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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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二十六、新たな情報源



 その後、それぞれが着替えを済ませた頃に宿の者が部屋まで朝食を運んできてくれたので、私たちは四角い大きなテーブルを囲んで食事をしながら小亀を問いただすことにした。

 シンディから離れなくなった小亀は恐怖からか常に小刻みに震えていて、これがシロと同じ幻獣なのかと言われると首を傾げたくなってしまう。まぁ、幻獣と呼ばれる所以は強さではないのだけど。


 

「それで、結局お前は何。なんであんなところにいたの。そもそもどうやって入ったんだ」



 私が声を掛ければ喚かないまでもそいつはぽろぽろと涙を流し始める。なんだか虐めているみたいでやり難さは感じるが、これを聞かないわけにもいかず仕方なく黙って返答を待つことにした。

 

 そうして待っていれば小亀はチラリとシンディを見上げて彼女の頷きを見てからおずおずと口を開く。この短時間で随分と懐いたな?



「わしは……そ、その……詳しくは、言えなくて……けれど昨夜、つ、強そうな女子(おなご)をお見かけしましたので、えっと、く、くっ付いて、きてしまいました…………」


「昨日の夜? くっ付いてって……もしかして私に?」


「は、はえ。今のわしは訳あって空気のようなものでして……人の内側にも容易に入れますれば……」


「待って。ちょっと整理させて」



 思わず話を止めて考え込んでしまう。

 

 こいつの言っていることが本当ならば私は自分でも気付かないうちに他者に体内へ入られたということだ。理屈はよくわからないが、しかし今朝の夢で相手の記憶を垣間見たことを思えば少なくとも小亀の魔力が私の中に入ったことだけは事実である。

 悪意は無さそうだから良かったものの、これが私やシロを狙う敵だったらと考えると流石に肝が冷えるものだ。とはいえ。



「今回は気が付かなかった私が悪い、か。新しい土地に気が緩みすぎていたみたいだな。シロも一緒だったから油断してた——もう二度と勝手なことはさせないから」


「ぴえぇ……この女子、怖すぎまする……」


「ああ、わかるぞ。エルは怖い」



 震える小亀に同意したダットは私と目を合わせることもなく手元の椀に口を付けている。それを横目で睨みつつ、私は話を元に戻すことにした。



「お前を触った感触は確かにあった。でも魔物のくせに魔力は全く感じない。その空気のようなものっていうのはいったいどういう状態なの?」


「あっ、それはその……い、言えませぬ……!」


「じゃあ何が目的で私にくっ付いてきたの?」


「え、えっと……見たこともないほど莫大な魔力が見えたもので……きっとお強いに違いない、と……」


「もしかして何かに追われてる? 私を隠れ蓑にしようとしてない?」


「そそそそんなことは! あ、あり……ありませぬ…………」


「嘘だね」


「うぅぅ……」



 図星だな。


 反論できなくなった小亀がテーブルの上をとぼとぼと移動してシンディの側に寄っていくのを見ながら考える。


 自分のことは話せない。強い者を隠れ蓑にしようとしている。現状何かに追われているけれど、こいつ自身は一先ず私たちへの悪意は持っていないらしい。

 

 何に追われているのかを聞いてもこの様子だと言えないで通されそうだ。なんて厄介な。



「あ、あの。皆さん驚かれていないようですが、私たちからすれば魔物と思われる個体が人の言葉を話していることが不気味で仕方ないのですが……亜人というわけでもなさそうですし……」



 そう言ったのは戸惑いを隠せない様子のアズミである。よく見ればその隣にいるカルディスまで小亀を警戒しているようで、飯を食べながらも彼の意識は完全にシンディの手元へと向けられていた。


 そこでようやく気付く。そういえば魔物というものはごく一部を除き人との意思の疎通は図れない生物だったなと。

 私たちはシロという例外が常に側にいるせいで驚きはしてもそこまでの違和感を覚えなかった。しかし今不機嫌そうに無言で朝食を食べている人型のシロが幻獣だと知らないアズミやカルディスからしたら魔物が人の言葉を話している現状がもう不自然極まりないはずで、二人の警戒は最もだ。


 小亀は説明する気も無さそうだし、どこまで伝えるべきかと一瞬悩んだ私の横で何気なく口を開いたのはルトだった。



「僕は何度か人の言葉を話す魔物に出会ったことがあるよ。一定の知能を持っている個体は人を見て学ぶことがあるみたいだね。確かに珍しいけど、世界で見れば結構いると思うなぁ」


「なるほど、世界は広いですね。私も国を跨いだ商売をしている身ではありますがルト殿に比べたらまだまだ勉強不足を痛感します」


「あはは、これでもキミたちよりは長生きしているからね」



 数千年を生きるというエルフの中ではルトもまだ若い部類だろうが旅をしていた期間があるからか、彼の知識には助けられることも多い。今回もおかげで説明する手間が省けたなと私は改めて小亀に目を向ける。


 この小亀と例のお伽話の魔物や幻獣双亀との関連は今のところわからない。けれど明らかに訳有りなこいつをこのまま側に置いていてもいいものか。放置していたら思いもよらない厄介事に巻き込まれやしないだろうか。

 私たちの一先ずの目的はあくまでも帝国への航路を知ることで、もしそれに支障が出るのなら今すぐにでもこいつは追い出すべきだとすら思う。


 しかし、例えばこいつが私たちの求める情報を持っていたとしたら?



「……ちょっと聞きたいんだけど、帝国は知ってる? ここからだと海を超えた先の北西に位置する場所だと思うんだけど」


「は、はえ。わかります。姉様(あねさま)がそちらにおります故、方角はしっかりと」


「姉様?」


「え、えっと。わしの……その、片割れにございまする。お主よりも怖いです……」



 しゅんと首を落とした小亀の口から片割れの存在が出たことでこいつの正体はほとんど判明したようなものなのだが、今はそれよりも。



「それじゃあ行き方は? お前、帝国への航路も知っているんじゃないか?」


「航路ですか? はて。龍を伸ばすことならわしにもできまするが……」


「龍を伸ばす?」


「——ハッ! これは言ってはならないことでした! はわわ、お忘れくださいませー!」



 魚のヒレのような手足をパタパタさせて慌てた様子を見せる小亀に私は確信する。

 やはりこいつは少なくとも幻獣双亀と関わりのある存在で、見た目や話し方の幼さとは裏腹に多くの知識を有している。その中に帝国への行き方もあるのなら取引きの相手にはなり得るということだ。


 この国の王とは関わりもなく、ラグーンにも出会えるかわからない今、この情報源はかなり有り難い。



「もし、その情報を聞かせてくれるのなら隠れ蓑になってもいいって言ったら教えてくれる?」


「……はえ?」



 箸を置いて姿勢を正し小亀の方へと体ごと向けて座れば、咄嗟にシンディの手元に隠れたそいつの首だけが私からは見えた。



「私たちは帝国へ行きたいんだ。でもトウコクから北の海の情報は極端に少なくて安全な航路がわからない。だから手っ取り早くお前が教えてくれるのなら、私はお前の願いを聞いてもいいと思ってる。取引きと言えばわかるだろう?」


「取引き……?」


「ん? 取引きがわからない?」


「え、えっと。言葉はわかりまする。しかし人と魔物は昔から殺し奪い合うものですから……お主のように対話を選ぼうとする者は初めてでございまして……」


「なんだその一昔前のような殺伐とした価値観は」



 確かに最初の魔術師の一人であるロキル・アンティが生きていた頃はそれが普通だったかもしれない。多くの人は魔物を魔力という資源と捉え、その命を消費してきた確かな歴史が存在する。魔物にとっても人は食料の一種でしかなかっただろうし、お互い様と言えばそこまでではあるのだけど。


 人の考えは昔とは違う。今の魔術が魔物の犠牲を伴わずに発動できるのがいい証拠だ。そして自ら人を知ろうとする魔物だっている時代。こうして言葉が通じるのならば無駄な争いをする必要がどこにある。



「価値ある情報には相応の対価を払う。その逆も然り。相手が人だろうが魔物だろうが私の考えは変わらないよ」


「……ぴ、ぴええぇぇぇ!」


「なんで泣いた!?」



 なんだか振り回されている気がしてならないが、その泣き声の中に「取引きしまする!」の音が混じっていたので、一先ずはこれ以上責めるようなことを言うのはやめておいた。


 

 この先で小亀を中心とした想像以上の大事が待ち受けていることなど、この時の私には知る由もない。



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