三十一、野営場に無粋者
ギンジロウと名乗った夏の将が大穴の底に消えてから間もなく私たちは宿を出て階層を更に下っていく。
夏の暑さはそのままに野菜畑や蕎麦畑、その他にも観賞用の花畑が階層ごとに広がる光景は見ていて楽しいものがあった。
途中、何度かギンジロウの部下と思わしき編み笠を被った連中に遭遇したけれど、彼らは魔物から畑を護る役割で階層中に散らばっていたようである。私やアズミの姿を見ても無闇矢鱈と手は出してはこなかったからギンジロウのあの行動はもしかしたら彼らには知らされてなかったのかもしれない。
しかしあいつが君主コウ様とやらの命を受けていたのは事実だ。だとするとその君主、かなりの横暴者と見た。
「アズミとカルディスは君主を知っているんだよね? 男とは聞いたけど実際どんな奴なんだ?」
「難しい質問ですね……ああ、いえ。言葉にするのは正直とても簡単なのです。ただ、あの方はほとんどお城からも出てきませんので姿を知る者が少ないと言いますか……」
「ここで口を開けば俺たちが話したのは一目瞭然ってわけだな。だから俺からはこう言わせてもらうぜ。——聞いてくれるな」
「機密情報ってわけね」
問題の君主の情報は二人からは聞き出せそうにない。コハクもおそらく例の力で姿を消してしまったので当然話せない。まあ、こっちも聞いたところで教えてはくれない気はするが。
「向こうから勝手に仕掛けて来るのだから待っていれば自ずとわかるだろうよ」
「それもそうだ」
追手を寄越して来ることはわかったのだし。シロの言う通りこのまま下層を目指して進んでいればその内向こうから追いついて来るはずだ。
そう確信できればあとは私たちのやることはひとつである。
「このままのんびりと観光しながら進もうか。帝国に行けばこんな時間も無いだろうし、今だけゆっくり楽しんでいたって罰は当たらないさ」
「先程のギンジロウ殿との戦いを見た後だとその言葉に頷けてしまうから不思議ですね」
「いや、あれは戦いにすらなってなかっただろ。正直この国にエルを止められる奴がいるとは俺は思わないな」
「お一人だけ、心当たりはありますけどね。でもあの方がエル殿を敵に回すとは考えられません。ですので私も安心して国を案内できますよ。——と、いうわけで」
アズミが次に私たちを案内してくれたのは、夏も終わりに差し掛かった階層に作られた場所。
奥には一軒の小さな家が立っていて、その前が畑の無い整地された広場になっている。端っこには石窯や簡易的な釜戸、側には滝。大人数が使える大きなテーブルに長椅子も幾つか。どう見ても野営場である。
「ここは新鮮な野菜や周囲の魔物を狩って自由に調理ができる場所です。宿としての側面もありますので泊まることも可能ですよ」
「えっ、もしかして野菜も魔物も取り放題?」
「はい。あっ、生態系を壊すような乱獲は無しですよ……?」
「わかってるって。よし、今日の宿は決まりだな」
私とシロは周囲で魔物を狩りに、シンディとダットとウィンには畑で野菜を収穫してきてもらい、ルトとアズミとカルディスには宿主への宿泊の許可取りの後調理の準備に入ってもらう。
あちこちに流れる滝には川の魔物も棲みついていて、魚にも困らず私とシロはあくまでも食べられる範囲内で大量の魔物を狩って戻った。
解体はシンディとカルディスで手分けしてやってくれたので、夜までには準備も整いこの日の夕食は稀に見る豪華さとなったのである。
そんな楽しいひと時の中に立ち入ってくる無粋者もいるわけで。
「……随分と甘く見られたものだ」
そんな声が聞こえた瞬間シンディとウィンが揃ってダットの前に出たのは流石だった。相手に敵意は感じなかったけれど、だからといって敵ではないとは言い切れないからな。二人の徹底ぶりは私には真似できないものがある。
私はと言えば串に刺さった魔物の肉と野菜を交互に食べながらその無粋者へと目だけを向けた。
夜の闇に紛れるような全身黒含めの人物だ。ギンジロウの鎧武者やアズミのような着物姿とはまた違う。動きやすそうな服装に顔を覆う黒い布。刀は腰ではなく背に担いでいる。声からして、若い男。
「我らはお前の敵にもならないか」
言いながらテーブルを挟んで私の目の前に男は立った。こちらを見下ろす目は酷く冷たい。
もぐもぐと口の中のものをしっかりと咀嚼してからごくりと飲み込んだ私は、特に何かを返すことも無く次の肉に齧り付いた。
「……まあいい。それよりもお前、連れていた亀はどこだ。あれはコウ様の飼い亀である。そいつが居なくなったことでコウ様は大層お怒りだ。今すぐに返せば罪に問うこともしない。この意味がわかるな?」
どう考えても脅しである。私がローサンティスでの地位ある肩書きを持つ者と知っての言葉であれば、これは私を通した国への脅しとも取れる。それだけこの国の君主にとってコハクという存在が大事なものである証拠。
しかし、まあ。黙っていても次から次へとベラベラと喋ってくれるから有り難い。今の言葉がどこまで事実かどうかはさておき、やはりコハクを追っているのも君主だったということか。
私は再度口の中のものを飲み込んで、今度こそ言葉を返すために口を開いた。
「亀? 知らないな。人違いじゃないか?」
「……お前、」
「それで、どうする気なんだ? てっきり力の差は思い知ったものかと」
コハクとの関係を惚けたところで既に知られているのだから意味はないことくらいわかる。けれど、真っ先に仕掛けてきた夏の将は私があっさりと退けて見せた。
こちらの力量は確かに伝わっているはずなのだ。ならばこの脅しにも意味がないことくらいわかるだろうに。
「……お前が卑怯にも亀の魔力を使っていることは明白だ」
「そうきたかぁ」
君主も君主なら部下も部下だ。
思わずため息を吐く私の姿がどうやら不快だったようで、敵意を露わにしたかと思えば男はそのまま最初に姿を現した闇の中へと消えていく。後悔しても遅い、とそんな言葉を言い残して。
「あの、今のはいったいなんだったのでしょうか?」
残された私たちの中で最初に言葉を発したのはシンディだ。今のやり取りがなんだったのかと聞かれたら正直私も返答に困るのだが、とりあえずひとつ言えることがあるとすれば。
「面倒な奴に絡まれたみたい……」
「申し訳ありません……」
アズミが謝ることじゃないとは思うけども。相手が彼の国の君主であることに違いはないので。一先ずその言葉は受け入れておくことにした。




