十九、四季の国
この世界の天気というものは大気中の魔力の状態によって日々変化する古代魔術の一種と言われている。古代魔術がかつては魔法と呼ばれていた力であることを知っている身からすれば、天気とはそれ自体がこの世界の魔法と言っても過言ではない。
多くの魔術師が昔から研究を重ねてきたものであることに違いはないけれど、現代を生きる人々は今現在明日の天気すら読む能力を持っていないのだ。つまりは聖樹の結界と同じで人には理解できない部類のもの。それが天気である。
しかしある程度の法則や傾向が存在することは判明していて、天気から変動する気候は大まかに四つに区分されている。
朗らかな春、暑さの夏、彩りの秋、寒さの冬。これらを季節と言い、その巡りは国や土地ごとに違う。
私が生まれ育ったローサンティスは一年を通して過ごしやすく、気候に大きな変動も無く、けれど稀に酷い雪がドカッと降るような国だった。秋と冬を繰り返しているのだとあの国の魔術師たちは言う。
そして今日私たちが上陸したこの国——東のトウコクは、そんな春夏秋冬の全てを体感できる四季の国としても知られる唯一の国だった。
私はそれを知った時、一年を四つの季節が巡っているのだと思っていたのだけれど、その認識が間違っていたと気付いたのは港に降り立った私たちにアズミが軽くこの国のことを話して聞かせてくれたからだ。
「出港前にお伝えした通り、このトウコクは地下に伸びる深い国です。基本的な季節は常に春。ですが地下に降りると階層によって季節が異なります。ダンジョンにも似ていますね」
「へぇ、国自体が本当にダンジョンみたいな構造になっているのか。その上で実際のダンジョンも多く存在するんだから面白いな」
「ええ。おかげで鉱物や魔石などの資源が特に豊富で、それらを使用する技術職の者が多いのが特徴です」
「ローサンティスの国内でもトウコクからの輸入品を見かけたことがあるよ。細かい細工に驚かされた」
それを参考にして私が作ったのがシンディの踊り子の衣装にも使われている装飾品の数々だ。あれからもう二年近く経つのかと思うとなんだか随分と懐かしい。
あの頃はまさか自分がその国に来るだなんてこと考えてすらいなかったな。
龍の餌場と呼ばれる海域を抜け、トウコクの西側にあるこのサオウの港へと降り立ったのはほんの四半刻前のこと。
私たちが乗って来た大型の木造船よりも一回り小さな船が何隻も並んだ広い港だ。スイストンのように街の中にあるわけではないが、辺りは商人と見られる奴らが多く行き来していてざわざわとかなり騒がしい。
アズミとカルディスに続いてまずは私とシロが船から降りると、やはり大きな船は注目を集めるのか感じる視線の数はかなりのものだった。おそらくアズミが希少な一級航海士である事実も視線を集めている要因なのだろうけども。敵意を感じるものは無いようなので一先ず気にしない方向で私たちはしばらくその場でアズミの話を聞いていた。
そうしているうちに仲間たちがようやく船から降りてくる。
船酔いが抜けきらないダットは青い顔でルトに支えられながら。続いて二人を心配そうに見守るシンディと、対照的に港を無言で見渡しているウィン。
そんな四人の後に着いてくるのは二人の船大工たちである。こちらは二人とも背の低いドワーフの爺さんだ。
「アズミよ。儂らはいつも通りこのまま船の点検に入るが良いな」
「はい。私とカルディスは少しの間出てきますので、船のことはよろしくお願いします」
「おうよ。今回は魔物に船がやられることも無かったからのう、仕事が楽で良いわい。さっさと終わらせて飲み直そうじゃないか!」
職人気質で落ち着いた物言いの堅物爺さんガジュ。つい先程まで酒を飲んでいた赤い顔の酔っ払い爺さんハドフ。二人とも癖のある性格はしているが腕は確かな船大工だと聞いている。彼らの仕事が少ないのは安全な航海ができた証だと思えば良いことだ。
ガジュとハドフが点検作業に向かう姿を目で追いかけて船を見上げると、縁のところに船員たちが並んでこちらを見下ろしているのがわかる。その中で見張り番のジユイとサテンがひらひらと手を振っているので何気なく振り返してから私は再びアズミに向き直った。
「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」
商人として持ち込んだ品物をどこかに売りに行くのかと思っていたが、カルディスが背負うバックパックの小ささを見ればそういうわけでもないのだろう。
そんな私の問いにアズミはにこりと笑って当然のように告げるのだ。
「エル殿にお供します。どちらにせよ加護の件や帝国への航路は探る必要がありますからね。案内役にもなりますし、その方がお互い都合が良いでしょう?」
「相変わらず抜け目が無い奴だな」
特級航海士に上がる条件でもある加護とやらについては実際にどういうものなのかをアズミも詳しくは知らないらしい。当然私も知るわけがなく、ならば詳しい奴に聞くしかないということで今は一旦保留としている。
となれば私たちの目的は一先ず帝国への航路の情報を掴むことなのだがギルドの存在しないこのトウコクでその当てはかなり少なく、確実なのはやはり国の王か知識の精霊ラグーンだ。その二人ならば加護についても当然知っているだろうし、ならば一緒に行動するのが最善であることに違いはない。
アズミに戦闘能力が無いことは聞いているけれど、カルディスという専任の護衛が付いているのだからとりあえず足手纏いにもならないはずだ。船では彼の出番が無かったから実力はわからないのだけども。青藍の民というだけでも能力は保証されたようなものであるからまあ大丈夫だろう。
右も左もわからない国で案内役いるというのも有り難い。だから私はその話を渋ることなく受け入れた。
とはいえまずは観光がしたい。
その思いは私と仲間たちの共通のもので、アズミも是非にと嬉しそうにまずは近隣の町へと案内してくれることになった。
カルディスが話していたようにトウコクの大地に降り立ってから肌に感じる空気の違いはなんとなく感じていた。
季節の違いもあるのだろうがそれ以上に自然物に含まれる魔力の性質がローサンティスとは大きく異なっている。魔力感知を発動すればそれは明白で、私にはこの国の大地が薄らと赤い魔力に包まれ燃えているように見えるのだ。それでも人体に影響があるほどではないのだろうが実際魔力濃度は相当高いはずである。
サオウの港にいた商人たちも見た目だけならば人間と変わらない。けれどアズミたちと同じで相当な人数が魔力を持った亜人だった。ローサンティスでは考えられないような割合だ。そんなところも新鮮である。
彼らがどんな亜人なのか、しばらく観察していたら知る機会もあるだろうか。そういった意味でもアズミの同行はとても有り難い。
「エル。お前、新しいおもちゃを見つけたみたいな顔をしているぞ」
「えっ、それってどんな?」
そう問えば、横にいたシロが目を細めて怪しい笑みを浮かべるものだから思わずその両頬を掴んでむにっと引っ張ってしまった。
やめろ、黙っていれば綺麗なエラの顔が台無しだ……って、これだと私自身を褒めているようで変な気分だな。同じ顔ってややこしい。
「子供が戯れている姿って微笑ましいですよね」
「こいつらが見た目通りの子供だったら素直に肯定できるんだかな」
相変わらずにこにこと笑っているアズミと苦笑いを浮かべるカルディスのそんな会話を聞きながら、今度は自分の頬を掴んで引っ張る。感情を顔に出すのは見た目も周囲に対しても良くないなと思った故の行動だ。今後は気を付けよう。
こうして私たちは最初の町へと向けて歩き出す。
すっきりと晴れた日。
いつにも増して穏やかな、新しい旅の始まりだった。




