二十八、追われる者たち
桜並木を折り返して戻ってくると、何事もなく思い思いの時間を過ごしていたルトやシンディ、ダットとは別にウィンだけがなんとなく周囲を警戒するそぶりを見せていた。
とはいえ何か確信があるわけでもなさそうで、少し声を掛ければ「なんでもない」と一言返ってくるだけに留まる。この時私は久しぶりにウィンの声を聞いた気がした。
「コハク、ですか! 綺麗な名前でとても良いと思います! 改めてよろしくお願いしますね」
「は、はえ。名前とは不思議なものでございますね。なんだか胸の奥がこそばゆい感じがして落ち着きませぬ……」
「それは多分嬉しいって感情なんじゃないかな。自分だけの名前を誰かが呼んでくれるのは結構嬉しいものだよね。それは僕にもわかるよ」
小亀に名前を与えたことを説明すれば、ルトとシンディは早速コハクを囲んでわいわいと談笑を始める。その様子を見てようやく私は息を吐いて気を緩めた。
「何か仕掛けてくるかと思ったけど、そうはならなかったか……いったいあれは何者だったんだろう」
「さあ。どうにもこの国は邪魔な魔力が多過ぎる。俺が亜人を見失うとは……」
「コハクもそうだけどローサンティスとはどこか常識というか、根本的に魔力の扱い方みたいなのが違う気がするよね。その辺は慣れなのかな」
どうやら私が見失った魔力はシロでも追えなかったらしい。拗ねたように悔しがる姿は新鮮でついわしゃわしゃと撫で回したくなるのだけど、人型の今は流石に自重しておくとしよう。
それにしても魔力を全く感じないコハクに、魔力を消せる……ように見えた亜人、か。この国の者であるアズミや船の船員たちはそういった術を使わなかったから広く知られたものではないとは思うのだけど実際のところはわからない。
こればかりは考えるより聞いた方が早いかと私は何やら難しい顔で話し込んでいるアズミとカルディスに声をかけた。
「己の魔力を消す魔術、ですか?」
「魔術かどうかはわからない。でもそう見えたのは確かなんだ。心当たりがあれば教えてほしいなって……というか何か問題ごとか?」
「いえ…………いや、はい。エル殿の質問にも関わっているかもしれないのでお伝えした方が良さそうですね」
そうして二人が話して聞かせてくれたのはこの国の王にも関わる噂だった。
「トウコクの君主はコウ様と呼ばれる男性です。そしてその下には各階層を任されている将と、更にその下に志士隊と名高い侍集団がいるのです」
「実はその志士隊とは俺たちも何度かやり合う事があってな。要するに、そこそこ目を付けられている」
「彼らは基本的に国の治安維持を担っている組織ですが、その裏で君主の命であればどんな残虐なことでも引き受けます。そのための隠密魔術を編み出しているとの噂は常に絶えません。魔力を消すような魔術を使っていてもおかしくはないのではないかと」
「……ちょっと待ってくれ」
コハクもそうだがアズミたちも相変わらず秘密が多くて困る。
つまりなんだ。コハクを追っている奴らはアズミたちも敵対しているその志士隊かもしれないって?
敵が共通しているのはわかりやすくていいが、この場合元を辿れば国の君主との争いになるのではないだろうか。厄介どころの話ではない。
「お前たちはなんでその志士隊とやり合っているんだよ。いち貿易商に国の組織と敵対する理由なんかないだろ……」
「思想の違いというやつです」
にこりと笑うアズミには悪びれる様子は一切無い。自分の野望に一直線な奴だから敵も多そうだとは思っていたが、まさかその中に国の組織がいたとは。思わず深いため息を吐いて私は半目で男を見る。
「商売や渡航についてはしっかりと許可されているのですよ? 彼らが黙認できないのは私が特級を目指しているという一点のみなのです」
「なるほど。危惧しているのはやっぱり人材の流出か。特級は言うなれば、どこへでも行ける権利だから」
「ええ。この国の偉い方々は昔から人を縛り付けたがる。こちらからしてみればどこまでも付き纏う厄介な呪いのようですよ」
伏せられる瞼に微かに口元に浮かぶ笑み。それを見てなんとなくだがアズミが特級という自由を求める理由がわかった気がした。
「——と、そういうわけで私がエル殿と行動を共にしていることが志士隊に露見したかもしれないと思っていたところでして。でも、私よりも重要そうなコハク殿がいてくださって助かりました」
いや、流石に少しは悪びれる様子を見せてくれてもいいんだけどな?
しかしだとすると、あの亜人の気配はアズミを追ってきた志士隊のものだった可能性もあるということか。ついでにそいつらは君主の命でコハクを追っているかもしれない、と。
「どうして毎回国の偉い奴らと争うことになるのかね……まあ、関わってしまったものは仕方ないか……」
ふう、とひとつ息を吐いて私はみんなを見渡した。
この国をもっとじっくり観光したい気持ちはあるが、こうも追われている奴らがいると同じ場所に長居するのは危険である。ならば移動しながら敵が出てくるのを待つ方が手っ取り早い。
幸いトウコクは地下に深く、下層に行くほど狭くなる特殊な国という。追手を誘き出すには適した地形と言えなくもない。この面子であれば逃げ場が無くなるのも大した問題ではないだろうし。
「せっかくだから地下の方に行けたらと思っているんだけど、どうかな」
地下へ向かえばもしかしたらどこかで知識の精霊ラグーンとも出会えるかもしれない。そっちはそっちで聞きたいこともあるので是非会っておきたいものである。
「僕も行ってみたいかな。階層ごとに季節が違うって言うし、きっといろんな景色が見られると思うんだ」
そんなルトの言葉に怖いと震えるコハク以外は全員が同意して、こうして私たちはコハクを宥めながらこの国の地下へと潜っていくことになる。




