八、航海士と護衛
スイストンの新たな領主ランドル・ストック伯爵は、あの口の悪い息子とは違って穏やかで誠実な人である。それぞれが名乗る程度の簡単な挨拶を済ませた後屋敷の応接室に通され、そこで使用人が人数分の紅茶と茶菓子を用意してくれるまでの間にそれは十分理解した。
貴族らしい立ち居振る舞い、客への気の配り方、使用人への態度。どれを取っても丁寧で気品に溢れている。どうしてこの男の息子はあんなにも尖った育ち方をしたんだろう。ついそんな疑問を抱いてしまうほど。
「物資の運び入れの作業もありますから出航には少々時間がかかります。そちらは他の船員に速やかに進めるよう通達しておきましたので準備が整うまでは是非ともこの屋敷の部屋をお使いください」
「何から何まで悪いな」
サフの父親だからと会うことを渋っていた私だけどやはり親と子は違う。実際に話してみれば何の圧も感じないランドルの落ち着いた雰囲気に警戒するだけ無駄とすぐに判断することができた。その為彼の提案を私はすんなりと受け入れ、出航の準備が整うまではこの屋敷で世話になることになった。
それはともかく、ランドルの言葉から察するにどうやらここにいるアズミやカルディスの他にも船員はいるらしい。気になって聞いてみれば二人を含めて全員で十五人ほどだそう。中でもアズミは航海士として雇われ船員を纏める役目も担っているとランドルは言った。
「へぇ、アズミは凄い奴なんだな」
「海は私たち貿易商の戦場でもありますから。一番大事な部分を人に任せることができない性格だっただけですよ」
「その考えには共感するよ」
船での旅に航海術は必要不可欠だ。この世界の海は沖に出る程海水も空気も魔力を多く含み、天候や潮の流れもその影響を受けていて地上での予測など当てにならないというのが常識だ。その為ここで言う航海術とは魔術の一種であり、アズミは航海専門の魔術師ということになる。
その場その場で状況を読み、それに対応して文字通り魔術で船を操る。それがこの世界の航海士。数も少ない貴重な人材だ。戦闘に特化した民族である青藍の民を護衛に付けているのも納得である。
「エル殿は我々の船長ということになりますから航路のご相談はまた後ほどさせていただければと。その前に、彼らですね」
「船長って言われるのはなんだか変な気分だが……まぁ、うん。その前に、こっちだな」
持っていたカップをソーサーに戻すと私とアズミは同時に同じテーブルを囲んでいる他の者たちに目を向けた。
相変わらずそわそわと落ち着かないシンディとダット。それから椅子には座らずアズミの後ろの壁に背を預けているカルディス。その横にいるこちらも立ったままのウィンは我関せずといった様子で静かに目を閉じている。ルトとシロは出された紅茶と茶菓子を楽しんでいるようだから放っておいても大丈夫か。屋敷まで一緒に来ていたゴートはランドルと幾つか言葉を交わした後に港へと戻っていったようだった。
一通り見渡してから私がアズミに視線を戻すと、意図を察した彼がカルディスの名を呼んだ。前に出てきたそいつは被っていたフードを下ろして見せる。
現れたのはやはり見慣れた特徴を持った体格の良い男。短髪に薄い顎髭、頬に残る複数の傷。年齢は四十手前といったところか。アズミの髪飾りと似た飾りで耳の手前の髪を一房束ねているのが印象的だった。
「エル殿はお察しのようですが改めて。私の護衛のカルディスはこの国の西に村を持つ青藍の民なのです。そこの彼女もそうなのですよね?」
「えっ……あっ、はい!」
今度はシンディが被っていたフードを下ろして顔を上げる。おずおずと向けられた視線の先には当然カルディスがいて。その顔を見て大きく息を吸った彼女が椅子を倒す勢いで立ち上がり男に駆け寄っていくのはあっという間だった。
「カル兄様!」
「に、兄様!?」
そのまま胸に飛び込んでいったシンディに驚いてひっくり返った声を上げたのはダットである。それとは裏腹に私は茶菓子に手を伸ばしながら前にシンディから聞いた彼女や村のことをぼんやりと思い出していた。
そもそもの話、シンディは一人っ子だと聞いている。しかし青藍の民は村の大人全員で子供を育てる風習があり、彼女は同年代の子供たちをみんな兄弟だと思っているらしい。だからカルディスという男も実の兄ではないのだろう。
けれど迷わず飛び込んできたシンディをフラつくこともなく受け止めたカルディスの緩んだ目元を見れば、二人の間には確かな信頼が築かれていることは最早疑いようがない。
「まさかお前が村を出ているとは思わなかったぞ、シンディ」
「ふふ、ディにも夢ができたのです! カル兄様こそまさか護衛のお仕事をしているだなんて思いませんでした!」
嬉しそうに抱き合う二人は確かに兄妹のようでもあって、しかし親子のようにも仲睦まじい夫婦のようにも見える。私たちはともかくダットは気が気ではないだろうなと思って見てみれば、やはり二人の姿になんとも言えない顔を浮かべていた。そんなダットには気付かないシンディとカルディスの会話は続いていく。
どうやら男が更なる強さを求めて村を出たのはシンディが八つの頃だったらしい。今から十二年は前の出来事だ。村で一番の強さを誇っていたカルディスはシンディを含めた他の子供たちにとっては憧れの対象であり、幼い頃から遊びや鍛錬に付き合ってくれた近所の兄貴分的な存在なのだそう。
私たちにカルディスを紹介してくれるシンディの話を聞きながら思う。やはり実の兄ではなかったか。だとすると少し厄介なことになった。
「し、シンディ。その男とは、その……」
恐る恐る問いかけるダットに最初はキョトンとしていたシンディも少し落ち着いてくれば自分が今何をしているかくらいはわかったようで。バッと両手を上げてカルディスから離れた彼女は口元を引き結んでどこか恥ずかし気に地面を見下ろしていた。
なるほど、これは、あれだな。幼い頃の憧れに恋をしているという。そんなロマンス小説も読んだことがあったっけ。好き嫌いせずになんでも読んでみるものだ。
放心しているダットには悪いが、同じ民族と言うだけあって横に並ぶと似合いの二人に見えるから思わず苦笑いが浮かぶ。
頑張れ、ダット。私にはそれしか言えないけれど、応援だけはしているぞ。
「え、えっと。カル兄様はとっても頼りになる方ですので、一緒に船に乗ってくれるのなら安心ですね!」
「そう言ってくれるのは嬉しいがそっちには俺以上の手練れが数人いるだろう。特にそこの子供二人はなんだ? 片方は噂で聞いてはいるがもう片方は……そもそも人間か?」
私が胸の内でダットを応援している間にこちら側の人間を一通り見渡したカルディスはその中でも私とシロに目が止まったようで、港でも感じた鋭い視線がテーブルを挟んだだけの距離で遠慮なく向けられる。敵意や不信感からではなく単純に見定めようとしているその視線にこいつもシンディと同じで裏表の無い性格をしているのだろうなとなんとなく思った。
青藍の民は皆そうなのだろうか。だとすると村ごと変な奴に騙されないか少し心配になるのだが。戦闘能力の高い民族が丸ごと誰かの指揮下に入ったりしたら……まぁ、これは私には関係のないことだな。
「こっちのことはしばらく一緒にいれば自ずとわかる。だから今は変に詮索はしないでほしい。特にそこの子供に何かすれば私は黙っていないからな?」
「っ、……ああ、わかった。肝に銘じておこう」
アズミもそうだがカルディスもなかなかに聡明だ。見た目に気を取られず真っ先に私とシロを強者と判断したところも、忠告をすれば大人しく引き下がるところも。これからしばらくの間共に旅をする仲間として、信頼はできそうだと私は人知れず安堵するのだった。




