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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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二十九、昇降機に乗って



 移動は夜がいい。何が起きても住人を極力巻き込むことなく対処ができるから。その方が私も動きやすい。


 そんな希望にアズミも理解を示してくれたことで私たちはその日の夜まで各々時間を潰し、辺りが暗くなり例の火の玉が現れ始めた頃に行動を開始した。




 

 サオウ町を東に抜けた先はあちこちにダンジョンの入り口が顔を出した山道になっている。やはりそのどれもが下へと続く階段で、近くには小屋が立っていたのでしっかりと管理されているらしい。


 それから天然の川も多い。

 全てが南から北へと流れているようなのでそのまま海へと繋がっているのかと思ったが、耳を澄ましてみればどこからともなく聞こえてくる大量の水の音。こんな山の麓の陸地に滝かと呟けばアズミがどこか楽しげにクスリと笑う気配がした。



「サオウとユウオウの間の山道は北と南にそれぞれ大きく膨らんだ袋の口のように広がっています。その中は海底まで続く空洞で、南側には数多くの滝が存在するのです」


「陸地の内側に空洞……そこに滝って……それじゃあ水が溜まるだけじゃないか」


「そこが不思議なところなのです。滝の水は海底で海へと流れ出ています。けれど海からは海水は流入してこない。どうやら龍の餌場にある海流が堰き止めているようなのですよ」


「へぇ。あの厄介な海流はそういう役割もあったのか。そうなるとこの国はあの海流があるからこそ存在し続けられている気がしてくるな」



 陸地か海流か。果たしてどちらがこの国の本質と呼べるのだろう。そもそもどちらが先に生まれたものなのか。成り立ちから幻獣が関わった国というのは次から次へと疑問が湧いてくるから面白い。



 そうして夜も更けた頃。


 山道の一角に火の玉とは別の、魔力による明かりが見えてくる。入り口が大きく開いた木造の建物だ。中は複数置かれたランプのおかげで昼間のように明るくて、中央に鉄製の柵の付いた不思議な床があるだけで人影も無ければ大した物も少ない。



「これは……昇降機か?」


「はい。ご存知でしたか」



 本で見たことがある。ローサンティスでは鉱山なんかで使われているという、人や物を乗せて高低差のある場所を移動するための機械だ。

 あれは常駐する魔術師が重力付与の魔術を使って必要に応じて動かしているものだが、この国の住人はほとんどが魔術を使えるから昇降機は階層の移動手段として広く使われているのだとアズミは説明してくれた。設置場所もここだけではなく、国のあちこちにこういった施設が点在しているという。



「魔力を持つ方でしたらどなたでも動かせますよ」


「ならば今回は俺が動かしてもいいだろうか?」



 どこか楽しげに前に出たのはダットである。何が彼の興味を引いたのかはわからないが昇降機を使うのはこれが最後でも無さそうなので、最初は彼に譲ることにして私たちはアズミに促されて鉄製の柵の内側に集まった。



「それではダット殿、こちらの箱に手を翳してください。すぐに魔力を吸われる感覚があると思いますのでそれが消えるまでは離さずにいてくださいね」


「あ、ああ……!」



 ダットの後ろから首を伸ばして覗き込めば昇降機の角に当たる柵の内側には確かに箱状のものが取り付けられているのが見えた。

 そこに手が乗せられればすぐさま一瞬柔らかく発光する。ガコンと音がして床が動き出したのはその直後。昇降機はゆっくりと降下し私たちは下層へと下りていった。





 周りが海に囲まれているからか、風の流れが緩いからか、下りれば下りるほど肌に感じる湿度が高くなる気がする。


 火の玉は地上も地下も関係なく存在していた。それが光源になっているおかげで辺りは思っていたよりもしっかりと見えて、しばらく続いた鉄製の壁が無くなると目の前に現れた広大な景色に私たちは思わずといった様子でそれぞれが歓声を上げた。



 ここは中央が空洞になった袋状に広がる空間だ。川の水があちこちで滝となって底へと落ちていく。私たちが乗る昇降機は壁伝いに滝の裏を通って下りていくから、水越しに見える世界というのはなかなかに見応えがあった。



「不自然だ。ここは地下なのに壁には植物が自生している。もっと岩や土ばかりの素っ気ない空間かと思ってたよ」



 地下空間と言えば神殿の地下都市を思い出す。あの場所は魔吸鉱物と土が入り混じった大地を人為的にくり抜いたような構造をしていたけど、こちらは大昔にできた自然の大穴である。


 差し込む月明かりの中に鳥の魔物が数体羽ばたいているのが見えて、この中を飛び回るのは気持ち良さそうだなとなんとなく思った。落ち着いたらシロと飛んでみようか。



「この辺りは魔物が多いな。だが襲いかかって来ないところを見ると小物ばかりか」


「そ、それはどう考えてもお主がいるからでございまする。まさか彼奴らも……ついでにわしも、あのフェニックスがこの地に落ち立つなど夢にも思っていませんでした……」


「留まる理由が無くなったからな」



 そんなシロとコハクの会話は滝や昇降機の音に掻き消されて一番近くで聞いていた私の耳にしか届かなかったようだ。そのことに安堵しつつ、ふと柵から下を覗き込むと大穴の途中に壁から突き出した土地があってここにも田畑が広がっているのが目に入る。



「そろそろ最初の階層に到着しますよ。ここら一帯の季節は夏。この国の中でも特に田畑が多く、大半の野菜はこの階層で育てています。他よりも気温が高いのが特徴です」



 昼間ならば天からの日差しが届き、周囲を流れる滝の水飛沫によって水やりは半自動化されている。魔物が多いのは少々厄介だろうが、力のある者を配置しておけばそれも大した問題ではなくなるはずだ。


 なるほど、地形を活かした良い仕組みである。



「昼間の暑さのせいで住み着く者自体は少ないのですが、他の階層から働きに来る者が一番多いところでもあります。その為宿は多いので本日はそのどこかに宿泊しましょう」


「うん。宿は任せるよ」



 こうして昇降機は何事もなく夏の大地に到着して静止した。魔力の流れも止まったようで、箱から手を離したダットが何やら感動している間に私はさっさと地面に足をつく。

 


 夜にも関わらずじめじめと感じる湿気。薄らと浮かび始める汗に張り付く髪。確かにこれは住むには適さない場所に感じる。けれど。


 すぐ目の前に広がった広大な田畑は月明かりと飛び交う火の玉に照らされてとても不思議で幻想的な風景見えるから、私はその光景にしばらくの間見入っていた。



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