二十一、呉服屋の魔術工房
広い和室の宿を借り、一先ずは拠点を手に入れてから早々に私たちは全員揃って町に繰り出した。
まずやってきたのは呉服屋である。アズミの案内で訪れたその店はやはり二階建ての木造家屋の一階に入っていた。少しばかり人数の多い私たちが店に入ると、物腰の柔らかい婆さんと凛とした雰囲気を纏った若い女が快く迎えてくれて、軽く説明を受けた後にそれぞれの着物選びが始まっていく。
店の中に飾られているのは着物というよりは様々な色や柄の布で、それこそクランデアで見た布製品を取り扱っていた店を思い出した。一着の着物を作るのに必要な量であらかじめ用意されたもの、これをこのトウコクでは反物と言うらしい。
「エルにはやはり赤でしょうか。白いドレス姿は見たことがあるので今回は別の色に挑戦してみたいですね。ああ、でもこちらの淡い青というのも良い気がします。シロにも淡い色合いの方が似合うでしょうし……でもでも全く同じというのは芸がありませんよね……」
「シンディには踊り子の衣装にも使っている白いものが似合うのではないか。あれは装飾品も多いから着物は逆に落ち着いた物を……いや、あえて黒——もしくは紺の方が藍色の髪の美しさが引き立つか……」
並ぶ反物を前に己の世界に入ってしまったシンディとダットは一旦放っておいて、私はシロの手を引きながら店の中をゆっくりと見て回っていた。
反物とは別に見覚えのある布細工なんかも展示してあって見ているだけでも面白い。前に見たものはトウコクからの輸入品と聞いたから、その産地にやってきているという実感が今更ながらに湧いてくる。
あの時は自分には必要のないものと手に取ることすらしなかったけど、いざこの国の物を身につけようと決めると少なからず興味は出てくるものだな。シロに似合いそうな物を探すのは確かに少し楽しい気もする。
先程食べたみたらし団子とやらがお気に召したようで、シロも着替えを容認してくれたからこちらは選びたい放題である。これではシンディやダットと大して変わらないなと思いながら、見たことのない品物の説明を聞くために私は側にいた婆さんに声をかけた。
「これはかんざしと言って髪をまとめたり飾ったりするためのものでございます。ちょうど……ほら、あの子が今付けていますでしょう?」
言われて婆さんの視線の先を追うと、赤と黒の柄の入った白い着物を着た若い女が目に入る。凛とした雰囲気を纏ったもう一人の店員である。その女の長い黒髪は頭の後ろで綺麗にまとめられていて、そこには揺れ物の飾りの付いたかんざしが数本刺さっていた。動く度にシャランと微かに鳴るのが心地良い。
「なるほど……とはいえ揺れ物は戦う時に邪魔になるかもしれないから……あ、これなんかは良いかも。触れても問題ないか?」
「ええ。是非ともお手に取ってご覧くださいまし」
幾つも並んだかんざしの中から私が手に取ったのは、一本の金色の軸の先に花のような細工が入ったものだ。揺れ物は付いておらず思った通り持った感じも軽くて、これならば頭に付けていても大した違和感にはならないんじゃないかと思ったのである。
まるで興味のなさそうなシロの顔にそのかんざしを近付けてみると、派手ではないのに豪華な感じがとても良いなと感じてしまった。これは買っておかなければ。
「その細工の花は多分桜だね。あ、銀色のものもあるよ。エルにはこっちかな」
「え、私も?」
ルトに差し出された色違いのかんざしをつい凝視してしまう。
今のシロとは同じ顔をしているからまるで似合わないわけではないだろうが、自分がこれを付けている姿を想像するとなんだか違和感が凄い。しかし興味がないわけでもなくてシロとお揃いだと思うとなんとなく気分が良いのも事実。だから結局私はその二つの購入を決めたのだ。
それからがまた大変で。
かんざしに合う着物にしようとシンディが言い出したことで幾つかの反物を店員の手も借りながら体に巻いてみたり、更には帯や足袋、下駄といった小物も次々と運ばれてくるものだから正直私は目が回りそうだった。寸法が同じということでシロの分まで私の体に合わせて選んだから余計に。
終わった頃には流石に気分的に疲れていたけれど、終始楽しそうなシンディの様子を見ていたらこんな買い物もたまには良いのかもしれないなと思う。
そんな私たちの衣装選びに付き合ってくれた店員の若い女は名をツルと言うらしい。唇を飾る赤い紅と目元をくっきりとさせる化粧が印象的な女で、アズミとは知った仲なのか何度か気安く語り合う場面があった。
「——はい。それではこちらのご要望を元にお着物を作らせていただきます。一刻ほどお時間頂戴しますがよろしかったでしょうか?」
「むしろそんな短時間で六人分の着物が作れるものなのか?」
「ええ、こちらは呉服屋であり魔術工房でもありますので。代々受け継ぐ和裁の魔術にて短時間で仕上げるのが工房主であるわたくしの仕事です」
和裁の魔術とやらはどうやらこの店に限ったもののようで、そのため他の呉服屋よりも値段は少々高く設定していると言う。確かに一刻ほどで着物が手に入るのなら多少高くても金を払う価値はあるとは思うのだが、今回選んだ品物の合計金額を聞いたら一瞬耳を疑うような価格だったから流石に驚いた。
アズミの奴、何も言わずにこの店を紹介してくれたけど私たちが金を持っていないとは思わなかったのだろうか。実際魔物の素材の換金分やこの一年で請け負った依頼の報酬があるから払えない額ではないが、後で一言くらい文句を言うくらいは許される気がするよ。
というか、このトウコクとローサンティスの通貨が共通の価値で助かった。
「それでは、わたくしは奥で作業に入りますので——決して部屋の中を覗いてはいけませんよ?」
目を細めて薄らと笑ったツルはそうして店の奥の工房へと入っていった。
正直覗くなと言われると覗きたくなるのだけど私たちと共に残った婆さんの目もあったのでこの場は大人しくしていようと決めて、それから一刻の間は各々が好きなように時間を潰して過ごすことになった。
私は婆さんと並んでのんびりと世間話だ。
「トウコクでは町中の店が魔術工房になっているのは普通のことなのか?」
「はい。この国の職人はほとんどが魔術を使います。外から来ると驚かれるでしょう?」
「うん。私が生まれ育った国は貴族か冒険者の亜人くらいしか魔術は使えないから。町中で魔術を見かけることなんてそうそう無いよ」
ローサンティスの平民はそもそも魔力を持っていないから。服を作るのも、家畜を育てるのも、酒や香辛料を作るのだってある程度は教会の魔術師が担ってくれているけれど、それでも時間と手間がかかるのが普通だ。
それがこのトウコクでは当たり前のようにあちこちで魔術が使われているという。町の住人は王にゆかりのある者たちというわけでもないのに、魔力を持たない者を探す方が大変なくらいに魔術師で溢れている。
そんな国の技術や住人が他国に流出しないのはきっと国を囲む複雑な海流のおかげなのだろう。私たちも通ってきた龍の餌場と呼ばれる海域は航海士でない者が簡単に乗り越えられる場所ではないのだから。入るのも出るのも難しいこの国にわざわざやってくる無法者は少ない。
とても便利な国だ。
けれど、魔術に頼りきった生活が招くのは停滞だ。
現にこの国の技術はもう長い間変化がないのだと婆さんの話を聞いているだけでも伝わってきた。数百年間変わることなく受け継がれてきた魔術というものが良いのか悪いのかは私には判断できそうもない。
とりあえずこの国の住人たちが変化を望んでいないのならそれで良いんじゃないだろうかとは思う。私たちのように外から来た者からすればトウコクは物珍しいもので溢れかえっているように見えるのだから。
その後、婆さんが用意してくれた茶を口にしながら話をしているうちに一刻はあっという間に過ぎ去った。
不意に開いた奥の引き戸から現れたツルは、どこか清々しい顔で私たちを工房へと招き入れたのである。




