四、新たな旅の始まり
翌日の私は一日中どこかぼんやりとしていたようで、挨拶回りに行く先々でやたらと心配されてしまった。
いずれは戻ってくるとはいえ数年はかかることが予想される旅だ。気持ちよく別れたいところだったのだが生憎気持ちを切り替えるには少々時間が足りなくて。子供がお使いにでも送り出されるかのような見送られ方をして挨拶回りは一先ず終了したのである。
そうして気付けば出発の日。私とシロ、ルトにシンディ。そんないつものメンバーにダフディラートとウィン、それから今は異空間に移ってもらっている精霊たちや一体のペガサスを加えた大勢での旅が始まっていく。
挨拶回りを済ませた人たちとは別に、これから次の依頼で西の方へ向かうらしい勇者パーティとは検問所を超えた辺りまでは共に来ていた。けれどここからは互いに別の道を進む。名前を呼ばれて見上げたコルクは、再会した一年前よりもずっと逞しい顔付きになっていた。
「俺、これからもお前を目標に頑張るよ。この一年間結局一度も勝てなかったけどさ、次会う時はもっと強くなってるからな。覚悟しとけっ」
「コルクは十分強いと思うけどな。魔術師でもないのに剣一本で冒険者の頂点にいるんだから。私はほら、いろいろと盛っているからね。でもまぁ、楽しみにしておくよ」
放浪者と冒険者。向かう国すら違っていて、次に顔を合わせるのはどれだけ先になることやら。
思い返せばこの国でシロの次に私に影響を与えたのはコルクだったのだと思う。せっかくだから他の国に行っても勇者コルクの話は広めておこうと思うくらいには今の彼の実力を認めている自覚があるのだった。
「王太子は名を変えたと聞いたんだが、そいつぁ本当か?」
そんな声が聞こえて振り向けば、背の高いダーガンが恐る恐るといった様子でダフディラートを上から覗き込んでいるところで。両手を腰に当てたダフディラートは真上を見上げるようにダーガンを見て何故か得意げに笑っている。この王太子は一年間剣や魔術の鍛錬を避けずに続けてきたというが、こういうところは全く変わっていないようだ。
「ああ。俺の名は方々に知れ渡っているからな。流石にそのままでは旅に支障が出る。——そう、王都を出た俺の今の名はダット。付け焼き刃のダットだ!」
「いやそれ胸を張って言うことじゃないからな」
なんだ、付け焼き刃のダットって。弱点を堂々と名乗ってどうする。そもそもそんな付け焼き刃の技術が他国で通用すると本気で思っているのかこいつは。確かに無いよりはマシだけれども。
思わず口を出してしまった私にダーガンからは憐れむような視線が向けられた。
「お前は苦労しそうだなぁ」
「本当にな」
護衛対象に不安しかない。従者のウィンは今のところ側にいるだけで必要最低限しか喋りもしないようだし。これは正しく前途多難。溜め息も出るというものだ。
「ディたちも今後はダットとお呼びするようにと言われておりますが、なんだか慣れませんね」
「うん。殿下は名が体を表しているところがあったから余計にね」
シンディとルトの気持ちもわかる。そもそもこの国の王族は皆花を連想させる名を持っている。その中でも特にダフディラートは名から見た目まで華やかさが段違いだった。
それがダット……ダットか。本人の存在感に名前の方が負けている感が否めないが仕方ない。私も今後はそう呼べと言われているし、無理にでも慣れていかなければならないな。まぁ、それは追々。
そんな話で盛り上がっている中、私の横に並ぶ者が一人。勇者パーティの魔術師ラグナである。
そういえば彼女の母は私たちがこれから向かう先にいるんじゃなかったかとふと思い出していると、ラグナはまさにその話を持ち出してくれた。
ラグナの母、知識の精霊ラグーン。最初の魔術師と言われる五人のうちの一人。ロキルの生きていた二千年前の時代より更に前に生まれた力ある精霊だ。今は東の島国で暮らしていると聞くが詳しい話を聞くのはこれが初めてだった。
「東のトウコクから北のダリアロアへの航路は多分ママなら知っていると思うんだ。話を聞けば力は貸してくれるはずだよ。気が向いたら探してみてくれ」
「探してみてって……居場所はわからないのか?」
「うーん、自由な人だからなぁ! 毎回ボクでも見つけるのは苦労するんだよ。って言っても最後に会ったのはもう何十年も前だけど……」
娘ですら居場所がわからない母親って。
エラの記憶を見たからかなり情に熱い精霊だということは知っているが、この大陸から東の島国へ移った後のことは全くわからない。全身が緑色の魔力の光で構成された女性の姿をした精霊だから目に入ればすぐにわかるとは思うのだけど。
トウコクの地図は図書館にあったので頭に叩き込んでは来たが、もしかしたら地図通りではないところがあるのかもしれない。念の為に覚えておこう。
「一応助言しておくと、ママは深いところが好きでね」
「深いところ? ダンジョンか?」
「そんなところに居たこともあったなぁ。トウコクは地図上では小国だけど知っての通りダンジョンが多い。お散歩感覚で最下層に行く人なんだ」
「それを見つけるのは至難の業なんじゃ……」
「だから気が向いたらってことで!」
困った人でさぁ、と頭を掻きながら苦笑するラグナに合わせて彼女の帽子の上にいるシルクも同じような仕草をしている。
確かにラグーンに話を聞けるのであれば手っ取り早いのだけど、探す方が一苦労というのなら一旦それは頭の片隅に置いておくことにしようと思う。
それにしてもエラやロキルもそうだが、どうして最初の魔術師と呼ばれる奴らはこうも厄介なのが多いのだろう。残りの二人についてもエラの記憶によれば碌な情報が無いのは確認済みだった。できれば今後その名を現代で聞くことが無いことを祈るばかりである。
その後、勇者パーティとはそれぞれが言葉を交わし、気持ちよく別れることができた。
人型のシロは本当にずっと何かをもそもそと食べているので会話に加わることはなかったけれど。とりあえず干し肉を大量に持たせているから飽きるまではそれを食べ続けていることだろう。飢えの呪いは消えたと言っていたはずなんだけど、おかしいな。まぁ、本人が辛そうではないから今は一先ず様子を見ておくことにした。
ともかく、私たちがこれから向かうのは南西にある港街スイストン。一度は訪れたことのある街だが今回はそこから船に乗り東回りにトウコクを目指す。
踊る胸に少しの不安要素を抱えて、私たちの新たな旅はこうして始まったのである。




