六、再会と船
それはスイストンの検問所での出来事だ。私が顔を出したた瞬間、淡々と仕事をしていた検問官の様子が一変した。驚き二度見されるだけならまだしもどこか辿々しく緊張感の漂う対応を受けてしまえば流石に私でも気付くのだ。
「ルト。お前、私の姿絵を売ったな?」
「あっ、あれは国王の依頼でね! エルのことは国中に通達しなきゃいけないし、どうせなら絵を添えたいって言うから……!」
「はは、なるほど、国中にね……」
なんてこった。噂だけならまだしも姿が割れているのか。それも情報元がルトの絵となると正確性は疑うまでもない。先程の検問官が私を一目見てだけで気付いたのが良い証拠だ。
厄介なのはこれがルトの言う通り国王グラムの差し金ならば役人や貴族だけでなく平民にまで知れ渡っている可能性があるということ。念の為シロにもローブを着せておいて正解だった。流石に色違いでも私と同じ容姿の人間がいたら面倒なことになりかねない。
シロは味覚の優れた人間の姿を気に入っているようだし気が済むまでは自由にさせてやりたかったのだけど。もし何かあれば鳥の姿に戻ってもらった方が安全かもしれないな。一先ずはフードをしっかり被っていてもらうとしよう。
「余計なことをしちゃったかな……」
「いや、別に構わないよ。おかげで検問所は楽に通過できた。それに私の情報が正確に伝わっていれば人攫いに会うこともないだろうし」
前は子供というだけで襲われかけたのがこのスイストンの街でもある。栄えた港街だがあまり治安が良いとは言えない場所だ。だから情報が出回っていること自体は歓迎できると伝えれば肩を落として落ち込んでいたルトもホッと息を吐いていた。
けれどローブを纏ったシロは傍から見ればただの子供に変わりはないので少し心配だな、と思った私はフードを深く被らせたシロの手を握って街を歩くことに。姉弟みたいだなと聞こえてきたダットの呟きは少し照れ臭かった。
そうして私たちが真っ直ぐに向かったのはスイストンの南の端にある港だ。以前訪れた時はルトの術式を刻んだものを含めて小型から中型の漁船を数隻見かける程度の場所だった。海の魔物の影響で漁師の数も減っていたと言うし、あのまま放置していればこの街の漁業は衰退していくだけのようにも思われたのだが。
それがどうだ。港に到着する前から見えていた大型の木造船。船着場は以前よりも立派に整えられていて、近くの倉庫では新鮮な魚介の直売所が設置されている。行き交う人々は街の中心部よりも多く、辺り一帯は見違える程に活気に溢れているではないか。
これがあのスイストンの港なのかと思わず目を疑ったのは仕方がなかったと思う。
「この街は領主が変わってからは水産業への支援や街の治安も桁違いに良くなったと俺も聞いている。我が国でも港のある数少ない街だ。この調子で今後も盛り上げていきたいところだな」
どこか誇らしそうに胸を張って言うダットは、こうしているとちゃんと王太子に見えるから不思議である。自覚を持って国の内情を気にかけるようになったのはこの一年の間だというのに。短期間で相当詰め込まれたことだけは窺える。苦労したのはこいつなのか、それとも教育した側なのかはわからないけれど。
「そういえば新しい領主って?」
「ああ、それならば王都からストック伯爵を向かわせた。あの者ならば適任だろう。騎士団員からの強い要望もあったからな」
「ストック……それって確かサフの……」
ストックと言えば青い髪の騎士サファイアことサフの家名である。私とはあまり馬が合わないところがある男だが、人としては信頼できる奴だと知っている。一年前の騒動でも私は何度も彼に救われた。そのサフの姉であった今は亡きフィアリアこそが教会からこのスイストンに派遣されていた魔術師だ。
なるほど、姉が大切にしていた街をサフは親に託したのか。そう考えれば確かに適任だと私も思う。こうして活気溢れる現地を見れば尚のこと。きっとスイストンの街はこれからますます繁栄していくことになるのだろう。それはとても楽しみだ。
そんなことを話しながら歩いて辿り着いた港には見覚えのある男たちがいた。船の用意ができたと手紙を送ってきたゴートを含めた街の漁師たちである。
彼らは私に気が付くとそれぞれ声を掛け合いあっという間に集まってきて、子供を前に膝を突く屈強な男たちの集団が出来上がる。その光景はいつぞやの怪しい集会を思い起こさせるようだった。
「王都での活躍、聞いたぜお嬢!」
「国王すら動かせちまうなんて流石はお嬢だ!」
「王太子から資金援助がきた時は何事かと思ったがお嬢が関わってんなら納得だな!」
「お嬢……?」
あちこちから上がるその呼び方にこちらを見下ろしてくるダットとウィンの不思議そうな視線は無視だ。言いたいことはわかるが慣れてくれ。というかやはり平民にまで私の話は広まっているようだな。
そうして好き勝手に盛り上がっている漁師たちの声を聞き流した私はその先頭で腕を組んで満足げに頷いているゴートを見やる。会うのは久しぶりだか見た目に大きな変化はなく相変わらず体格の良い男だ。強いて言うならば少し日焼けが濃くなったか。これは前よりも頻繁に漁に出られている証かもしれなかった。
「えっと、とりあえず久しぶり。船の用意ができたとの知らせを受けて来たんだ。私を含めたここにいる六人で東へ向かいたいと思ってね」
「おう。話は聞いてるぜお嬢。船はここからも見えてるあの大型の木造船だ。東からの輸送船を一隻譲ってもらったんだ。それをこの国の大工に頼んで少し改良してある」
ここへ来るまでにもずっと見えていた大きな帆のある木造船。確かに前に来た時には見なかったものだ。それにしても輸送船とは、また随分と良いものを手に入れたらしい。相当な金額だったに違いない。しかしあれならば安全に海を渡って東へ行ける。
視線を向ければ港の先に青空を背負って海に浮かぶ立派な船が目に入った。あれに乗り込んで海を行くのだと思うと今すぐに走り出したい衝動に駆られてしまう。繋いでいる手をシロに軽く引かれてそれは流石に耐えたけれど。
この時の私はまだ見ぬ世界への道が繋がったことを感じて、わくわくとした落ち着かない気分だった。




