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放浪のエル  作者: ゆう梨
第二部第一章、東の島国編
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十五、宴



「乾杯!」



 ガツン、と木樽のジョッキを打ち鳴らす音が幾つも重なった。


 起きている船員たちが集まり、アズミのいる舵輪の周りで始まったのはクラーケンの試食会——もとい大敵を退けた祝いの宴である。記録係のキクリヨが今回ばかりはと上機嫌で酒樽を開放したのが全ての始まりだった。


 そこで知ったことだが、常に酒瓶を持ち歩いている船医キュウタはもちろん料理人親子や五人の操帆手、それからカルディスまでも、この船の雇われ船員にはとにかく酒好きが多かった。何より今回出番は無かった二人の船大工たちは共に酒好きで有名なドワーフだ。そのため通常時から酒の消費量は凄まじいのだとか。

 防波堤であるはずのキクリヨが次から次へと酒樽を開けていくものだから、この船の積荷は大半が酒なんじゃないかとつい思ってしまったほど。



「だっはっは! 話には聞いていたが本当にお嬢は規格外だな!」


「見た目がどう見ても人間の子供だから正直疑ってたんだけどな。悪かったよ、お嬢」


「あの戦いっぷりを見せられたら認めるしかあるめぇよ!! なぁ、みんな!!」



 操帆手の中でも体格の良い方の三人組。誰よりも豪快に笑うサイ、性格は穏やかそうなシダ、とにかく声が馬鹿でかいゴゴツ。こいつらが付与魔術を駆使しながら帆を操っていた者たちだ。

 

 上着は羽織らずに鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒すサイとゴゴツは、まるで水でも飲むかのように競いながら酒を流し込んでいる。そんないい歳したおっさんたちに挟まれた青年シダも顔色ひとつ変えずに次から次へと酒を煽っているから気は合うのだろうなと見ていてなんとなく思った。


 

 それにしても操帆手の間で私のお嬢呼びが浸透しているのはいったいどういうことなのか。私をそう呼ぶのはスイストンの漁師連中だけなので彼らと交流があったことは明白なのだが、まさかここでもそれを聞くとは流石に思わなかった。海の男たちにそう呼ばれると途端に大物感が出るから不思議である。



 まぁ、それはともかく。この宴の中心はなんといっても討伐したばかりの新鮮なクラーケンの身だ。

 

 討伐直後はぬめりも酷くブニブニとしたスライムにも似た質感で見た目だけは巨大な岩のようだったクラーケンも、料理人親子のイチヤとマニマの手にかかれば食べられるまでに落ち着いたのである。

 

 塩だけは私も普段からかなりの量を持ち歩いているもので、それを惜しげもなく投入し揉み洗いで酷いぬめりを落とした後、一口大に切られたそれをまずは何も手は加えずに刺身で数人が口にした。もちろん胃の頑丈さには自信のある者たちでだ。何があっても再生の魔法が使える私も当然混ざったさ。

 

 結果を言えば美味かった。少し弾力のある歯応えに魚とは全く違う甘みのある透き通った身は十分食べられるもので、そこからはイチヤの料理人魂に火が付いたらしい。

 キクリヨに許可を得て幾つか調味料を持ち出した彼は、刺身だけでなく焼いたり茹でたりとこの場でできる限りの調理法で品数をどんどん増やしていった。試食を重ねる度に甲板には人が増え、加えて開放された酒樽のせいで私が気付いた頃には船員のほぼ全員が甲板に揃っていたというわけだ。


 

 私は茹でた身の刺身が、シロは生のままの刺身が、トウコクでのみ生産されているという醤油なる調味料に付けて食べるのが特に気に入った。甲板の端っこで並んで食べているところを三人組の操帆手に捕まった結果が今である。

 ぶつ切りにされた切り身を串に刺してこんがりと焼いたものを酒で流し込んでいる姿を見ると、酒など飲んだこともないはずなのにごくりと喉が鳴るような気がしたのはいったい何故だろう。



「クラーケンは乾燥させた保存食も結構イケるけど、新鮮な状態だとこうやって食べることもできるんだな。次から見方が変わりそうだ」


「保存食が出回っているなら討伐できる奴は少なからずいるんだろう? 私からしたらむしろ今まで知られていなかった方が不思議なんだけど」


「通常トウコクではクラーケンには討伐隊を組むのが一般的だ。それも食料としてじゃなく魔物として。遭遇したその場であっさり狩れる奴はそうそういないよ。まぁ、ラグーン様なら一人でもいけそうだけどな」



 飲み比べをしているサイとゴゴツは放置して、私たちの前に座り直したシダが差し出してきた木樽のジョッキには果実水が入っていた。どうやら酒を飲まない私とシロのためにわざわざ貰ってきてくれたらしい。それを有り難く受け取って口に含めば爽やかな香りと甘さに口の中がスッキリとしてますます食が進む感じがする。これは良い。



「お嬢もそうだがあっちの子も凄かった。シンディと言ったか。俺にはよくわからない魔術を使っていたけどカルディスさんと同郷なんだろう? 流石だよな」



 言われて目を向けた先には残りの操帆手二人と酒を飲み交わすシンディの姿がある。彼女も酒には滅法強く、近くにはドワーフの船大工たちもいるのでどうやらそっちはそっちで飲み比べが始まっているらしい。

 

 戦闘面で言えば基本は素手で戦うのが青藍の民と聞いている。見たところ武器を携帯していないカルディスと、ベールという武器を持つシンディとでは同郷と言っても戦い方は全く異なるはずだ。

 だから二人を同じ基準で見ていいのかは疑問だったので一先ずシダの言葉は聞き流して、私はまた刺身を口に運んだ。醤油と一緒にこれもトウコクで栽培されているという山葵をちょこっと乗せるとまた美味い。



 そうして黙々と食べ進めていると、シダの目線がシンディからまた私へと戻ってくる。私というよりは私の肩に引っ付いている精霊が気になるのだろう。聞きたくてそわそわしているくせに私たちのことは追求しないでくれと先に言ったのが効いているようで今も船の周辺を漂う他の精霊たちのことも聞いてくる奴はいない。

 

 聖樹の精霊たちは王都のあの場所から動いたことが無かったらしく海が物珍しかったのだろう、しばらくは魔法陣の向こうに戻ってくれる気配がないので気が済むまで好きにさせる気で今だけは放っておいている。


 けれどそろそろ辺りが暗くなり始める時間帯。自ら発光している精霊たちが船の周辺に留まっているとその魔力と明かりで要らぬ魔物を呼び寄せかねない。刺身と果実水を交互に口に含みながらいい加減声をかけようかと悩んでいると、不意にわっと歓声が上がる。



「おっ、凄いな!」



 思わずといった様子でそう言ったのはシダである。


 それはまるで味気ない船の甲板にパッと花が咲いたように。酒の影響も多少はあるのか少し幼い笑顔を浮かべながら楽しげに踊りを披露するシンディの姿は、集まってきた精霊たちの光に照らされてなんだかいつも以上に華やかに見えた。


 シダが言うにはトウコクにも踊りで生計を立てる舞手という職があるらしく、シンディの在り方はすんなりと受け入れられたようだ。

 そのうち床板や樽を叩いて音を奏でる奴なんかも現れて、その音楽とも言えない音に合わせて舞う踊り子と精霊たちはそれはそれは美しく、楽しそうで。

 

 精霊たちを戻すのはまだいいか、とそんなことを思いながら私は一夜限りのこの光景を一先ず堪能することにしたのである。


 

 その後、相変わらず船酔いに負けているルトやダットと付き添いのウィンが少し可哀想にも思えるくらい充実した船上の宴は賑やかに次の朝まで続いたのだが……



「お前らだけ楽しんで狡い! 流石に起こせよお!」



 明け方になって交代でやってきた見張り番のジユイが涙ながらに叫んだ声は、静かな朝の海に悲しく響き渡ったのだった。



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