五、穏やかな道すがら
王都を出た私たちは街道近くの森を通って南西へと向かっていた。素直に街道を通らないのは王都を出たことのないダットに海へ出る前にまずは陸地で魔物との戦闘を経験させるためだ。
やはりこれから向かう先では何が起こるかわからないからな。今のうちに魔物との戦闘経験を積んでおくに越したことはない。だから決して私の興味本位で街道から外れたわけではないとだけは言っておこう。少なくとも今回は。
一年前は完全に剣術の素人だったダットも懸命な鍛錬の末に対人ではそこそこ戦えるようになったと聞いている。ならばランクの低い魔物なら問題なく相手にできるはずだ。そう、思っていたのだけど。
森の中で遭遇したホーンラビット一体すら斬れない男を私はいったいどうすればいいのだろう。
「お、おおっ、不思議だぞエル! 俺の魔術が通じない!」
「私はお前が不思議で仕方ないよ」
ダットはどちらかと言えば魔術師だ。魔力の保有量で言えばこの国でもかなり上位に位置する逸材である。だからこそ魔術の才有りと認められて王太子としての地位を揺るぎないものにしてきた。
そんな彼だけが扱える言葉の魔術は相手の精神に直接働きかけるものであるらしい。基本的には相手の心を落ち着かせる支援系の魔術だが、使い方次第では相手の行動も縛ることができるのだそう。
戦闘訓練中に止まれとダットに言われると一瞬体が固まったように動かなくなるのだとシンディも言っていた。その話が本当ならば可能性は未知数。恐ろしくも凄い魔術だ。
それが言葉の通じる相手に限定したものでなかったら。
「ホーンラビットは動きが早いな! 止まってくれないと剣が当たらない!」
「ダフディラート様……いえ、ダット! 追いかけ回すのは良くありません、動きを読んで待ち構えるのですよー!」
「それは、なかなかに、難しい、な!」
そりゃそうだろうよ。人間が相手なら言葉が通じる。ダットの戦闘訓練に付き合っていた奴らに彼の魔術が通じなかったことなどないはずだ。戦闘中に聴覚を完全に遮断するなんてことは大半の魔術師には不可能なのだから。一年という短期間でまずは形になるようにと魔術と剣術の鍛錬を同時に進めていたのが仇になったというわけだ。
つまりダットは己の魔術の影響を全く受けない相手に今初めて出会っているということで。魔術ありきの剣士が魔術を使わない戦い方など知っているわけがない。
律儀に声をかけてやるシンディの背中を見ながら私はつい深い溜め息を吐く。
こんなことならもっと早くにダットの鍛錬に付き合ってやればよかった。私ならばダットの魔術の影響を受けずに相手をすることも可能だったかもしれないのに。
今更後悔しても遅いことくらいわかっている。一先ず大陸を渡る前にこれが判明してよかったと前向きに考えておくのが良いのだろうな。
「今日は日が沈むまでにホーンラビット五体討伐を目標に頑張ってみて」
「ああ、わかった!」
街道からも近いこの森に大型の魔物は存在しない。今はまだ明るい時間帯だしシンディやウィンが側にいれば危険も無いだろう。そう思って指示だけは出した後ダットのことは放っておくことにして、私は早々に薪を組んで焚き火を起こした。
どちらにしろ今はダットに戦闘経験を積ませないと先へは進めないのだ。ならば私は別のことでこの時間を有効活用しようと決めて腰の収納袋に手を伸ばす。すると突然足元が光って勝手に魔法が発動する気配がした。
「ふしゅん!」
「シュシュ。また勝手に出て来たのか」
私の足元から飛び出してきた白い光が一瞬にして形を変え小柄なペガサスが現れる。聖樹の跡地に集まっていたペガサスの群れは私たちの旅立ちと共に散っていったのだがその中で唯一私に着いて来た翼の小さな飛べない個体である。鼻を鳴らす時の独特な音から私がシュシュと名付けた。
そんなシュシュが入っていた異空間魔法は外側からは鍵が無いと開かないのに、内側からは割と簡単に開けられるようでこうして勝手に出てくることがあった。大体は構ってほしい時なので、今回も腕を広げて待っていれば嬉しそうに飛び込んでくる。
ツヤツヤとした光沢のある白い体にふんわりとした立て髪。どこを触っても気持ちが良くて、こいつと戯れる時間を私は結構気に入っていた。
本でも読んでいようかと思ったけれどこれは変更だなと私が改めて収納袋から取り出したのは馬用のブラシだ。そうして上機嫌でペガサスのブラッシングを始める私の近くにルトが腰掛ける気配がする。
「その子、すっかりエルの愛馬って感じだよね」
「私は体の大きさ的に成馬は操れないから有り難いけど、ペガサスを愛馬っていいのかな……」
王都を拠点とした勇者パーティとの旅の間、私を乗せて地上を駆け回ってくれたのがこのシュシュだ。おかげで一緒に散策しようと言った約束も守れた。でもその旅の最中ラグナは面白がっていたけどコルクとダーガンは完全に引いていたのを覚えている。
「良いんじゃない? ほら、神様だし」
「ルトのその台詞に説得力が出てきたのは不思議だよな」
「もう幻獣を連れて歩くただの子供じゃないもんね」
確かに、お前は何者だと問われてただの子供だと答えていた頃が懐かしい。そんなこともあったなと笑い混じりに話しながら私たちは穏やかに時間を過ごしていた。
日が沈む頃には泥だらけになったダットがホーンラビットを討伐して戻って来た。どうやら私の出した課題は無事に達成できたらしい。シンディによって既に解体済みの肉は一部を今夜の夕食に使い、残りは干し肉に加工してシロのおやつになる予定だ。
ダットの成長に満足気なシンディと相変わらず黙ったままのウィンは対象的だが意外にも釣り合いの取れた従者になっているようで、この後スイストンの街に到着するまでには言葉を交わさずとも二人の間で自然とダットを支える体制が整っていったように思う。シンディは従者ではないのだけど従来の世話好きな性格が存分に発揮されているらしい。本人がそれで良いのなら私から特に言うことは無い。
そんな穏やかな道すがら、数日も歩けば私たちは一先ずの目的地であった港街スイストンに再び足を踏み入れることとなる。




