二十四、双子の魔物
アズミに案内された食事処で美味しい食事にみんなが盛り上がっているのを見ながらも、私が頭の中で考えていたのは別のこと。もちろん先程聞いた建国のお伽話についてである。なんとなくあの後アズミに直接質問することができないまま食事処に到着してしまったので、湧いてくる疑問を投げる機会を失った状態だった。
「この、ええっと、箸でしたっけ。エルは上手に使えるのですね。流石です!」
「外から来る方にはよく難しいと言われるのですが本当にエル殿は上手いですね。どこかで使ったことがあるのですか?」
「箸? いや、なんだこれ」
どこか上の空でいたからか出されたお膳にあった二本の棒を無意識に持ち、それで食べ物を摘んで口に運んでいた事実に自分で驚くことになった。首を傾げる私の様子に言葉をかけてくれたシンディやアズミもポカンと間抜けな表情を浮かべている。
「多分、本か何かで見たことがあったんだな」
咄嗟にそんな言い訳めいた言葉が口をついて出たのは箸を持った自分の手をどこか懐かしく思ったからだ。この覚えのない既視感は今までにも何度かあったもので、おそらく前の人生で見たり経験したりしていた物なのだろうと私は思っている。
とはいえ確証も無いのでわざわざ口に出して言う程のものでもない。どこかで見たはずと言っておくのが無難である。
「それよりもこの山菜の天ぷらは美味しいな。ここ数日海の魔物ばかりを食べていたから逆に新鮮な気分だよ」
「俺もアズミと海に出た後はここの飯が食いたくなるからその気持ちはよくわかる」
そう言ったカルディスは自分の顔よりも大きな器に入った山菜の天ぷらを豪快に齧り、その器の底に敷かれた白い米をかき込んでいる。見慣れない食べ物のはずなのに目が離せなくなるのはやはりこの既視感のせいだろう。
こう何度も立て続けに感じると、もしかしたら私の人格を作っているこの精神の持ち主はトウコクに似た場所で生まれ育った人間なのかもしれない。
ちなみに私が注文したのは天ぷら蕎麦というやつだ。見覚えはないのに食べてみるとこれがまた懐かしくて訳もわからず感動してしまった。トウコクには美味しいものが多いとは聞いていたけれど、この時ばかりは他のみんなとは違った感想を私だけが抱いていたと思う。
夜も深まり食事が終われば宿へと戻ることになる。
けれど私は他のみんなを先に宿に帰して、シロと二人で食事処の側にあった田畑を眺めながら軽く散策していた。考えたいこともシロに聞きたいこともたくさんあったから。
この辺りも数多く飛び交う火の玉のおかげで視界は明るく月明かりもあって歩くのに支障は全く無かった。
「火の玉も気になるけど、まずはあの話かな」
「建国のお伽話とやらか」
「うん。私からしたらそもそも魔物に双子という概念があるのかが疑問だよ。エラの記憶にもそんな魔物はいない。シロはどう?」
「ふむ」
軽く握った拳を口元に当てる子供らしくない仕草で考え込んだシロは、少しして何かに思い至ったのか「そういえば」と話し出した。
それはシロと同じ、幻獣と呼ばれる魔物の話。
「陸と海に分かれたと言えば双亀の奴がいたな」
「双亀……ってことは、亀? もしかして幻獣の?」
亀と言われれば私にも思い当たるものがある。
昔々、国一つを滅ぼしかけた大地震を引き起こしたという大地に眠る大亀の話。これは現代にも伝わる幻獣の逸話のひとつである。その他に亀を思い起こさせるものは無かったと思うけど、それとは別に海と言えばもうひとつ。
かつてこの世界に海を作り出した存在は今も広い海のどこかで大地を飲み込むその時を待っているとかなんとか。そんな逸話もあったはずだ。例のお伽話と海の幻獣の逸話が同じものなのかは今のところわからないけれど。
「魔物は同じ魔力溜まりから発生した別個体を同族のように感じるものだ。だがあの双亀は一個体が二つに分かれた存在だった。人から見たら双子に見えたとしてもおかしくはない」
「でももしその片方がお伽話の魔物ならもう殺されているってことなんじゃないの?」
「逸話が残るような奴が殺された程度で死ぬはずがない」
「……確かに」
言われてみれば目の前の幻獣フェニックスだって大昔から何度も転生を繰り返している存在だった。それこそ呪いを解くために死すらも選ぶ、人間とは価値観の違う存在だ。
「え、それじゃあまさかこの国のどこかに幻獣双亀の片割れが今もいるかもしれないってこと?」
「さぁな。魔力も気配も感じないからなんとも。しかしあの火の玉に宿った憎悪は本物だった。近くに元凶が潜んでいてもおかしくはない」
「うわぁそっか、シロ以外の幻獣か。それはちょっと興味あるな!」
「……おい」
本にも大した情報が載っていない、逸話が独り歩きしている魔物たち。それが幻獣だ。シロに出会えたのだって奇跡のようなものなのにここに来て更なる幻獣に出会える可能性があるだなんて。これが興奮せずにいられるものか。
思わず緩む頬もそのままに、軽く跳ねながら進む私にシロのため息混じりの声が届く。もちろん相手が危険なことくらいはわかっているさ。十分注意して臨むとも。
「火の玉に関しても安易に近付いたのは迂闊だったぞ。あれには他者を惑わす力がある。町の連中が避けているのは良い判断だ。いつの時代も憎悪というものは厄介だな」
「攻撃力は無いって話だったけど結構危険なものなんだね。町では教訓が生かされているのかな」
お伽話を信じている者は少ないとアズミは言っていたけれど、あの話から感じる静かな恐ろしさは確かにこの国の住民の間に根付いているのかもしれない。
「けど、迂闊と言うならシロもだぞ。拾い食いは危ないからやめなさい。何も考えずにものを言うのもだ。人ってやつは何を仕出かしてくるかわからないよ」
「む……」
眉間に皺を寄せて口を尖らせたシロは魔物の姿でいるよりも人型の方が感情豊かに見えるから不思議である。そんな様子が少しおかしくて小さく笑ってから私はまたシロの手を取った。
「そろそろ宿に戻ろう。アズミの奴が変に勘ぐり出しても面倒だ」
あの男はきっと私たちには言えない秘密をまだ抱えている。表面上は常に穏やかで笑顔を絶やさないくせに心では全く笑っていないことくらいこれだけ側で見ていればわかるものだ。あいつの本性はどちらかと言えば舵輪を握っている時の方に近いはずだと今の私は思っている。
しかし帝国への航路についても双亀や火の玉についても、わかっていないことが多いのが現状だ。今日はまだこの国に到着したばかりであるし、もう少し気楽に楽しみたいという思いもある。だからまだしばらくは様子見としよう。
こうして私とシロは仲間たちの待つ宿へと戻る道を歩き出した。今の会話を物陰からこっそりと聞いていた者がいたことには最後まで気付かないまま。




