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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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二十二、装いも新たに



 反物が多く並べられている売り場から引き戸一枚を経て繋がる奥の工房は、敷き詰められた畳に道具箱が置かれたちゃぶ台がひとつあるだけの落ち着いた部屋だった。

 

 中に入ってすぐに右手を見ると閉じられた襖が目に入ったのでどうやらこの隣には更にもう一部屋存在しているようだ。ツルは先に男性陣を呼ぶと、ルト、ダット、ウィンの三人を連れてその襖の部屋に入っていく。


 そして待つこと四半刻ほど。出てきた三人は見事に要望通りに出来上がった着物を身に纏っていた。見慣れない姿に思わず「おおっ」と声が漏れる。



「こほん。それではお一人ずつご説明させていただきます」


 店内では凛とした雰囲気を崩さなかったツルが、落ち着かない様子で自分の格好を見下ろしているルトの側に膝を折り畳んで腰を下ろす。そこからは彼女の独壇場だった。



「まずはルト様のお着物でございますが、森を連想させるエルフ種とのことで落ち着いた深いお色のものに植物を模した柄物の羽織を合わせております。この羽織はあえて袖から腕を抜いて肩にかけていただくのがわたくしのお勧めでございます。名付けて、秋の陽に焦がれる若木!」


「名付けて……?」


 

 カッと目を開いて急に何を言い出すかと思えば、どうやらツルは客を一種の作品のように見立てているらしい。思わず聞き返してしまったけれどそれに返答は無くて、彼女の解説はそのまま続いていく。



「お次はダット様です。彼はやはり金色混じりの長い赤毛が目を引きますから、合わせるのが良いかと思いまして羽織には赤を取り入れました。お着物は白、動き易さを重視して下には黒のもんぺを。こちらはわたくしの勧めで黒の襟巻きを追加しております。名付けて、地上に降り立った太陽の巫(かんなぎ)!」


「アズミ、巫って何?」


「この国ではラグーン様の側近を巫と呼んでいます。つまり、神にお仕えする者のことですね」



 なるほど、と私が呟いている間にも次の解説は始まっていく。



「最後にウィン様。物静かなその在り方はまさに湖の如く。表面上は穏やに、けれど底知れない何かを内包している気配を感じます。お任せしてくださるとのことでしたので彼のお着物はほぼほぼわたくしのご提案させていただいたものです。水紋柄の淡い青のお着物に黒の袴、合わせる羽織は深い青。名付けて、光を仰ぐ水底の剣!」


「剣ねぇ……」



 言い得て妙。ダットの従者になってからというもの口数の極端に減ったウィンはおそらく何か目的があってここにいるのだと思う。おおかた彼の想い人であった前の主人絡みだろう。従者としてダットを護る気はあるようなので今の所放置しているが今後の様子は注視していく必要がありそうだ。

 仲間たちの新たな装いに感激しているシンディに免じてこの場では様子を窺う程度に留めておくが、いつ牙を向くかわからない存在であることに違いはない。


 

 こうして三人の解説が終われば次は私たちの番である。笑顔のツルに促されて襖の向こうに立ち入った私とシロ、それからシンディの三人はたっぷり半刻をかけて着替えをすることになった。

 

 着方のわからない服なんて初めてだ。そのためツルだけではなく婆さんにも手を借りながらやっとの思いで終わらせた頃には私の気力は限界だった。

 まさか着物がこんなにも手間のかかる物だったなんて。どちらかと言うと着物よりもそれに付属する小物や化粧、髪の方が時間がかかった気もするが。



「おお……!」



 襖の部屋から出るとシンディを見たダットの歓声が真っ先に耳に入ってきた。その見栄えの良さに私も感心したくらいだ。ダットの気持ちはよくわかる。



「それでは、まずはシンディ様のお着物からご説明させていただきます」



 そうしてツルによる例の解説が始まっていく。



「彼女を言葉で表すならばまさに華にございましょう。武人としてそして舞手としての動きを阻害しないようお袖は短く、帯から上は緩く着崩していただいております。こちらは上下が繋がった構造のお着物でしてお色は白から青への鮮やかな切り替わりが特徴です。袴部分は御御足の美しさを見せるために大胆に切れ込みを入れました。長いお髪は束ねて華やかな花飾りを。ベールとやらは羽衣のようにお持ちのものを流用しています。名付けて、夜闇すら照らす華の舞姫!」


「うむ、見事!」


「恐れ入ります」



 とにかく上機嫌なダットとツルはシンディの評価においてはなかなかに相性が良い。更に細かな装飾や化粧についても言葉を交わす姿は今日一番に生き生きとして見える。

 褒められ続けて照れるシンディ本人もこの着物はかなり気に入ったようで輝く笑顔は眩しいくらいだった。


 そして私たちの番がやってくる。



「エル様とシロ様のお着物は対になっておりますので共に説明を致しますね」


「う、うん。お願いします……」



 向けられた屈託のない笑顔に一瞬怯みつつ、私は大人しくシロの横に立った。



「お二人は言うなれば双子の天使。可愛らしく、けれどどなたよりも活発な方々とのことでしたので、お着物も動きやすさを重視したものとなっております」



 天使かぁ。この場合は褒め言葉として使われているのだろうが、実際の天使を知っていると少し複雑な気分になるのは仕方がないと思う。


 しかしなんだろう、この物凄い羞恥感は。



「二枚重ねのお着物は内側を落ち着いた紅色に統一し、外側をエル様が淡い青、シロ様が淡い緑としました。腕を動かしやすいよう肩口は大きく開いてあります。袴は共に紺色の短い物を。その分足袋を長めにし、下駄ではなくここはあえてブーツを取り入れています。お髪はひとつに束ねて組紐で結び先程選ばれたかんざしを刺しました。これで元気いっぱい走り回っても問題ありません。名付けて、野に舞い降りた双子天使!」


「痒い……! なんだか全身を掻きむしりたい気分……!」



 どうしようもないむず痒さを覚える私に対して相変わらず他人事のように干物を齧り続けているシロ。そんな対照的な私たちの色違いの衣装を誰よりも喜んでいるのはシンディだ。両手を合わせて瞳を輝かせて今にも飛び跳ねそうな彼女には見慣れない衣装も既に馴染んでいるように見えるから凄い。



「皆さんお似合いですよ」

 

「着る物が変わるだけで別人みたいだな」



 当たり障りのない言葉を口にするアズミに対し明らかに私とシロを交互に見ながら感心しているカルディスは全員の着替えが済んだ頃に工房に入ってきた。彼らにとっては特に買い物も無い長い待ち時間だったろうにそれを全く感じさせない雰囲気には有り難く思う。


 

 その後しばらく感想を言い合ってから着替えて脱いだ服を収納袋に仕舞い込み、それを袴の紐に剣と共に括り付けて私は装いを新たにした仲間たちを再び見渡した。

 

 確かに着る物ひとつで漂う雰囲気はガラリと変わった。笑顔も会話も段違いに増えたし多少の気疲れはあれど心なしか気分は上向きだ。着替えをしながら着付けのやり方も説明してくれて一通りの手順も覚えられた。良い買い物をしたと素直に思う。



「——あら、外はもう夜ですのね」



 ふと、開いた工房の引き戸から売り場を見たツルの何気ない一言に、もうそんな時間かと私はシロの手を取った。



「着物は買えたし今日のところは宿に戻ろうか。それともこのまま食事に行く? 近場に食事処があればいいんだけど」


「そういえばお腹空いてきたなぁ。昼食はまだ船の上だったから船酔いも気になってあまり食べられなかったんだよね」



 と、お腹の辺りを摩るのはルトだ。確かに彼は今日だけでなく五日間の船の旅の最中はまともに食事ができていなかった。それはダットも同じらしく、こちらもどこか晴れやかな顔で食事に行こうと声を上げている。

 


「でしたら私の行きつけの食事処にご案内しましょう。トウコクならではの山菜や作物が堪能できますよ」


「アズミの紹介となるとまた何か特殊な部分がありそうだけど……まあ、とりあえず行ってみるか」



 多少金額は高くてもアズミは能力の価値を正しく判断できる奴だ。彼の紹介ならば間違いはないだろう。

 

 ならばこのまま向かおうかとツルと婆さんには礼を告げて呉服屋を後にした……のだけど。



 店を出た途端目に入ったのは、昼間から大きく様変わりした火の玉が飛び交う妖しげな夜の町並みで。そこでようやく私たちはこの国の本質を知ることとなる。



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