二十、新たな町を仲間たちと
港から多く行き来する人々とすれ違いながら道なりに歩くこと四半刻ほど。木材と細かい細工の入った金具、それから瓦屋根で造られた立派な門の検問所へと私たちは辿り着いた。
見たところ国に二つしかない港の片方に近い町というだけあって人の出入りはそれなりに多い。そのほとんどは荷車で品物を運ぶ商人だ。
アズミは検問官に顔を見せるなりすんなりと通されていたのでやはり一級航海士とやらは顔もよく知られているのだなと改めて感心する。共にいた私たちまで深く探られることもなかったから驚きだ。
「この町はサオウの港に近いことからサオウ町と呼ばれています。対する東の港はユウオウ、その近隣の町をユウオウ町と。この二つがトウコクの中では現在最も栄えている場所と言えますね」
町に入ると早速案内役として語り出したアズミの話を聞きながら辺りを見渡してみる。
広い道の両側に二階建ての木造家屋が向かい合わせに多く立ち並んだ町の造りだ。そのほとんどがおそらく一階が店、二階が住宅になっていて入り口部分はローサンティスで主流の開き戸ではなく引き戸である。
土地はやたらと起伏が目立ち、家屋を挟んだひとつ隣の道は一段下がったり上がったりしているなんて場所もあちこちに見られるからなんだか不思議な感覚だった。それに伴い坂道や階段も多い。まるで巨大な自然の階段に町が作られているかのよう。そのどこを見渡しても草木の緑や道端の花が色鮮やかで綺麗だった。
それ以外にも五感から得られる情報は多い。肌を撫でる柔らかい風、商人たちが客を呼び込む声、微かに感じる香ばしい香り、子供たちがはしゃいで駆けていく姿。賑やかで活気があって、クランデアの祭りとはまた違った華やかさがある気がする。正直見ているだけでも凄く楽しい。
そう思ったのは私だけではないようで、ルトやシンディも同じようにそれぞれ小さく歓声を上げながら町の様子を見渡していた。
「町の人たちが着ているのはアズミと同じ着物かな。建物もローサンティスとは違った造りをしているね。見たことのない植物もいっぱいだ。何よりこの景色が凄いや。もう少し下に行ったら町全体を見渡せるかい?」
「ええ。このサオウ町は南が高く、北が低くなっています。ここからもう少し北へ下りれば畑が広がっていて、そこならば見晴らしいも良いので町を見渡すことができます。更に先へ行けば名物の桜も見られますよ」
「桜ってルトが見たいと言っていた……確か、花が綺麗な木だったか?」
「うん! こんなに早く見られるなんて思ってなかったから嬉しいなぁ。エル、後で見に行ってみようよ」
いいな、と笑顔のルトを見上げて返せば今度は反対側からシンディが側にやってくる。見ればその目はきらきらと輝いていて、こちらも何か気になるものがあったことは一目で伝わってきた。
「エル。着物や装飾品のお店もたくさんあるみたいですよ。後で一緒に行きましょう。ディも着てみたいですし、エルもきっと似合うと思うのです!」
「え……うーん。シンディは何着ても似合いそうだけど私はどうかな。そもそも私が着飾っても意味なんかないんじゃ……」
「考えてもみてください、エル!」
渋る私に声を上げたシンディがサッと動いたかと思えば、彼女はシロの後ろからその肩に両手を置いた。そのシロはと言えば航海中に作ったクラーケンの干物を齧りながらも特に何か反応を返すわけでもなく、相変わらず片手は私のそれと繋がれたままである。
シロがどうかしたのだろうか。軽く首を傾げた私にシンディはいつも以上に上機嫌に告げるのだ。
「今のシロなら着物が着れます。白髪美少女の着物姿です。絶対に綺麗で可愛らしいと思うのです! そして今ならばお揃いができますよ!」
「美、少女……エラは男だったからなんだかややこしいな……って、シロに着物を?」
「はい! 是非エルも一緒に! せっかくトウコクに来たのですからこの国の服を着てみるのも良いかと思います!」
最近のシンディはその仕事柄、自分が身に付ける服や装飾品にはかなり気を使っているらしい。ローサンティスの王太子妃候補として王城に頻繁に出入りをしていたことで品質の良い物に触れる機会が多かったのもその理由だろう。
そのせいか周囲の仲間たち——特に私の服を選びたがるものだから余程抵抗が無い限りは彼女の選んだ物を着るようにしていたのだけど、その興味はついにシロにも及んだか。
しかし言われてみれば今のシロが着飾るのは見てみたい気もする。彼女の言う通りせっかくトウコクに来たのだし、この機会を逃すのは少々惜しいと思う気持ちもある。その時点で答えは出たようなものだった。
「……うん、確かに」
思わずシロの頭のてっぺんから爪先までをじっくりと見て口を開いた私にルトが笑う気配がした。
「あはは。シンディはエルを説得するのが上手いね」
「もちろんルトも一緒に、ですからね!」
「僕もかぁ。でも、そうだね。みんなが着るのなら僕も着てみようかな?」
「ふふ。決まり、ですね!」
嬉しそうなシンディに私とルトは顔を見合わせて笑う。シロは我関せずといった様子で相変わらず干物を齧っているけれど実際にその時になったら素直に着てくれるだろうか。それこそせっかく人型になっているのだから何でも試してみるのは良いと思うのだけど。こればかりはシロの気分に任せる他ない。事前に食事にでも連れて行けばすんなり許してくれそうな気もするが。
「ダットとウィンはどうする?」
ずっと黙っていた二人に話を振れば、ウィンはともかくダットは少し驚き気味にこちらを見るものだからその心情は手に取るようにわかった。けれど特に気にすることなく答えを待っていれば船酔いもすっかり抜けた元の明るさがその顔に戻ってくる。
「俺たちも共に行こう。異国の服にも興味がある。何よりシンディの着物姿は見たい!」
「欲望に忠実で結構。それじゃあ北の方も含めて後でみんなで行こうか」
「ああ!」
自分勝手な王太子が一丁前に遠慮を覚えたかと少し感慨深い気持ちになりながら、その前に宿だなとアズミに向き直る。意図はすぐに伝わったようで良い宿を知っていると言うアズミの案内で私たちはこのまま当面の拠点となる宿へと向かうことになった。
道中、香ばしい香りに釣られた私とシロが見かけた団子屋でしばらく足を止めたり、通りがかったやんちゃな子供たちにルトが絡まれたり、布やガラスの加工品の店でシンディが動かなくなったり、目的地に到着するまでにかなり時間はかかったけれど。
宿はアズミのおかげであっさり確保することができたので、ともかくこうして私たちは本格的に新しい土地の探索に乗り出したのだ。




