三十二、秋と芸術家
気を取り直して野営場で楽しく一晩を過ごした後、私たちは更に下層を目指して夏の階層を後にした。
季節を跨いだ移動にはやはり昇降機に乗る必要があるらしく、今回は私がそれを動かして進むこと約半刻。辿り着いた秋の階層にはそれはそれは綺麗に色付いた広葉樹が広がっていたのである。
「わぁ! 落ち葉が絨毯のようでとても綺麗ですよ!」
緩やかな下り坂に立ち並ぶ木々。その中を駆けていくシンディは、時折遊ぶようにその場でくるりと回転していて気分まで高揚していることが容易に伝わってくる。ベールや着物をふわりと広げて舞う踊り子は、鮮やかな秋の景色にはよく映えた。
そんな彼女の様子に見惚れる男がいるのもまあ、わからなくはない。
「秋の階層にはもちろん今までのような畑もありますが、それ以上にもみじや金木犀の木が多く植えられています。元が華やかなシンディ殿には秋の紅葉がよく似合いますね」
「へっ? ……あ、ああ。そうだな。ローサンティスも似た気候ではあるがこのように見事な紅葉が見られる場所はほとんど無い。この光景を見られただけでも来た甲斐があった気がするな」
ぼんやりとしていたところにアズミに声をかけられてダットは少し戸惑い気味だ。
それでもその視線は変わらずシンディを追っているものだから、私は少し呆れながらも彼の背中を軽く押す。
「どうせ数日はこの辺りに滞在するんだ。少し二人で散策してきたらどうだ? シンディが一緒なら危険も無いだろうし」
「えっ……あ、いや、いいのか!?」
「うん。私たちは近場の宿にでもいるよ。でも、何かあったらすぐに引き返してくるように」
ダットの身にもしものことがあれば大事だ。目を離すのはできるだけ避けたいところだが、私が側にいなくとも念の為ウィンに離れて見張っていてもらえばそれほど危険は無いと思っている。
夏の将と言われた爺さんも大した脅威ではなかったし、おそらくシンディを倒せる敵はこのトウコクにはほぼいない。
「そういうわけで、ウィンは離れて周囲の警戒に当たってやってくれ」
私の言葉にウィンが頷いたことでダットはわかりやすく浮き足立ってシンディの元へと駆けていく。それをゆったりと追いかける従者の背中を見送ってから残った私たちはアズミの案内で近場の宿へと向かうことになった。
ダットにはルトの転移の術式も持たせている。本当にどうしようもなくなったらそれを使って飛ぶだろう。行き先はもちろん私のところだ。だから今は素直に彼の恋路を応援しておくとしよう。
「あの男、従者まで連れてるところを見ると良いとこのお坊ちゃんなんだろ? そんな奴が他民族に入れ込むなんてことがあるんだな」
三人と別れて歩き出してすぐに口を開いたカルディスは、どこかダットに不安を抱えているように私には見えた。
カルディスはシンディを幼少期から知っている同郷の男である。そんな彼女が身分の高そうな男に好かれているとなれば心配になるのもわからなくもない……が、こちらは生憎ダットの身元も十分すぎるほどに知っているわけで。私は思わず苦笑する。
「まあ、ダットは世間知らずな奴だけどそこのところはちゃんと考えていると思うよ。逆にあいつがとにかく目立つからシンディくらい華やかな方が釣り合いが取れて良いんじゃない?」
とはいえこれは全てシンディがダットの気持ちに応えることがあれば、の話だが。私から見ても今はまだダットの片想いである。
「エルはあの男を相当買っているんだな。実力は大したこともなさそうだが……」
「人間は戦闘能力だけが全てじゃないよ。それにダットはどちらかと言えば魔術師だ」
それも、初見の相手ならばもしかすれば実力差のある相手にも勝てるかもしれない魔術師だ。魔物相手には効果がないという欠点はあれど、彼の魔術は油断ならないものであると私たちは知っている。
今はその使い所も無いせいで傍から見ればただのいいとこのお坊ちゃん止まりなのだろうけども。
納得のいっていなさそうなカルディスは感情が顔に出るからわかりやすくて良いのだが。その横でにこりと笑う男が少し厄介で困る。
「それにしてもエル殿の側には不思議な方が集まっていますよね。青藍の民であるシンディ殿に、エルフで画家のルト殿、ダット殿はローサンティスのお貴族様なのでしょうし、ウィン殿もおそらく訳あり……それに加えシロ殿やコハク殿は——」
「アズミ。詮索は無しって言っただろ」
「そうでしたね。申し訳ありません」
悪びれる様子もないところがまた。油断も隙もない奴だ。
ため息を吐いて視線を地面へと落とす。踏むとパリパリと鳴る落ち葉の感触が心地良い。赤や黄、橙に焦茶。色鮮やかな落ち葉が散らばった地面は先程シンディが言っていた通り絨毯のようだった。
肌に感じる風は優しく気温も夏よりは落ち着いていて、魔物の鳴き声なんかもどこからか聞こえてくる。ふと視線を上げれば、頭上は木の枝と葉の間から落ちる光でどこを見ても明るかった。それが不思議で思わず口を開く。
「ここは太陽の光も届いていないのに明るいんだな」
大穴を下ってから数日。夏の階層もそれなりに深かった。当然日光なんかは届いておらず周囲の壁の向こうは海である。そのはずなのに、ここはとても明るくて気候も穏やかだ。
「それは多分だけど、ダンジョンの内部と同じで発光する鉱物のおかげなんじゃないかな」
持ち上げた手のひらで差し込む木漏れ日を掬い上げながら、ルトは目を細めて私と同じように頭上を見上げている。なんだかその光景自体が絵画のようで私は思わず見入ってしまった。
「壁や天井に埋まった鉱物が更に砕けて空気中にも漂っているんだと思う。ダンジョンでなくとも深い遺跡とかでたまに見かける現象なんだ。……綺麗だよね」
「……ルト殿も負けてはいないかと」
「え? なんの話?」
見入っていたのは私だけではなかったようだ。
なんだか改めてルトの容姿の良さに気付いたというかなんというか。私なんかを観察していないで自分を描いた方が彼の絵も更に売れるんじゃないかと、そんなことを思ったほど。
何はともあれ、どうもうちの芸術家たちはこの秋の階層との適性が非常に高いらしい。
見ている分には目の保養になるから良いのだけど、また変な奴に目を付けられやしないかと少しだけ心配にはなるのだった。




