもこいつから目を離すべきではない。


 とはいえ君主に取り次いでもらわなければ話も進まないわけで、私は少し考えた末にこの件は一先ずウィンに任せてみることにした。



「とりあえずこいつは人質ってことにしよう。ウィン、世話をよろしく。部下の志士隊を探し出して君主に取り次いでもらって」


「……わかった」


「うえぇ!? 俺この怖い奴と一緒!? 殺されない!?」


「それはお前次第だと思う」



 ヒィヒィと悲鳴を上げながらウィンにまたしても引きずられて宿の庭から出ていく男を見送って、私はまた縁側に深く腰掛け長く深いため息を吐いた。



「なんか、突風みたいな奴だったな……あっ、縁側に穴開けたの弁償しなきゃいけないかな?」


「ヨイチ殿に付けておけば良いかと」


「それもそうだな」



 と、ようやく落ち着いたところで皆が胸を撫で下ろす。

 

 あんな感じの将があと二人はいるのかと思うと少し憂鬱な気分になるけれど、それは今考えても仕方のないことと割り切って私はコハクが残した焼き芋の欠片を口に放り込んだ。


 

 その後、この状況で再びダットを外に出すのは危険と判断し、そこからウィンが戻ってくるまでの数日を私たちはこの宿で過ごすことになった。



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