七、雇われ船員
港の一角に集まった強面の男たちに何事かと周囲がざわつき始めた頃、ふと感じた刺すような視線に私は思わず後ろを振り返った。するとそこに立ち止まっていた見物人の中に見慣れない装いの男を見つける。
あれは……確か着物と言ったか。東では昔から受け継がれている伝統的な装いと本で読んだことがある。灰青の着物に黒い帯、袖口の大きな羽織りは白の生地が青で鮮やかに染められている。毛先の青い黒の短髪には編んだ紐で作られた髪飾り、垂れた目元に深い青の瞳、口元には緩く浮かべられた笑み。落ち着いた雰囲気の優男といった印象の男だった。
そんな男の横にはローブで体を覆った人物が一人。私に鋭い視線を向けているのはこいつだろう。体格からして大人の男だとは思うがフードを深く被っていて顔は見えそうにない。
敵意は感じずまるで品定めされているような感覚だ。いったい何者だろうと目を細めてじっとそいつらを見ていると、私の視線の先を見たゴートが「おっ!」と声を上げる。
「先生! あんたたちも来てたのか!」
「……先生?」
ゴートの呼びかけに着物姿の男がにっこりと笑ってひらひらと手を振ってくる。自然と周囲の視線もそちらを向き、軽く肩をすくめる仕草を見せた後にその男はローブの人物を伴ってゆったりとした足取りで私たちの元へと歩いて来た。
近くで見れば雰囲気の割には若いことが窺える。二十代半ばのダットと歳は近いんじゃないだろうか。私の前で足を止めたかと思えば優雅に頭を下げて見せるから身分もそれなりに高い人物であることだけはすぐにわかった。
「お初にお目にかかります、ローサンティスの神。お会いできて光栄です。私はトウコクの貿易商、名をアズミと申します。隣の彼は護衛のカルディス。私たちは——」
「カルディス……!?」
アズミと名乗った男の言葉を遮るように突然声を上げたのはシンディだ。当然今度はそちらに視線が集まり、慌てて謝った彼女はチラチラとアズミの護衛を見上げている。名に反応していたようだし知り合いだろうかと様子を窺っていれば、少し顔を上げたカルディスのフードの中が私には見えた。
褐色の肌に藍色の髪。輝く瞳は赤紫色。その特徴はシンディと同じ、青藍の民である証。
「なるほど、彼女は彼と同じなのですね。カルディス、お知り合いでしたか?」
「……ああ」
聞こえてきた声はやはり男のもの。私の方でもシンディに目を向けてみればこちらを見た彼女から小さく頷きが返ってくる。
ならばこんなところで立ち話を続けるわけにもいかないか、と場所を移す提案をすればアズミは一も二もなく頷いた。
「でしたら領主邸に向かいましょう。実は検問所から連絡を受けて貴女を迎えに来たところだったのです。港に向かったとのことでしたので」
「領主邸に?」
「はい。領主殿が是非貴女にご挨拶をと」
「ああ、そういう……」
これは顔と名が知れ渡ってしまった弊害か。こちらとしては挨拶なんて面倒なもの必要ないのだけど。わざわざこうして使者まで寄越して領主邸に招こうとしているところは強かと言うかなんと言うか。なんだか気が進まないのは今の領主はあのサフの親と聞いているからか。
渋っているのが伝わったのか、まるで私を宥めるように柔らかく笑ったアズミは先程シンディが遮った言葉の続きを口にする。
「改めて、私とカルディスはこの国に雇われて貴女の船の船員となる者です。ですからどうかここは私に免じて、ね?」
「…………お前、良い性格してるな」
「ふふ、これでも商人の端くれですから」
優男かと思ったが話してみればそんなことはない。笑顔の裏に何か獣でも飼っていそうな雰囲気に、ふと思い出すのは私の人生を引っ掻き回してくれたあの公爵令嬢だ。流石にあんな奴が次から次へと出てくるとは思いたくないが、アズミからはどことなく似たものを感じるからつい乾いた笑みが浮かぶ。
しかし、貿易商の雇われ船員か。それもこれから向かうトウコクの者ときた。
確かにダットが船関連に多額の援助をしたことは知っていたし、おそらく船員まで揃えてくると予想はしていたけれど。輸送船を譲り受けたついでにその船の船員をそのまま雇ったとでも言うつもりか。ローサンティスはともかくトウコクがよくそれを許したな。
実際に交渉したのは金を出したダットではなくゴートと今の領主だろうけれど。そう思うと確かに挨拶くらいはしておかないといけない気がしてくる。
「……わかった。行こうか」
「ありがとうございます」
シンディやカルディスの話も聞きたいし、そういう意味でも領主邸は何かと都合が良さそうだ。ここは人目が多く、船だって今すぐに出港ができるわけでもないのだから。
「それでは参りましょう」
そうして私たちはアズミとカルディスに連れられスイストンの新しい領主の元へと向かうことになった。集まっていた漁師たちは仕事に戻り、ゴートだけが付いてきている。屋敷は以前の領主から引き継がれたもので場所は変わっていないらしいから私は知った道である。
道中向けられる視線の種類は様々で、一番多いのはやはり私に対する好奇の目。ダットやアズミなんかはやたらと女の目を引いている。街中にも関わらず顔を隠している者も多いからか、怪しい集団と間違えて青い顔で逃げていく姿まであった。
前に訪れた時とは全く違うそんな状況にやっぱり少し居心地の悪さを私は感じていたのだけど。カルディスの後ろ姿をぼうっと眺めるシンディと、それをそわそわとしながら見守っているダットはそれどころではなさそうだった。
シンディはともかくダットは彼女に惚れていることを公言しているからな。今はまだ積極的に近付くことはしていないようだが流石にこの状況に思うところはあったらしい。
シンディの気持ちが一番ではあるが少なからずダットのことを応援している身としては、この奇妙な三角形が今後問題に発展しないことを私は心のどこかで願っている。
そんな彼らを気にしていたら目的地へはあっという間に到着した。スイストンの西側にある石の塀に囲まれた現領主ストック伯爵の住む屋敷。
「正面から入るのは初めてだな……」
すんなりと門を通されながらどこか後ろめたく感じてしまうのは、過去の行いを少しは反省しているからなのだろうな。領主も私の立場も変わったから同じようなことは二度と起きないだろうけども。そんなことを考えながらアズミの後に着いて歩く。そして。
「ようこそ、お待ちしておりました」
屋敷の扉の前に立ち私たちを待ち構えていた領主は、サフに似た青い長髪を後ろで一つに編んだ穏やかに笑う初老の男だった。




